ねずみ
前回までのあらすじ
カッペー君の股間が光りました。眩しかったです。
牢獄の中で太陽のようにアレが光った時は本当にどうしようかと思った。こんなものを光らせながら敵に近づけば、素っ裸で大通りを走り抜けるよりも目立つだろう。いや、それよりも心配だったのは、今後コレが俺の人生において光りっぱなしだったらどうしよう、という恐怖だった。
これからずっと自分の股間から出る光を見ながら飯を食わねばならないのか。風呂に入るときは、水面から乱反射したチン光がまるで夕日の海みたいだな、と思いながら黄昏るんだろうか。夜寝る時も天井に移る光を見ながら「あれが一等星か」と言う必要があるんだろうか。そんなのは嫌だ!
しかし俺の心配は杞憂だったようで、光の量はクーが調節出来るらしかった。そのため森に入ってからは光を控えめに保ち、なるべく物音を立てないように進んできた。
俺は改めて洞窟を観察する。入り口の前には見張りが二人立っている。ふと違和感を覚える。普通の人間でいえば十代前半くらいの背丈だが目つきは獣のように鋭い。また肌が緑色で、ずんぐりと猫背だ。
「あれは……何だ?」
「ゴブリンっていうモンスターよ。アンタ見たこと無いんだ」
俺の中から出て来たクーは頭の上に座った。あれがゴブリンなのか。書物では読んだことはあるが本物を見たのは初めてだ。ちなみに俺が何の書物でゴブリンを知ったのかは伏せておく。
「でもゴブリンがいるって事はちょっと心配ね」
「と言うと?」
「あいつら気性の荒いモンスターだから、お姫様が手荒な真似をされてるんじゃないかって」
「何だと!」
まさか官能小説張りのアレが展開されるというのか! そりゃ急いで助けなきゃな!
早速突入してレイラを奪還したいところだが、返り討ちを食らったら元も子もない。今は偵察を送って連中の戦力を探るのが先決だろう。
恐らく中にいるのはゴブリンだけではない。誘拐の実行犯、恐らくは人間がいるはずだ。
俺は早速折り紙をネズミの形に折り上げた。
「何それ可愛い! アタシにちょうだいよ」
「今度同じのを折ってやるよ。こいつには仕事があるんだ」
俺はネズミを両手で抱え、念を込める。
『忍法・式神の術』
すると俺の手から勢い良く紙のネズミが飛び出し、洞窟に向かって走り出した。クーが興奮したような声を上げる。
ネズミは見張りに見つからぬよう洞窟の岩を駆け上がり、天井の方から侵入して行った。一先ずは成功だ。
俺は視界を式神に移す。薄暗い洞窟の中は意外と広い。通路は男が二人すれ違えるほどの幅があり、天井は3mくらいあるだろうか。ジメジメとした暗い通路を進んでしばらくすると、二股に分かれた道にたどり着いた。
左右の道を見比べてみると左側の通路の先がほのかに赤い。この奥で薄っすらと炎が揺らいでいるようだ。人がいるとすればこっちだろう。だが罠かもしれない。もしかすると式神を既に見破られている可能性もある。
いや、それでも左だ。少しでもレイラがいる可能性のある場所から探そう。
俺は左側に式神を進めた。小走りに走らせていくと、暗かった洞窟内をぼんやりと赤い光が照らし始める。さらに近付いていくと小さく声が聞こえ始めた。女の叫ぶ声だ。嫌な予感をしてネズミを走らせる。
急に眩い光が俺の視界を覆った。暗闇に慣れきっていた目がくらむ。目が慣れて辺りを見渡してみると、その空間は一つの部屋になっていることに気付いた。
壁には何やら物騒な鉄製の器具が並んでいて、5、6匹のゴブリンが部屋の奥に向かって立っている。甲高い声で笑う者もいれば、邪悪な顔で仲間と何かを話している者もいる。
あっちに何があるんだろう、と奥の方に目を移したとき、俺は思わず声を上げそうになった。女が壁に鎖で繋がれている。髪型は乱れているが、その顔は紛れもなくレイラだ。
「くっ! 私にこんな事をしてどうなるか分かっているのか! さっさと拘束を解くのだ」
こんな時でも強気なのは変わらないようだが、叫んでも状況も変えられない。
怒鳴り声を聞いたゴブリンたちは笑い声を上げながら、レイラに近づいていき始めた。
「来るな! こっちに来るな!」
レイラは近付こうとするモンスター達に足を振り上げ、どうにか近づけまいと必死に抵抗する。
「近づくな下郎ども! そんなエロエロな目で私を見るな!! 無駄だぞ! 私はエロエロな事をされたぐらいで屈するようなエロエロな女ではないからな!」
何を言ってるんだあいつは。
しかし呑気に偵察している場合では無さそうだ。ゴブリンを従えている奴の情報を掴みたかったが、このままだとレイラが「エロい事」をされてしまう。
式神から意識を切った俺は苦無を二本取り出した。
「ちょ、ちょっとカッペー?」
困惑気味のクーを後目に、見張りに狙いを定める。
「苦しみたくなかったら動くなよ……」
呟くように言った直後、二本同時に投げ放った。苦無は真っ直ぐな軌道でゴブリンの喉元に深く突き刺さった。
ゴブリンは短い悲鳴を上げた後、朽ちた木のように硬直して転がる。
「状況が悪い。俺はこれから洞窟に突入する。」
しかしクーは口を手で覆って動かない。どうやら彼女は残酷な場面に慣れていないようだが、今はそんな事を気にかけている場合ではない。
俺は頭巾で顔を覆うと同時に走り出した。