三話 ボニー
大聖堂の手前まで来た女は持っていた巨大な武器を地面に振り下ろし、雪を巻き上げながら減速して俺の目の前で止まった。
巻き上げられた雪が全部俺にかかったわけだが。
雪を払いながら改めて女の方を確認する。
頭には二本角の生えた鉄製の兜を被っており、髪は肩にかかるくらいの外ハネで金色。自信ありげな吊り眉毛と対照的に大きく優しそうなタレ目をしている。
そして……、俺は下に目を移す。その引き締まった身体は痩せ型の男より筋肉質で、薄い布で覆われている胸は健康的に膨らんでいる。けしからん。
「私の名前はボニート・マクナイト! ギルド『リザードテイル』から助っ人として派遣されてきた! ボニーと呼んでくれ!」
キンキン辺りに響く声でボニーと名乗った女は俺に向かって右手を差し出した。握手を求めているのだろう。その無垢な表情と態度からはおおよそ俺を騙そうとしているようには見えないが、本当にこいつが今回の相棒だというのだろうか。俺が手を出すのを躊躇っているとまたボニーが口を開いた。
「心配するな! どんな敵が現れても私のモーニングスターで蹴散らしてやるさ!」
ボニーは身の丈ほどもある武器を振り上げて言った。長い柄の先端には放射状の棘を持つ大きな金属球が取り付けられている。あれがモーニングスターという武器なのか。それにしても……。
「早く任務に移ろう! さて私は何をモガモガっ」
俺はボニーの口を右手で塞いだ。先ほどから俺たちは通行人の注目の的である(だいたいボニーのせいで)。しかもその中にはアヴァラス兵と思しき姿も散見された。
「よしよし、お前が強いのは分かったボニー。分かったからもう少し静かにしようか」
「んん。何だこの右手は。今日の晩御飯か?」
「違うわ!」
俺は慌てて手をひっこめた。
冗談で言っているのだろうが、これだけおかしな奴だと本当に齧られてもおかしくない。
「そういえば私はお前の名前をまだ教えてもらってないぞ!」
「……猿渡、猿渡勝平だ。よろしく頼む」
「カッペー! 良い名前だな! よろしくな、カッペー!」
ボニーは無垢な笑顔と共に再び右手を差し出してきた。
「よろしく、ボニー」
恐る恐る差し出した俺の右手をガッチリ掴んで、ボニーは眩しい笑顔を見せる。それは雪も溶かせそうな笑顔だった。何故この女が俺の相棒に選ばれたのかは分からないが、どうやら悪い奴ではなさそうではある。
「ところでボニー、お前そんな格好で寒くないのか? 俺が服を……」
「大丈夫大丈夫! 身体は鍛えてるからこれくらい何ともないさ!」
ボニーは平気そうに笑っている。
「本当かよ? でもどうしてそんな南国みたいな格好をしてるんだ?」
「さっき寒そうにしている子供を見つけたんだ。それで可哀そうだから服をあげちゃったんだ!」
「全部!?」
どうやらこの女は優しい心と残念な頭を併せ持っているようだ。まあバカは風邪ひかないというし、案外ボニーも平気なのだろうか。
だが気付いてしまった。
ボニーの鼻からポタポタと透明な水滴が垂れていることに……。
「おい鼻水……」
俺の言葉が引き金になったかのように突然ボニーはガタガタと身体を震わせ始めた。顔は青ざめ、手足は小刻みに痙攣している。そして病気の発作が起こったのではと思考を巡らせている俺の肩を掴み、歯をガチガチ鳴らしながら言った。
「ととっとととところで何か着るものを貸してくれないか?」
「やっぱ寒いんじゃねーか!!!」
つづく
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