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レイラ

 

 間近で見る王宮は思っていたよりも大きかった。白い壁は真新しく、傾斜のきつい金色の屋根は王家の威光を誇示しているかのようだ。しかし目的地に着たはいいが、どうやって入れてもらえばいいんだろう。

「はいはい! 実は僕、この中に知り合いがいるんだよね」

 エドが急に手を上げた。

「そうなのか?」

 エドの話によれば、以前この国に発掘調査に来た際に許可をもらうため王宮を訪れたのだという。そして調査で歴史的な新発見を連発し、見つけた遺物を全て王宮に収めたことで王様から気に入られ、顔が利くようになったのだそうだ。

 非常に突拍子もない話で他の誰が言っても信じられなかっただろうが、確かにエドならやってのけそうではある。とにかくこれで正面から堂々と入れるというわけだ。

「ふーん。そんじゃ私は先に入って保有者を探しとくね」

 クーは言うより先に王宮の方へ飛んで行った。遠くから見ると虫の飛ぶ姿にしか見えない。


「そこに立っている衛兵に入れてもらえるよう頼んでみるよ。彼も顔見知りなんだ」

 エドはいつもの落ち着かない挙動で暫く衛兵と話していた。しかし話している間中兵士の表情は渋く、怪しまれて刺されやしないかと冷や冷やしたが、暫くしてニコニコしながら戻ってきた。

「どうだった?」

「全員入れてくれるそうだよ。ただし武器は預ける必要があるけどね」

 どうやら顔が利くというのは本当だったらしい。敷地内に入れてもらえるのは良かったのだが、俺はふと不安に駆られていた。果たしてどこの馬の骨ともわからない外国人(俺)とホイホイ唇を重ねるアホがいるだろうか。事情を話したとしても分かってくれるとは到底考えられない。

 だが俺には最終手段がある。とっておきの、アレがな……。




 エドは仲の良い大臣と話をするために途中で別れ、残りの俺たちは応接室であろう場所に通された。ここに来てすごく心がソワソワし始める。果たしてパーツの保有者はどんな人物だろうか。

「おいカッペー。何を緊張しているんだ。偉い人が相手だからと言って恐れる必要は無い。堂々としていないと舐められるぞ」

 ボニーは机の上に置かれていたフルーツをバクバク口に運びながら言った。既に俺たちの分も含めてほとんどが消失している。

「お前はリラックスし過ぎだ馬鹿たれ」

 その時エドがクーと一緒に入って来た。二人ともニヤニヤしながら俺の顔を見ている。


「喜べカッペー君。パーツ保持者が見つかったぞ」

「本当か? どんな人なんだ?」

「あんた、運が良いわね」

 俺の周りを羽虫のように飛ぶ妖精は面白い噂話でも聞いたかのように嬉しそうだ。

「二人とも、もったいぶらないで誰が保有者なのか教えてくれよ」


 再び扉が開いて誰かが来る。その姿を見た瞬間、俺は面食らった。一言で言うと非常にデカかったのだ。身長が俺と同じくらいだというのもそうだが、胸も尻も俺が今まで見た誰よりも豊かではち切れそうだ。こんな時に何をいやらしいことを考えているのだと言われそうだが、薄着なので見えてしまうのだ。仕方ない。仕方ない。

「私の名はレイラ・イレスカムイ。ミーア国ギリス王の娘である」


 俺の顔をキッと見据えた少女は低い声でそう言った。イレスカムイといえば、石版に記されていた氏子うじの一つだ。このレイラと名乗った少女がパーツ保有者である確率は高いと言える。異国の挨拶がイマイチよく分かっていない俺は慌てて立ち上がり、お辞儀をして簡易的な社交辞令を述べた。

「それで、うぬ等は何の用で私を呼んだのか、それを早く申せ。大臣の命令だから仕方なく来たが、私はまだ公務中であるぞ」


 まるでムチのように容赦ない彼女の視線は俺を見つめたまま一切ぶれない。中々キツそうな人だ。この時は流石に身体もムチムチしているから声までムチみたいなんだな、みたいなサルい事を考える余裕は無かった。

 この人に俺から契約やら粘膜接触のことは若干言いづらい。助けを求めるようにエドを見た。その視線に気付いたのかエドはサッと目を逸らす。おいオッサン。

 俺はエーテル族の歴史と呪い、フィアールカがそのエーテル族で自分が眷属であること、アリアの五芒星の仕組みについてかいつまんで説明した。そして意を決して切り出す。


「呪いを解く鍵である『アリアの五芒星』のパーツの一つが、レイラ様の身体の中にあるのです」

「ふむ」

 レイラは若干面倒くさそうに左手で頬杖を付いた。

「それで、私にどうしろと言うのだ。腹を切ってそのパーツとやらを取り出せとでも申すか」

「いえ、レイラ様に外傷を負わせるようなことは決してありません」

「まどろっこしいぞ。どうするのだ。早く話せ」

「そ、その、俺と、その、アレをですね」

 もうこの時点で俺の脇からは冷汗がダラダラ出ていた。俺が口ごもっているとレイラは露骨に不機嫌そうに嘆息した。

「早くしろ。私は忙しいのであるぞ」

「いや、そうは言われましても」

「いいから早くしろ。あと30秒以内に具体的に説明できなければ私は帰らせてもらう」


 俺の頭はグルグルと回り始めた。何とか理由を付けて、ご理解ご納得いただいた上でキスさせていただかなければならない。この高飛車な女に? いやいや無理無理。そんなの「嫌だ気持ち悪い切腹しろこの猿が」とか言われるのが関の山だ。どうすれば、どうすれば、

「キスしてください」


 その瞬間、場が凍り付いた。今日が俺の命日かもしれない。恐る恐るレイラの顔を伺ってみる。すると意外な反応をしていた。先ほどまで冷血だった彼女の顔は赤らんで、小刻みに震えている。そして急に、爆発するように叫んだ。

「ぶ、ぶぶぶぶ無礼者! おのれ! この私に向かって舌を絡ませあいながら愛し合いたいだと!?」

 えっ、俺そんな言い方してないよ!

「い、いや違うんです、いや違わないんだけどちゃんとした理由がありまして」

「違わないのではないか! どおりでお前から邪悪なオーラを感じると思ったわ! 『グッヘッヘッ、あのダークエルフのパンツ美味しそうだなぁ』みたいな!」

 どんなオーラなんだよ。


 最初に部屋に入って来た時の冷静で威圧的なレイラの姿は既に無い。今いるのは「キス」という言葉だけで気持ちを取り乱してしまった初心な少女である。

「とにかくちゅ、ちゅ、チューなんかせんぞ! 絶対だからな!」

「そこをお願いしますよ、レイラさん」

 エドが両手を合わせてお願いする。

「駄目だ。幾ら、我が国における歴史調査で多大な功績を残したお主のお願いでも、聞けぬものは聞けぬ! 私にだって選ぶ権利があるのである!」

 ごもっともな意見だけど傷付くわぁ……。


 すると今度はクーがレイラの傍に寄って耳打ちする。

「そんなこと言わないで、ね、お姫様。ああ見えてあいつ、結構キスがお上手なのよ?」

 火に油を注ぐような言葉である。

「な、ななななななな! そこの男は自在に舌を操って女の動きを封じるだと!」

 それ完全に妖怪じゃねえか。

「駄目だ! 絶対にそんな男とチューなんか出来るかっ!」


 さっきからキスのことをチューって表現してるのが可愛い。

「ほひ」

 今度はボニーがフルーツを口いっぱいに頬張りながらしゃべり始めた。

「いははほはははふはほうはひょうほふひへはっへふへ」

 何言ってんのか分かんねえ!

「駄目だ! 一大事だとかそんなことは私には関係ないであろう!」

 そして通じるんかよ!



「とにかく話は終わりだ。私はどこの馬の骨とも分からない男とチューなぞせぬ! 今すぐ帰れ!」

「ふふっ」

 今度はフィアールカが説得……する代わりに俺の手を掴んだ。

「ねえ、お姫様は嫌がっておいでのようだわ。早く出ましょうよ」

「い、いや、そういうわけにはいかないだろう」

 するとフィアールカは微笑みをレイラに向けた。

「お姫様は清廉潔白で高貴なお方だから、低俗な事は敢えて知らないようにしておられるのよ」

「何だと? 私が無知だと言いたいのか?」

「いえいえ、そんな事は申し上げておりませんわ。キスの味も知らないなんて、純情で可愛らしいと思います」

 ……このねっとりした煽りは嫌というほど耳にしたことがある。なんせ俺は八人姉弟の末っ子で長男だからな。


「何だと!」

 フィアールカの言葉を聞いたレイラは目をむいて怒鳴った。

「無礼者どもめ。今回だけはピートリーの客ということで許してやる。だが次私の目に触れた時は命は無い物と思うが良い!」

 こうして俺たちは王宮を追い出されることになった。部屋を追い出されるとき、フィアールカが小さな声で

「渡さない」

 と言ったのが聞こえた。



そろそろ……ストックが……。

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