説得
「無理だよ! いくら僕が説得したところで火に油を注ぐだけさ! 次は命が取られてもおかしくないと思うね!」
鋭くこちらを向いたエドウィンは素早く俺の肩を掴んだ。
「カッペー君、君が妻を説得してきてくれないか?」
……は?
「いや見ず知らずの他人の俺が説得したところで、聞いてくれないんじゃないか?」
「そんなこと言わないでよ! 僕がこんな身体になったのはだいたいカッペー君のせいなんだからね! 責任取ってよね!」
「誤解を生むような言い方やめろ」
しかしエドウィンの奥さんを説得しなければ事が前に進まないのは事実だ。ここで躊躇していてもしょうがないので説得を試みることにした。
「そのかわりエドウィン、お前も付き添いで来てくれ」
「ええっ!」
「ええっ! じゃない。いきなり知らない奴が一人で家に入って行ったら奥さんがびっくりするだろ」
俺は嫌がるエドウィンを半ば強引に引っ張って家に入った。
「ご、ごめんくださーい」
はーい。と返事の声が聞こえた後、一人の女性が奥から姿を現した。顔にはツヤがあり、しわはあるものの若くて美人に見える。その女性は俺とエドウィンを交互に見た後、俺に困ったような笑顔を向けた。
「貴方がエドのお友達?」
俺は一度お辞儀をした。
「はじめまして、猿渡勝平と申します。突然お邪魔して申し訳ありません。奥様にお願いしたいことがあって参りました」
「そんなにかしこまらないでいいのよ。まあお茶でも飲みながら話しましょう。上がってちょうだい」
意外にも柔らかな対応だ。これが本当にさっきまで怒鳴りながらエドウィンの尻をシバいていた人なのだろうか。
「エドはそこで待っていて」
さっきの俺に対する声とは違う、低く制するような声がエドウィンの動きを止めさせた。確かに怒ると怖そうだ。……というかやっぱり俺一人で説得しなきゃいけないのかよ。
リビングに通された俺たちはイスに座るように促された。
「それで私に頼みっていうのは」
「はい、それについてなんですが」
「あの人を連れていくつもりなんでしょう?」
その言葉には意表を突かれた。捉えようによっては「しょうがないから連れて行っても良いよ」という風にも聞こえる。彼女の表情も諦めているかのように笑っていた。
「はい。どうしてもエドウィンの力が必要なんです」
「どうせ止めたって聞かないものね」
その言葉は俺というより自分自身に言い聞かせているように聞こえた。
「今までもそうだったんですか?」
「本当、どうしてあんな男を好きになってしまったのかしら」
独り言のように呟いた後、奥さんはエドウィンとの馴れ初めから今までの経緯を一通り話してくれた。要点をまとめると、どうやら奥さんはエドウィンが心配でしょうがないらしい。惚れた弱みでエドウィンと結婚したものの、彼は危険を冒してでも遺跡の調査に行こうとする。(しかも奥さんの金で)
夫婦二人だけならまだ良かったのだが、奥さんたちの間にはすでに二人の子どもがいる。もしこの状況でエドウィンが死んでしまったら子供たちが可哀そうで仕方ないという。
まあもっともな話である。もし俺が奥さんの立場だったとしても、同じようにエドウィンの尻を皿でシバいただろう。奥さんや子供たちのことを考えればエドウィンをこの島に留まるよう説得するのが正しい。
だがあいつはそんなことで止まるような男じゃないのは、今まで接してきてなんとなく分かる。もし今回俺たちが止めたとしてもあいつはどんな手段を使ってでも遺跡の調査に赴こうとするだろう。あの落ち着きのなさはエドウィンの生まれ持っての衝動を表したものであり、誰かが止めようとして止まるようなものではない。それならば。
「奥さんの言う通りエドウィンは止めたって聞かない男です。だから」
「ふふっ、カッペー君が代わりに止めてくれるの」
「だからこそ、俺たちと一緒に旅をした方が安全だと思うんです」
奥さんの俺を見る目が真剣に変わった。
「エドウィンが危険に晒されるのはいつも一人で遺跡の調査をしていたからです。ですが自分がいればエドウィンを守れます」
奥さんは青色の瞳で黙って俺を見つめたままだ。
「俺がエドウィンを必ず守ります。絶対に生きたままこのリザードテルに連れて帰ることを約束します」
奥さんはしばらく黙って俺の目を見ていたが、やがて苦笑して目を伏せた。
「エドはいいお友達を見つけたわね」
「それなら……!」
「ええ、いいわよ。その代りちゃんと約束は守ってね」
「ありがとうございます!」
俺は奥さんに深々と頭を下げた後、玄関で待っている筈のエドウィンの元へ小走りで向かった。しかしそこにエドウィンの姿は無い。
「カッペー君!!」
そう思っていると勢いよく扉が開いた。入って来たのはエドウィンだ。どうして外に出ていたのだろう。まあいい。俺が奥さんの説得に成功したと言ったら、エドウィンはどんな喜び方をするだろう。
「おいエドウィン、よく聞け。奥さんの許可が」
「フィアールカ君が倒れた!!」
俺の言葉を遮ったエドウィンの叫びに、一瞬俺の視界は白んで見えた。




