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三十三話 解読

それからしばらくしてエドウィンが俺たちの前に現れた。かと思うと目を血走らせながら石版に齧り付く。


「んほお! これは紛れもなく古代エルフ文字! 本当に持って来てくれたんだね!」

「エルフの村じゃ誰も読めなかったからな。どうだ、読めるか?」


エドウィンは無言で石版と向き合う。急にその目つきが変わった。バイトをしていた時は死にそうだったエドウィン目が、今はまるで水面下の魚を狙う鳥のように研ぎ澄まされている。



「――ここに呪いを解く方法を記す。

アリアの五芒星とは、その名の通り五芒星の形をした魔法具である。実体を持たない魔力だけの存在で、普段は人の身体の中に隠されている」


エドウィンはゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。おいマジかよこのおっさん。古代エルフ文字を、何の資料も使わずそのまま読めるっていうのか。

エドウィンはさらに続ける。




「五芒星は三角形の形をした五つのパーツで構成されている。

パーツの名前はそれぞれアルメリア、ベルティラ、カンナ、ディセントラ、エキナセア。

これら五つは全て世界各地に人体を介して散らばっていて、世代を超えて代々受け継がれている。

パーツは、エーテル族の眷属が行う粘膜接触によってのみ取り出すことが可能である。

そして眷属によって取り出されたパーツを、エーテル族の体内に移した時に初めてアリアの五芒星は本来の力を発揮する。即ち世界中のエーテル族の呪いは解け、和解の道が開けるであろう。


ここにパーツを保有せし者の、五つの家の名を記す。


シャルル家

ミエニシ家

アランドロン家

イレスカムイ家

デュラン家


……」



「……つまり、どういう事なんだ?」

首を傾げる俺の肩を持ち、エドウィンは言った。

「カッペー君、呪いを解く鍵は君のチューだ」

こんな至近距離でチューとか言わないで欲しい。


「要するにアリアの五芒星の正体は五つのパーツに分かれた魔道具で、普段は人の身体の中にある。それを取り出せるのはエーテルの眷属、即ちカッペー君のキッスだけってことだ」


おいおいマジか。要するに呪いを解くためには、少なくとも五回は誰かとキスすることになる必要があるわけか。

これが美少女とのキスなら俺の大勝利だが、もしパーツを保有しているのがエドウィンみたいなオッサンと粘膜接触することになったrオロロロロロロロェ。


「他に方法は無いのかしら?」


と言ったのはフィアールカだった。

「どうしてだい?」

エドウィンが聞く。

「サルワタリは私のものですもの。そのサルワタリが他人とキスするなんて許せないわ」

許せないわ、とか言いながらもフィアールカは笑顔のままだ。内心は怒っているのかもしれないが。

「まあ気持ちは分かるけど、やっぱりカッペー君にチューしてもらうしかないよ。フィアールカ君の命のためだから浮気だとは思わないであげて欲しい」


エドウィンに庇われると少し不思議な気持ちになる。何故だろうか。

「カッペー! ここに小さい文字で何か書いてあるぞ!」

石板の前にしゃがんでいたボニーが声を上げた。

「本当か!」と俺が目を凝らすより先に目をギラつかせたエドウィンがベッタリ這いつくばった。


「んんっ! これはなんだ! 聞いたことのない単語だ! 明らかに何かの暗号だ!」

俺も改めて目を凝らしてみると、確かに石版の端に楔形文字が掘られていた。真ん中に大きく掘られた文字とは違い、浅く、どこか走り書きされたように乱れている。

「エドウィン、読めるか?」

エドウィンは暫く黙っていたが、やがて口を開いた。


『リュー イラス キフリヒク』


突然、石版がまばゆい光に包まれた。目を開けていられないほどの眩しさだった。

「まぶしい! まぶしい! 僕の視力は両目3.0だから余計にまぶしいですよ!」

うるせえ。

暫くして光が収まったので目を開けてみる。目の前に奇妙なものが浮かんでいることに気付いた。

透明な羽が生えていたため、ほんの一瞬だけ大きな虫かと思った。しかしそれが人間の形をしていることに気づく。

ふいにその人形がフィアールカの方を向いた。


「アンタ、エーテル族ね」

喋った。しかもエーテル族のことを知っている。

「あら、可愛らしい妖精さん、御機嫌よう。いかにも私はエーテル族のフィアールカ・グラフと申します。貴女の名前は何かしら?」

「アタシはクー。アリア様が使役していた妖精よ」

「アリア……? まさか五芒星の生みの親のか?」


俺が尋ねると、妖精のクーはこちらを向いた。金色の髪に尖った耳を持ち、エルフの村で見た新緑の衣に近い格好をしている。普通の人間と同じ頭身ならばエルフと間違えそうなところだ。


「アンタが眷属ね」

「そうだけど」

すると彼女は俺とフィアールカを交互に見て、言った。

「ふーん。じゃあヤリまくってるんだ」

おい、何だこの下ネタ妖精。

「や、ややややややってねえよ!」

それが俺の言えた精一杯の返しだった。


「あらぁ、あの夜二人であんなに燃えたじゃない? もう忘れたのかしら」

口に手を当てて笑いながらフィアールカが楽しそうにそう言った。お前が言うと本当に聞こえるから!

「カ、カカカッペー! やっぱりお前って奴は! お前ってやつは粘膜接触マンだな!」

案の定、顔を真っ赤にして釣られるボニー。


「だからやってないって言ってんだろ! フィアールカと粘膜接触する毎に寿命減るんだから、出来るわけないだろ!」

「え? 本当にやってないの?」

宙に浮かぶ妖精は怪訝そうな顔をする。

「アンタ本当にチンコ付いてんの?」

「付いてるよ!」

「何本?」

「一本だよ!」

「はー、少なっ」

「二本以上付いてたら人間じゃねえだろうが!!」


この息を吐くように下ネタを連発する妖精は何なんだろうか。


「あ、そっか。今のエーテル族は呪われてんだっけ。本当なら不死身のエーテル族と契約を交わした眷属も半不死身になるのにね」

そう言った妖精はスーッと俺のそばまで来て囁いた。

「でもエーテル族が栄えてた時は凄かったのよ? 毎日ヤリまくりの眷属増やしまくりだったんだから。もうアイツらホント猿」


エーテル族をバカにするような言い方だが、フィアールカは眉一つ動かさず聞いている。しかし隣にいたボニーは顔を真っ赤にして目をつむってしまっていた。恐らくこういった話への耐性が無いのだろう。


「それで、クー。君はアリアの使役妖精だと言っていたが、何のために石版に入っていたんだい?」

石版に這いつくばっていたエドウィンに近づいて行ったクーは、いきなり頬を引っ叩いた。

「痛い! どうして僕を叩くの!?」

「『様』を付けろよデコ助野郎」

「ごめんなさいクー様!」

「アタシじゃないわよ! アリア様に付けろって言ってんの!」


このままだと妖精とエドウィンのSMプレイに発展しそうだったので、俺はエドウィンとクーの間に割って入った。

「それでもう一回聞くんだが、なんでお前は石版に入ってたんだ?」

するとクーは胸をどんと叩いた。

「アタシはアリア様から命令されていたの。いつかこの石版を見つける者がいるのなら、その者がパーツを見つけられるよう手伝いなさい、ってね」

要するにこの妖精はパーツへの案内役ということか。正直パーツを探すにしても分からないことだらけなので、案内役がいると助かる。


「しかしアリアの五芒星が作られたのって5000年も前だろ? 本当に今もあるのか?」

「ある」

クーは即答する。

「石版にも書いてたと思うけど、五芒星は実体を持たない魔法具なの。劣化したりしない。それが人体に隠されているのよ」

「そこが分からないんだよ。人の身体に隠されているって言っても、そいつが5000年も生き続けてるっていうのか?」

すると妖精はハーッとため息をついた。

「だーかーらー、世代を超えて子供に渡っていくんだってば。セックスして子供が生まれる時に、一緒に五芒星のパーツも赤ちゃんの体内に受け継がれるってわけ」

「せっ……」

俺が止まっていると今度はフィアールカが口を開いた。


「それでクー。貴女は五つのパーツがどこにあるか分かるのかしら?」

「だいたいはね」

と、クーは含みをもたせた言い方をする。


「アルメリア、ベルティラ、カンナまでなら反応を辿っていける。だけれどディセントラとエキナセアは反応が弱すぎてどこにあるか分からないの」

「だからってじっとしているわけにはいかないぞ!」


声を上げたのは、意外にもエドウィンだった。

「こうしている間にもフィアールカ君の寿命は減っていく! クー! このリザードテイルから一番近くにあるパーツの場所を教えてくれ!」

エドウィンは足踏みをしながら落ち着かない様子だ。まるで遠足前日の子供のようである。頷いたクーは目を閉じ、何かに集中しはじめる。そのまま一同が静寂に包まれた時だった。


「むむむむむ……。分かった! 一番近い反応はダークエルフの国、ミーアにある!」

ダークエルフ……エルフの親戚みたいなものだろうか。

「そのダークエルフの国っていうのはここから近いのか?」

「そうでもないわ。ミーアは石版を探しに行った国、クロノスの隣ですもの」

なるほど、要するにとんぼ返りしないといけないわけね。

「よーし! そうと決まれば早速行こう! 今度こそ僕も連れて行ってくれるよね?!」

そう言うとエドウィンは俺の手を取ってブンブン振った。断る理由はない。エドウィンがいれば遺跡や五芒星の知識で助かることが沢山あるだろう。まあ興奮すると服を脱ぎ始めるのだけはどうにかして欲しいが。

「勿論だ。一緒に行こう」

するとエドウィンは今にも空に飛び上がりそうなほどジャンプした後、急に膝と手のひらを地に付けた。いわゆる土下座の態勢である。

「カッペー君頼む! 妻の説得を手伝ってくれえ!」




……え?




つづく


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