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二十九話 雨のち矢

 俺たちが入った穴は、先程と同じく下り坂の通路になっていて、青白い松明で照らされている。そして不思議なことに、さっきまでいた部屋に勢いよく降ってきていた水が溢れてくる様子もない。水が止まっているようだ。

 まさかこっちが正規通路で、水はその橋渡しの役割を持っていたのということか?


「びしょ濡れになってしまいましたわね」


 フィアールカの方を見ると胸元のボタンに手を掛け、服を脱ごうとしていた。


「待て待て待て待て!」


 俺は慌ててフィアールカの手を掴んだ。


「あらぁ、サルワタリが脱がしてくれるのかしら?」

「そうじゃねえよ! まだどんなトラップがあるか分からないんだから、今無防備になるのは得策じゃないだろ」

「でも、寒いわ」


「ちょっと待て、狐火を起こしてやるから」と言ったとたん、ズシン、と響く音がすぐ背後から聞こえてきた。

 弾かれたように振り返ると、思った通り巨大な石が転がってきている。


「またかよ!」


 俺はフィアールカを抱えて下り坂を走った。

 しかし先ほどより傾斜がきついため一向に石との距離が広がらない。

 逃げ込める部屋があればいいが、通路はずっと先まで続いている。

 このままだと追いつかれる。やりたくはないがアイツを召喚するしか……。

 ふと下ったところの右壁に、ちょうど人が入れるくらいの空間があることに気付いた。チャンスだ。あそこに逃げ込めば石をやり過ごせる。


 俺は徐々に減速していき、巨石に追いつかれる直前でその空間に逸れた。

 直後に背後を巨石が通過して、そのまま下に転がって行く。

 さっきの水がこの通路への橋渡しになってたこといい、わざわざ石を避けられるような空間があることとといい、もしかしたら遺跡の罠は俺たちを振るいに掛けるためにあるのかもしれない。


「ねえ、降ろして」

「ああスマン、息苦しかったか」


 俺は壁側に庇っていたフィアールカを下に降ろし、元の通路に戻ろうとした。その腕をフィアールカに引っ張られ、俺は狭い空間に引き戻された。


「ねえ、こうしてくっついていると温かいわ」


 フィアールカは俺の腰に手を回し、更に身体を寄せてくる。俺たちは完全に密着している状態だった。

 すぐ間近にフィアールカの顔があり、紫色の瞳はどこまでも真っ直ぐ俺の顔を見つめている。水に濡れたその表情はいつにも増して妖艶だ。

 再び俺の心臓は早鐘を打ち始める。


「さあ! 先に進むぞフィアールカ! そろそろ石版のある場所に出るんじゃないかな!」


 俺はなんとかフィアールカを引き剥がし、目を見ないようにして通路を降り始めた。

 すぐにフィアールカが隣に来て俺の手を握る。やばい。可愛い。

 俺はフィアールカの方を見ないようにしていたが、フィアールカはずっと俺の目を見つめたままだ。

 ダメだ。次に目を合わせたら確実にやられる。

 次に右足を踏み出した瞬間、強烈な違和感を覚えた。


 左右の壁から、いきなりおびただしい数の矢が飛び出してきた。

 俺の視界はゆっくりと動き始める。

 フィアールカをしゃがませ、左右の腰から1本ずつ短刀を抜く。

 両目で矢の射線を見切る。

 閃く短刀で、自分たちに当たる矢を全て薙ぎ払っていく。

 しかし足元の一つを落とし損ねた。

 フィアールカに当たる直前で、俺は咄嗟に左足を出した。


「サルワタリ!」


 フィアールカが青ざめた表情で、矢が刺さった足を見ている。


「俺は大丈夫だ、移動するぞ。また矢が飛んでくるかもしれない」


 俺はフィアールカを立たせて素早くその場を離れた。



 ***




「痛ってぇ」


 足から矢を抜いた俺は座り込んだ。迂闊だった。フィアールカに気を取られて注意力が散漫になってしまっていた。俺は自分の不注意に腹が立って仕方なかった。

 だが幸いなことに毒は塗られていない。止血をすればどうにかなるだろう。


「サルワタリ、傷口を見せて」

「見てて気分の良いもんじゃないぞ」

「早く」


 珍しくフィアールカの声は苛立っている。俺が裾をたくし上げて傷口を見せるとフィアールカは顔を歪ませた。

 彼女と出会ってからほとんど笑顔や微笑み以外の表情を見たことが無かったので、とても新鮮な気分である。



 フィアールカは目を閉じ、俺の傷口に両手を添え、何かの詠唱を始めた。



『修復し、再生せし者よ。彼を癒し、翠玉(すいぎょく)の祝福を与えよ。【エンハンサー】』



 フィアールカの手のひらが輝いたかと思うと、俺の身体は翠玉色の光に包まれ、ひときわ強い光がの傷口を覆っている。

 冬の日の布団の中にいるような、何とも言えない心地の良い感覚だった。

 しばらくすると包んでいた光は解け、俺の視界はもとに戻る。


「もう、大丈夫そうね」


 驚いたことに矢で貫通していた傷口が塞がれ、だいぶ浅くなっている。


「これは治癒魔法か?」

「そう。言っていなかったけれど、私は魔法の学校に通っていたことがあるの」


 そういう事だったのか。噂には聞いていたが、魔法というものは確かに存在するようだ。


「治癒魔法って魔力の消費が激しいから効率が悪いのよ。だから学校のみんなはあまりやりたがらなかった。でもこうやってサルワタリを癒せたのだから専攻しておいてよかったわ」


 言いながらフィアールカは俺の傷口を指でなぞる。


「痛たたたたた! まだ治り切ってないってば!」

「ねえサルワタリ」

「何だよ!」

「さっきは身体を張って守ってくれてありがとう。貴方ってとっても優しい人ね」


 いつもの穏やかな微笑みに戻ったフィアールカは俺の方を見つめて言った。その眼差しの中に少し熱っぽい視線を感じた気がするのは気のせいだろう。


お読みいただきありがとうございました!

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