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二話 変な女

天馬(ペガサス)は作戦開始より七日後、アヴァラス帝国の港町ムルコフに到着する予定である。

 到着後は三日間、現地で情報を探れ。

 そして作戦開始より十日後、ムルコフ大聖堂に向かい協力者の女と合流せよ。合流の際は互いに右手で黒い布を天に掲げて確認すること。

 もし(さる)の刻(15時~17時)を過ぎても女が現われない場合は単独でその後の任務を遂行せよ。


 フィアールカ・グラフはアヴァラス帝国軍によってグラフ家所有の屋敷に軟禁されている。

 協力者の女と合流後、同封した地図をもとに屋敷へ向かい、(すみ)やかにフィアールカ・グラフを(さら)い出せ。

 そして誘拐後は天馬で「リザードテイル島」に向かえ。

 行先は天馬乗りのゾリグが知っている。


 なおこの紙は読んだら燃やすこと。お腹が空いたら食べてもいいよ?



 以上』




 空の上で開いた指示書は信じられないくらい短かった。短い上に不可解なことが幾つもある。

 先ず誘拐対象のフィアールカ・グラフが何故アヴァラス帝国軍に軟禁されているのかということだ。

 軟禁されているということは逃げ出さないよう見張られている、もしくは何らかの敵意から守られているはずである。

 小娘(フィアールカ)が家出を試みているのだとしたら、わざわざアヴァラスの軍が出張るような事態なのだろうか? 


 もしフィアールカの身長が10mあって、体重が1t以上ある上に口から溶解液を吐く化け物なのだとしたら話が変わってくるのかもしれないが。


 では何らかの敵意から守られているのだとしたら? フィアールカがアヴァラス帝国の要人の娘であるのだから、それは考えられるかもしれない。現に俺はフィアールカを誘拐しようとしているわけで、それがアヴァラス側にバレているという可能性もある。

 それとも俺たちのほかにフィアールカを狙う組織があるのだろうか?


「その女は呪われている。気を付けたまえ」


 ふと総隊長の言葉が頭をよぎる。

 いずれにせよ、誘拐対象(フィアールカ)が何らかの厄介ごとを抱えていることは間違いないようだ。





 天馬乗りのゾリグは気難しい顔をしていたが話してみると意外といい奴だった。

 まあ話す距離が妙に近かったり、夜寝ていると俺の傍まで来て臭いをかいでいたり、俺のフンドシが無くなっていると思ったら彼の頭に巻かれていたりしたのは少し気になったけども。

 ゾリグは旅の途中、家族のこと、愛馬のこと、彼氏のことなど様々な話を聞かせてくれた。

 この港町ムルコフに着くまでの、そんな2人きりの7日間だった。




 祖国を出て10日後、俺は雪の降りしきる港町、ムルコフの大聖堂前にいた。

 絶え間なく降り注ぐ雪は街を白く染め、今まで感じたことのない寒さと冷たさが手足から染み込んでくる。

 黒いローブの頭巾(フード)からのぞく視界の先では分厚い外套(コート)に身を包んだ人々が行き交っている。街並みに視界を移せば石造りの幾何学的な建物が並び、商店は買い物客で溢れ活気付いている。

 人、物、空気、全てのものが新しく新鮮で、観光でこのアヴァラス帝国を訪れていたのであれば、異国の情緒を感じずにはいられなかっただろう。

 ……密命を受け、この街から要人の娘を(さら)う予定でなければ、だが。



 俺は目深く被ったローブの下で深々と溜息をついた。細長い息の束が白い雪に溶けていく。

 今回も厳しい任務になるだろう。戦闘も避けられまい。そうなれば何人殺すことになるかも分からないし、俺も無事では済まないだろう。だが例え首が折れようと腕が千切れようと必ず任務を遂行する。それが俺の忍者としての存在価値であり、全てだ。

 直ぐにでも任務を開始したいところだが先にやる事があるのだ。


『アヴァラス帝国の港町、ムルコフの大聖堂前にて協力者の女と合流せよ。合流の際は互いに右手で黒い布を天に掲げて確認すること』


 俺はこの「協力者の女」と合流しなければならないが、それがどんな人物なのか一切知らない。それに俺が怪しまれないために神職者用の黒いローブで身を包んでいるように、女の方も服装には細心の注意を払ってるはずだ。


 ……あとは忍びの目で見極めろって事か。


「こちら側」の仕事をしている奴は目つきだけで大体わかるものだ。一見優しい顔をしていても、据わり切った目だけは隠せない。

 それに、万が一俺が見逃したとしても今大聖堂前に立っている男は俺だけだ。

 あちらから目配せをしてくるだろう。



 そう思って注意深く人々を観察する。ふと俺の立っている場所から真っ直ぐ伸びる商店街を、一人の女が歩いて来ているのが見えた。

 何か強烈な違和感を覚えて目を凝らした瞬間、目が飛び出しそうになった。


 下着しか身につけていない半裸状態だったからだ。

 ちょっと待て、今氷点下だぞ。

 あまりに異質で異常な女の服装にドン引きしたのか、先ほどまで賑わっていた道の真ん中がパックリ割れて王の凱旋(がいせん)のようになっている。



 世界のどこに行ってもイカれた奴はいるもんだなぁ、と考えていると突然女が立ち止まった。

 しかも何ということでしょう。俺の方を見ているではありませんか。まるで主人を見つめる犬のようなつぶらな瞳でガッツリ見ているではありませんか。俺は堪らず下を向く。


 え? 冗談だろ? もしかしてあれが協力者の女? いやまさか隠密で迅速な行動が求められる忍者の相棒に、あんな悪目立ちする事に命を懸けている女が選ばれるわけがない。

 俺は首を振ってもう一度顔を上げる。


 相変わらずさっきの半裸女はこちらを凝視している。しかも俺と目が合った瞬間「おおっ!」と大きな声をあげて目を見開いた。


 俺は再び弾かれたように目をそらす。

 いや違う! 違うに決まっている! 総隊長は「この任務には我が国の命運がかかっている」と言っていた。その最重要任務を担う俺の相棒に、あんな体温調節機能と羞恥心と頭がぶっ壊れている女が選ばれるわけがない。


 そうだ。違うと証明したいのならさっさとすれば良いではないか。

 俺は女から目をそらしたまま黒い布を取り出し、そろそろと右手を天に突き上げ、恐る恐る女の方を確認する。


 女は笑顔で右手を振っている。しかもまるで猛牛のような勢いで雪を巻き上げながら俺の方へ迫ってきていた。


 ええいクソッタレ! 間違いなくこいつが助っ人だ!


次話はお昼の12時に更新します。

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