二十一話 居酒屋
俺はどうにか誤解を解こうと言い訳を試みた。
最初ボニーは「そうだねタンパク質だね」みたいな表情をして聞いていたが、最後はどうにか信じてくれたようだ。
気分を整理するために来たはずなのに、何か無駄に疲労しただけだったなあ、と思いながら俺は屋敷へ帰ることにした。
「待てカッペー」
ボニーが呼び止める。
「一緒にご飯を食べに行かないか? 奢ってやるぞ」
俺はてっきり港の近くの繁華街に行くのかと思ったのだが、ボニーの足は港から海沿いに真っ直ぐ西へと向かった。
そのまま城壁へたどり着き、壁沿いに北の方へ歩いて行くと城壁の下から明るい光が漏れてきている場所があった。
「ここが居酒屋『一蔵』だ」
ん? 何やら鶴義風な名前だな。
と思いつつボニーが指さす方を見ると、砦へつながる石階段の下の、弓状に空いたスペースに一つの店があった。
店の前には『一蔵』と白字で書かれた黒い暖簾が出ており、窓から眩い光が漏れてきている。軒先には鶏や魚が吊るしてあるその光景は、俺の国でよく見た居酒屋のたたずまいそのものだった。
「さあ二人とも、入ろう入ろう」
ボニーは戸をガラガラと開けて中へ入って行く。
中からは焼き魚の香ばしい匂いが漂い、楽し気な笑い声が聞こえてくる。
「さあさあカッペイ君、早くしないと僕が先に入っちゃうよ?」
エドウィンもボニーの後をついて入っていく。
お前いつから居たんだよ。
確かにこれだけ多種族がいれば、鶴義族のやっている店があってもおかしくないか。俺は久しぶりの故郷の味に胸を膨らませて店の中に入った。
店内に入ると先ず正面に酒の並んだ棚が目に入る。その突き当りを右に曲がると通路が続いていて、左側が調理場、右側が座敷になっていた。
調理場を覗いてみると堀の深い男が包丁を握っていた。どう見ても鶴義の人間では無い。
座敷の方を見るとエドウィンが俺の方へ手招きしていて、ボニーは調理場の方へ注文を叫んでいる。
「外国でこんな居酒屋に入ることになるなんて思わなかったよ」
俺は座りながら苦笑した。
「この店の店主は鶴義で料理の修行をしたんだそうだ。腕は一級品だぞ」
なるほど、鶴義族じゃなくて鶴義で料理修行をした人の店なのか。狭い店内に十五人は入っているだろうか。こんな辺鄙なところに店を出しているのに、コアなファンが付いているようだ。
「ボニー、この店にはよく来るのか」
「んー、そうでもないぞ。週に五回くらいだ」
「ガッツリ通ってんじゃねえか」
「家が近いからな」
「お前の家はどの辺なんだ?」
「隣の島だ」
「はるか遠くじゃねえか」
「ハハハっ! 冗談に決まってるだろ」
「カッペイ君、ちなみに僕の家は海の中だよ」
「どおりでワカメみたいな顔してると思ったわ」
「どうして僕にはツッコんでくれないの!? っていうかワカメみたいな顔って何!?」
など他愛もない会話をしていると料理が次々に運ばれてきた。
腹の減っていた俺は、懐かしさも手伝って、他の二人と一緒に無言で箸を動かす。
みそ汁を一口飲み、その熱さが喉を通った瞬間、俺は鶴義に帰って来たんじゃないだろうかと錯覚した。他にも白身魚の塩焼きは皮がパリパリとしていて、身も肉厚で臭みがなく柔らかい。甘辛い醤油ダレの焼き鳥は、俺が鶴義で食べた味そのものだった。
「旨い。ボニー、こんないい店を紹介してくれてありがとう」
「そう言ってくれて良かった」
と言いながら焼き魚を骨ごと頬張っていたボニーは、ふと真面目な顔になった。
「カッペー、無理はするな。お前が色々と背負っているのは分かるが、お前の命はお前のものだ」
ボニーは一度グラスをあおる。
「何だ、心配してくれてたのか?」
少し恥ずかしくなった俺は苦笑して顔を伏せた。
「お前が寿命を与えなかったらフィアールカの寿命が尽きてしまうのも分かる。でもそれはお前が決めることだ。誰の言う事も気にすることは無いさ」
ボニーの言葉は今までにないくらい力強い。俺は今更フィアールカから逃げるなんて選択をするつもりはない。だけど、俺のことを心配してくれること自体がありがたかった。
「そうそう! カッペイ君は無理するべきじゃない。一度眷属になってしまったけど、それは望まれる契約じゃないといけないと思うんだ。僕もこれからアリアの五芒星と一緒に、眷属の契約を解く方法も探ってみるよ!」
俺の目の前にある料理をひょいひょい箸で摘まみながら言うエドウィン。
奴の口からはコンニャクと蛸の足がはみ出してる。
「心配するな! もし誰かが文句を言うんなら私が守ってやるさ」
頷きながら言って、ボニーは俺の肩を叩いた。
ボニーもエドウィンも、なんて温かいんだろう。異国の地でこんなに人の温かさに触れるとは思わなかった。きっとボニーは、俺を励ますためにわざわざ鶴義料理の店を選んだに違いない。
一人ではない。その事実が俺を楽にしてくれた。
確かに俺の悩みは俺しか背負うことは出来ないが、こうやって心配してくれて、力強く励ましてくれる奴がいる。
先の見えない不安で押しつぶされそうになっていたのが嘘のように身体が軽い。
強固に固まっていた恐怖心が溶かされていくような、そんな感じだ。
ありがとう。決心がついたよ。
そしてお前たちが苦しんでいたら、今度は俺が助ける番だ。
会計をするとき、財布を取り出したボニーが固まった。
そして何かを求めるような目で俺の方を見ている。
「カッペー、一人分しか持ってきてないの忘れてた……」
最後までボニーらしいな、と俺は微笑ましく思った。
「しょうがない、俺が出してやるよ」
「ねえカッペイ君、僕も僕も」
「テメーは駄目だ」
続く
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