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二十話 夜の海辺にて

 

 屋敷を飛び出した俺は闇雲に走った。

 馬車通りを超え、狭い路地を通り抜け、やがて港に辿り着いた。

 海は凪いでいて、夜風が心地よく肌を撫でる。


 俺は砂浜へうな垂れるように座り込み、溜め息をついた。寄せては返す穏やかな波の音は静かに響いて来ている。

 やってしまった。俺の一言が確実にフィアールカを傷つけてしまった。俺とフィアールカが逆の立場であっても、あんなことを言われたら傷付いただろう。

 それに……、俺に押し倒されたフィアールカの手は震えていた。

 どれだけ口先で強がっていても、彼女はまだ十代の少女なのだ。




 顔を上げて水面を見ようとしたが暗くて見えない。

 夜の海は暗い。ひたすらに暗い。その暗闇を見ていると、自分の罪悪感や葛藤が増長していくような気がした。


「どうすれば良いんだ」


 俺は独り言のように呟いた。

 十代半ばにして、寿命があと少ししかないフィアールカは辛いだろう。それは分かる。

 だが俺だってやり切れない思いを抱えていた。任務とは言え、他人に寿命を差し出すことを強要され、それを拒むことも逃げることも出来ない。


 俺は今まで幾つもの死線を越えてきた。いつだって死ぬ覚悟で任務に当たってきた。

 だが今回はわけが違う。一度の口づけで確実に十年の寿命が減ってしまう。ひょっとしたら寿命を分け与えた瞬間に俺の命が尽きてしまうのかもしれないのだ。


 怖い。俺は寿命を分け与えるのが怖い。死ぬことが怖い。もう母上や姉様たちに会えなくなることが怖い。

 俺という存在が消えてしまうことが、どうしようもなく怖い。


 俺は両ひざを抱えてうずくまった。


 後ろから気配がする。

 確実に俺の方を注視している。その気配は総隊長とは違った。

 誰だ? 

 アヴァラス帝国からの刺客だろうか、それともエーテル族やその眷属を狙う何者かだろうか。


 俺は腰の刀に手を添え、にじり寄ってくる気配を睨み付けた。

 気配が飛び出す。


「うおおおおお! エーテル族の眷属うおおおおおおおおおおおお!」


 俺は刀を抜く寸前で手を止めた。

 暗闇から走ってきたのが、昼に酒場で会った考古学者のエドウィンだったからだ。

 俺は一度気を緩めたが、このままだと全速力で衝突しかねない。


 速度を緩めず接近するエドウィンが寸前まで接近したところで、俺は左足を軸に横へ避けた。

 俺を掴み損ねたオッサン。そのまま砂浜を転がっていくオッサン。水しぶきを上げながら海へ搬入されていくオッサン。


 ……何がしたかったんだ、あのオッサン。

 俺はエドウィンが起き上がってくるのを待った。だが一向に海から上がってくる気配がなく、波打つ音が響いているだけだった。

 え? もしかして(おぼ)れてるのか?

 俺は慌てて波打ち際まで確認しに行って青ざめた。エドウィンの身体はうつ伏せのまま横たわっていたのだ。

 おい嘘だろ。あんな短い時間で窒息したってのか? (でき)死の達人かよ!


「お、おいしっかりしろ!!」


 俺は慌ててエドウィンの身体を助け起こした。その時だった。


「ゲヘへへへッ! 眷属君捕まえたぁ……!」


 その声は凄まじい狂気に満ちていた。

 エドウィンは俺の両肩をガッチリと掴み、しかも顔を胸のあたりに埋めてきた。


「ふおおおおお! これがエーテル族の眷属の匂い! エーテル族の眷属の温もり! 愛おしや愛おしや」


 ええ怖っ! こいつ怖っ!!

 言い知れぬ恐怖を感じた俺は力任せにエドウィンを振りほどいた。


「何なんだよアンタ!」


 するとエドウィンは我に返ったかのように背筋をただした。


「はっ! 済まない、えーっとカッペイ君だったね?」


「そうだけど」


「僕がエーテル族の眷属に会ったのは君が初めてだったんだ。そして初めてだと思ったらどうしても知りたくて知りたくて知りたくてうおおおおおおおおおおおお!」


 エドウィンは再び俺の方に走って来た。

 一本背負いでぶん投げたろうかと思ったが、暗い場所で投げると相手が受け身を取れずに重症を負う可能性があったのでやめた。


 そして再びつかみ合いになる。


「ねえカッペイ君! 粘膜接触はどんな感じだったの? ねえ気持ちよかった? それとも気持ち悪かった!?」


「気持ち悪いのはアンタだよ!」


「ああああああ! 僕も契約を交わすシーンが見たかったあ! エーテル族が眷属を増やす瞬間をこの目に焼き付けたかったあ!」


 暗闇の中でエドウィンの目がギラリと光るのが分かった。


「ねえ! 今度フィアールカ君と粘膜接触するところ見せてよ!」


「いやそれはちょっと……」


「じゃあ僕と粘膜接触しよう!」


「何で!!?」


 もう限界だと思った俺はエドウィンに足を掛けてその場に引きずり倒した。


「痛い! カッペイ君もっと優しく」


「うるせえ! これ以上暴れたら痛い目にあうぞ!」


「か、カッペー、そのおじさんと、何を、してるんだ……?」


 振り返ると、なんということでしょう。そこにはボニーが居るではありませんか。

 そして心なしか、後ずさりしているように見える。

 俺は気付いた。もしかしてボニーからは俺がエドウィンを押し倒したうえで(あっち系の)乱暴をしているように見えたのかもしれない、と。


「いやいや、違うんだボニー。これは正当防衛なんだ」


 俺が両手をブンブン振って誤解を解こうとすると、起き上がったエドウィンが呟くように言った。


「はあ、もっとカッペイ君の秘密が知りたかった……」


 アハハ! 何言ってくれてんだこのオッサン!

 それを聞いたボニーは目と口を大きく開き、しばらく止まっていた。

 だがすぐに何かを悟ったような表情に変わり、穏やかに微笑んだ。


「カッペー、やっぱりお前はそっち系だったんだな!」


「やっぱりって何!?」




 つづく


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