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十九話 二人きり

 俺が案内されたのは二階の東端の部屋だった。

 アンナに促されて入ると、甘い匂いの漂ってくる部屋の中心にフィアールカが立っていた。


「いらっしゃい、サルワタリ」


 既に夕日が沈もうとしていて、部屋がほの暗いせいか彼女の微笑みは欲情を駆り立てるような妖しさを感じさせる。

 見回すと壁一面には天井まで伸びる本棚が並んでおり、床には白く分厚い絨毯が敷き詰められている。

 そして部屋の隅に天蓋(てんがい)の付いた巨大な寝台(ベッド)が陣取っているのを見ると、ここはフィアールカの寝室なのだろう。


 ……女子(おなご)の寝室に入れてもらった、だと?

 俺は忍者だ。今まで様々な場所に潜入してきたが、女子の部屋に入ったのはこれが初めてである。

 このまま、あの良い匂いのする寝台に飛び込んで「忍法うつ伏せの術!」とか叫びたい。


「あなたは部屋の外で待っていて」


 フィアールカの言葉は部屋の入り口に立っているアンナに向けられていた。アンナはしばらく静止して俺の顔を刺し貫くような視線で見ていたが、やがて一礼をしてドアを閉め、部屋から出て行った。

 何故だフィアールカ。何故アンナを部屋から出したんだ!


「やっと、二人きりになれましたわね」


 フィアールカはゆっくりとこちらに近づきながら言った。もうその手は食わない。俺はフィアールカから時計回りに回って一定の距離を保った。


「……寿命の受け渡しのために呼んだんですか? 粘膜接触で」


 険しい顔と強い口調でフィアールカに問いただす。

 ところがどっこい。

 俺の頭の中では今、大量の毛深い男たちが『粘膜接触』と書かれたフンドシ一丁で踊り狂っていた。

 もう一度口付けを交わそうものなら俺の寿命が十年も縮むというのに、性欲が湧いてくるなんて俺は本当に猿だ。


 だが仕方あるまい。童貞の俺が密室で美少女と二人きりになっているのだ。何も意識するな、という方が無理な話である。あまつさえフィアールカは一度口付けを交わした相手なのだ。



「いいえ。それは貴方が決めることですわ。私に寿命を分け与えたければそうすれば良いし、分け与えたくないのなら、さっさと逃げてしまえば良いの。私からも、この島からも」


 フィアールカは寝台に腰を落としながら言った。あのままフィアールカを押し倒したら、あいつは抵抗するのだろうか。それとも……いやいや! 何を考えてるんだ俺は!


「一つ聞かせてください。貴女は酒場で俺を選んだ理由を『顔を見た瞬間にどうしても道連れにした衝動に駆られた』からだ、と仰っていましたね」


「あら、それが何かしら?」


「自分で言うのも何ですけど、顔で選ぶのでしたらもっと格好いい男が居たのではないですか?」


「いいえ、私は貴方の顔が一番好きよ」


 フィアールカは俺の顔をうっとりとした表情で眺めながら言う。

 寿命を奪うために調子いい事言いやがって、と思いながらも俺の頬はガッツリ緩んでいた。


「ねえサルワタリ、私は本を読むのが好きなの」


 フィアールカは本棚の方を向いて言った。

 本棚には所狭しと本が並んでいて、よく見ると寝台(ベッド)の上にも何冊か本が積まれている。


主人公(ヒーロー)はいつもお姫様がピンチの時にやって来てくれる。そして悪者の元から攫い出してくれるの」


 フィアールカは再び、じっとりと口を吊り上げた笑顔で俺を見た。

 要するにフィアールカは自分を囚われの姫に、俺を王子様か何かに重ねたということなのか。

 残念だが俺はそんな良い物ではない。上司の命令に逆らえずに行動しただけの操り人形に過ぎないのだ。

 俺は自嘲するように一度息を漏らした。


「そんな事を言って、俺の寿命を奪うための方便なんじゃ……」


 ハッとして口をつぐんだ。

 フィアールカが今にも泣き出しそうな、悲しそうな表情をしたからだ。

 しまった。今の言葉は決して悪意から出た言葉では無いが、その言葉が酷くフィアールカを傷つけたようだ。


「ねえサルワタリ」


 俺を呼ぶフィアールカの顔は再びいつもの笑顔に戻っている。

 だがそこからの彼女の行動は予測できなかった。

 両手で胸のボタンを外し始めたのだ。


「何やってるんだ! よせ!」


 俺は敬語を使うことも忘れて叫んだ。


「私、タダで寿命が欲しいなんて言わないわ。サルワタリが望むことをなんだってしてあげる。それとも……」


「俺はそんなこと望んでない!」


 毅然として叫ぶ俺の脳内では、毛むくじゃらの男たちが『童貞卒業』と書かれたフンドシを振り回していた。

 俺はそんな汚い欲望を抑え込むように、なおも服を脱ごうとするフィアールカに近づいて両手を掴んだ。

 が、勢い余って寝台の上に押し倒してしまった。ワザとではない。断じて。


 俺の身体の下にいたのは、両手を広げる無防備な女だった。

 服のはだけた胸部からは白い肌が覗き、呼吸にあわせてゆっくりと上下している。そして紫色に妖しく光る両の目は俺を捕らえて離さない。

 フィアールカは紅く潤んだ唇で、言った。


「それとも、このまま死ぬまで快楽に溺れてみる?」


 俺は欲望を振り払うように立ち上がり、勢いに任せて部屋を飛び出した。

 部屋の外に立っていたアンナが俺の顔を、まるでゴミを見るような目で見ていた。




 つづく


お読みいただきありがとうございました!

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