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十八話 アンナ

 酒場でボニーと別れた後、俺はフィアールカと一緒に、アレクサンドル・グラフが建てた屋敷の前まで来ていた。

 目の前には綺麗に整えられた緑の庭園が広がっていて、その先にはまるで城のような二階建ての屋敷が建っていた。建物のつくり自体はフィアールカが軟禁されていたものと同じだが、やや小さいようだ。

 だがこの街の規模を考えれば場違いなデカさであることは間違いない。


「あの、本当に俺もここに住むんですか?」


「当然ですわ。だって貴方は私の眷属ですもの」


 フィアールカは嬉しそうに微笑んでいる。こいつは俺のことをどう思っているんだろう。自分の寿命を延ばすためのただの餌か、あるいは……。

 ふと、屋敷の方から一人の女性が歩いてくるのが見えた。

 黒い服の上に白い割烹着……あ、あれはメイド服! 海外春画集で見た事があるぞ!

 じゃああの人はメイド! メイドふぉおおお!



「フィアールカお嬢様、お待ち致しておりました」


 金髪を後ろで束ねた彼女は柵を開け、フィアールカに中へ入るよう促した。


「久しぶりね、アンナ。元気そうで良かったわ」


「はい。お嬢様がこの屋敷にいらっしゃることを心待ちにしておりました」


 すごく歓迎しているかのような言葉だが、アンナと呼ばれたメイドは硬い表情のままである。不意に俺の方を向いた。


「お嬢様、このお方は誰ですか?」

「この人はサルワタリ。私の護衛ですわ」


 するとアンナはその気の強そうな顔で俺の方を凝視し始めた。

 とても綺麗な顔をしている。口がへの字で結ばれていなければもっと可愛いのに。

 しかしアンナはまだ俺の顔を見つめたままだ。

 何この人。にらめっこする気なのか?

 まだ見つめている。

 流石に俺が視線に押し切られそうになった頃、アンナはプイッと後ろを向き、屋敷の方へ歩き出した。

 そして独り言のように「悪い人では無さそうですね」と呟いた。




 俺たちはアンナについて屋敷の中に入った。

 玄関から大理石が床に敷き詰められていたり、天使を象った石像が並んでいる事に何か笑いがこみ上げて来た。アンナはフィアールカを個室まで案内した後、しばらくして戻って来てこう言った。


「サルワタリ様、お嬢様のご命令ですのでお部屋までご案内致します」


 刺々しいな、おい。

 でもちょっといい。




 ***




「夕食の時間にまたお呼び致します」

 と言った後アンナはさっさと出て行ってしまった。

 改めて床が板張りの部屋を見渡す。十畳ほどの空間には寝台(ベッド)と小さな机と椅子が置かれているだけの簡素なものだった。

 屋敷の規模を考えれば中々つつましい部屋だ。元々使用人の寝室だったのかもしれない。

 俺は部屋をぐるりと見回してみて、何か背中に嫌な感覚が張り付いているのを感じていた。この感覚は……、いや、まさかな。


 それよりも今は自分が置かれている状況を真面目に考えねばならない。

 狐塚総隊長からの指令は「フィアールカ・グラフの護衛」だった。

 俺が総隊長の部下である以上、この任務には逆らえないが、「寿命を分け与えろ」とまでは命令されていない。


 だがこれからフィアールカと生活を共にするのであれば、必ず寿命を分け与えなければならない日が来るだろう。

 その時俺はどう行動すれば良いんだ?


 正直俺はフィアールカに死んでほしくない。死んでほしくはないが、それは自分の寿命を分け与えてまで彼女を助けたいのか、と聞かれたら迷ってしまう。

 血を分けた姉弟ならいざ知らず、フィアールカは俺にとって完全に他人である。数日前に知り合ったばかりで、事故のように口付けを交わしただけの存在だ。


 それでも寿命を分け与えずにフィアールカが死んだら、俺は一生後悔するだろう。何故なら彼女を延命させる唯一の手段が俺であり、俺が拒否することは彼女を殺すことと同じように思えるからだ。


「どうすれば良いんだ……」


 俺は寝台に座って頭を抱えた。


「おやおや? そこに居るのは猿渡君じゃないかい?」


 その声に俺は顔を上げた。

 嫌な予感は、的中していた。


「やあ猿渡君。久しぶりだね」


 俺の前で屈託なく笑っているのは狐塚総隊長だった。その顔を見た瞬間、一気に身体が強張るのが分かる。

 久しぶりって昼に会ったばかりじゃねえか。いや、それよりも……。


「狐塚総隊長、何故、こんな所に?」

「いやあ、大きな御屋敷だなぁって思ったら忍び込みたくなっちゃってさ」


 嘘つけ。絶対俺の後を付けて来ただろ。

 ……何かこの言葉だけだと俺が凄い自信過剰な人みたいだな。


「それより猿渡君、呪いについて聞いたんだろう? どうだった?」

「……はい。呪いはフィアールカ・グラフに寿命を分け与えるのと引き換えに、私の寿命が減るものでした。フィアールカは短命な種族で、この寿命の受け渡しをしなければ、もうすぐ死んでしまうそうです」


「じゃあ寿命、分け与えないと駄目だよね?」


 俺は両手をきつく握りしめた。予想通りの言葉ではあった。総隊長の性格であれば、俺の寿命よりも護衛対象の命を優先するだろうということも分かり切っていた。

 だが、突き付けられたその言葉は想像よりもずっと残酷で冷たいものだった。


「エーテル族の寿命の受け渡しはとても特殊なのさ。一度の粘膜接触で眷属の奪われる寿命はおよそ十年。それに対して引き延ばされるエーテル族の寿命は三か月ほどしかない」


 十年……? もしフィアールカに寿命を分け与える場合、一度に俺の寿命が十年も減るというのか? それに対してフィアールカが延命できるのは僅か三か月。フィアールカを一年延命させるために四十年。ほぼ俺の命は尽きると言っていいだろう。

 そして何でこんなに詳しいんだ、この人。そんな情報はエドウィンもの口からも出てこなかったぞ。


「追加任務だ、猿渡君。フィアールカ・グラフが死にそうになったら迷わず彼女に寿命を分け与えること」

「は、はい」


 俺に拒否権など、無い。


「あの女を今失うわけにはいかないんだ。どんなことがあってもね」


 何か裏がありそうな、そんな口ぶりだ。いや裏というか闇というか。


「でも良かったじゃないか猿渡君! これで合法的に女の子とチューし放題だよ? 無料の遊郭みたいなものだと思って楽しみなよ!」


 総隊長は嬉しそうに俺の肩を叩く。こんな命がけの遊郭があってたまるか! 徐々に怒りが湧いて来た。しかしそれを総隊長にぶつける勇気は、ヘタレの俺に有りはしなかった。



「さて、それじゃあ僕は帰るよ。フィアールカちゃんとよろしくねー! あ、そうそう言い忘れたんだけどさ」


 窓枠に手を掛けていた総隊長が振り返って言った。


「この屋敷、警備がガバガバみたいだから君がシッカリしないと駄目だよ? もしフィアールカちゃんが連れ去られるようなことになったら切腹だよ、切腹」


 部屋の窓を開けた総隊長は颯爽と出て行った。

 もう()だあの総隊長。



 不意にドアを叩く音が二度響く。

 まさか、また総隊長じゃないよな……?

 恐る恐るドアを開けると、そこに立っていたのはメイドのアンナだった。


「お嬢様がお呼びです」


 アンナは仏頂面のままそう言った。




 続く


お読みいただきありがとうございました!

次は来週の火曜日に更新予定です。

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