十七話 アリアの五芒星
『昔、此の地にエルフ族あり、彼の地にエーテル族あり。
互いに繁栄するも、長く争いは絶えず。
終止符を打ちたるは、大魔導士アリアによりて掛けられし、
末代まで続く、寿命を削る呪いなり。
こうして彼の地の民は衰弱し、各地へ散り散りとなる。
しかし慈悲深きアリアは呪いを解く鍵を用意していた。
時が来ればエーテル族の呪いを解き、和解せよと伝えたり。
鍵の名をアリアの五芒星。
対となる石版にて、鍵を解く方法を記せり』
全く聞いたことの無い歴史だ。古代からエルフと呼ばれる耳の長い種族が、高度な文明を持っていることは世界的に知られている。だがエーテル族に関しては、先ほどギルドマスターからその名を聞くまで存在さえ知らなかった。
ほとんど裸のエドウィンは話し続ける。
「僕はこの石版を見つけた10年前からどうしようもなくエーテル族の歴史や文化を知りたくなってしまった。何故なら、古代エルフと同じ時期に高度な文明をもった種族が居たなんて聞いたことがなかったからさ。そう! 考古学者の僕が知らないくらいだから誰も知らないわけさ! その一切誰も知らない謎を解き明かすこと、とってもワクワクするだろう?」
エドウィンはお茶を飲み干して、また熱っぽく話し始めた。
「僕はてっきりエーテル族は絶滅したと思っていたんだが……、なななななんと! エーテル族はまだ生きていることを突き止めたんだ! しかも彼らは石版に書かれていた通り短命だった。20歳を超えて生きるためには、必ず他種族の寿命を奪わなければならない、まさに呪われた種族!」
興奮が抑えきれないのか、先ほどからエドウィンの貧乏ゆすりが止まらない。
「そうすると気になるのがこの石版に書かれていた『アリアの五芒星』の存在だ! これさえあればエーテル族の呪いは解ける! まだ方法は分からないけど、もう一つの石版にはその方法が記されている筈だよ!」
「……つまり、どういうことなんだ?」
俺の服の袖を引っ張りながらボニーが聞いてくる。
「要するに、エルフによってエーテル族は呪われて……」
と話したところでボニーの目が「?」マークになっていることに気付く。
「まあアレだ。空は青いなってっことだよ」
「なるほど!」
それで良いのかボニー。と思ってるとエドウィンが急に俺の両肩を掴んだ。
「さあ眷属君! アリアの五芒星について書かれた石版を探しに行こう! 今すぐ行こう! フィアールカ君の寿命が尽きてしまう前に! フィアールカ君によって君の寿命が吸い取られてしまう前に!」
オッサンがすっごい勢いで叫ぶのですっごい量の唾が散って来た。
「ちょっ、ちょっと待ってください。探しに行くって言ったって、その石版がどこにあるか知ってるんですか?」
エドウィンは少し沈黙した後、ゆっくり口を開いた。
「知ってるも何も、僕は一度、その石版の在処を突き止めたせいで命を狙われることになったんだ」
予想外の言葉に、その場の全員がエドウィンをまじまじと見つめた。
ただの変態中年ストリッパーだと思っていたエドウィンが、古代より封印されしエーテル族の謎を解き明かす寸前だなんて、にわかには信じがたい。
「さあ! そうと決まれば出発の日にちw」
その言葉を遮ったのは、エドウィンの後頭部を引っ叩いた、料理人風の男の分厚い手だった。
「エドウィンてめえ! 店に来ねえと思ったらこんな所で呑気に茶なんて飲んでいやがったのか! てめえのカミさんにチクるぞオラァ!」
恰幅の良い男は顔を紅潮させ、赤い鼻をさらに赤くしてエドウィンに怒鳴りつけた。どんどんエドウィンの顔が青ざめていく。
「ヒェーッ! 店長それだけは! それだけはああ! これから店に行ってすぐに働きますからあああ!」
エドウィンは男に縋り付きながら懇願する。
本来なら修羅場に見えるその光景だ。
しかしエドウィンがほぼ裸のまま頭に帽子をちょい乗せした変態であるため、それは一種のプレイに見えてならなかった。
「分かったら早く来い! 5分以内に来なきゃフライパンでぶん殴ってやるからな!」
恰幅の良い男……恐らくエドウィンの働いている店の店長は、ドスドスと足音をさせながら酒場を出て行ってしまった。
「ごめんみんな! 僕はバイトに行かなきゃいけないんだ! 今日はバイトが終わった後も予定があるから、明日の昼12時に『マルゲリータ』っていう店に来てくれ! 場所はダンナに聞けば分かるから!」
シャツとズボンを抱えながらエドウィンも店を出て行ってしまった。
「おい服を着てから出ていけよ!」
俺が叫んだ時には既に入り口のドアが閉められた後だった。エドウィンは最後まで嵐のような変態であった。
しかし彼がもたらした情報により、事態が進展したのも事実だ。
事がうまくいけば、俺も寿命を失わずに済むかもしれない。
「ところでフィアールカ。この街に君のお父さんが建てた屋敷があることを知っているか?」
ギルドマスターはエドウィンが石版を置いた箇所を、入念に雑巾で擦りながら言った。
「ええ。リザードテイルに父の別荘があるという話は聞いております」
「そうか、じゃあこの街ではそこに住むと良い。アレクサンドルはお前が来る事を見越して、既にメイドの女の子を住まわせているようだ」
「分かりました。では早速」
そう言ってフィアールカは俺の手を掴んだ。え、何?
「これから一緒に暮らしましょう、サルワタリ」
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