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十六話 エドウィン

「呪いについて話そう。カッペイ、呪いについてどこまで知ってるんだ?」


 ギルドマスターは先ほどの親し気な笑顔と打って変わって真剣な眼差しを俺に向けてくる。

 横を見ると、ボニーは何の事か分からないようで首をかしげていて、フィアールカは珍しく俯いていた。


「一切何も分かりません。ただ、俺が呪いに掛かった()()()ことだけは知っています」

「どうして呪いに掛かっていると思ったんだ?」


 ギルドマスターは尚も険しい表情で聞いてくる。

 笑っていなければギルドマスターの表情は強面で、非常に迫力があった。


「それは……」


 俺はフィアールカに迫られた時のことを思い出してみた。



『私と一緒に、呪われてください』



 その言葉と共にフィアールカは俺の唇を唇で覆った。

 それから……駄目だ! 状況より先にフィアールカの唇の柔らかさや甘い匂いが思い出されて勃起しそうになっちゃう!

 ほんと猿だな俺は!


 俺は一旦落ち着くためギルドマスターが入れてくれたお茶を一杯(すす)った。薔薇(ばら)の香りがして、中々風味深い。

 俺の様子を見たギルドマスターが問う。



「お前、フィアールカと粘膜接触したんだな?」



 俺は飲みたて新鮮なお茶を、薔薇の香りと共に勢いよく噴出した。

 粘膜接触……? 何その浪漫てぃっくな言葉。


「え。いや、粘膜接触というか、その」

「はい。私はサルワタリと粘膜接触をしましたわ」


 顔を上げたフィアールカがハッキリと答えた。心なしかギルドマスターの俺を見る目が険しくなったように感じる。


「カッペー! お、お前ハレンチだぞ! あの時二人でそんないやらしい事をしていたのか!?」


 顔を真っ赤にしたボニーが立ち上がって俺の肩をユサユサと揺すった。いかんせんボニーの力が強いので首が外れそうだ。


「いやいやいやいやいや! 口付けしただけだから! 行為には及んでないから! っていうか俺は襲われた側なんだ!」

「キッスはしたんじゃないか!」

「俺はただジッとしてただけなんだって!」


 もう自分でも何の言い訳をしているのか分からなくなってきた。俺は助けを求めるようにフィアールカの方を見た。するとフィアールカは口に手を当てて笑いながらボニーに話しかける。


「あらボニー。キスなんかで赤くなっちゃって可愛いわね。もしかして誰ともしたこと無いのかしら?」


 なんで(あお)ってんだよ!

 当然ボニーは余計に赤くなる。


「なんだとフィアールカ! 私をバカにしているのか!」

「おい止めろお前ら!」

「うるさい粘膜接触マン!」

「何その気味の悪い蔑称!?」

「そう。その粘膜接触が呪いの『契約』そして『橋渡し』になるんだ」


 ギルドマスターが俺の噴き出したお茶を拭きながら言った。


「フィアールカは『エーテル族』と、そう呼ばれる呪われた種族の生き残りなのさ」


 エーテル族? 初めて聞く種族だ。

 ギルドマスターは俺のグラスに新しくお茶を継ぎながら続ける。


「正確には呪いを受けているのはカッペイじゃなくてフィアールカの方だ。それはエーテル族の『命を削る呪い』と呼ばれているらしい」


「……寿命の減る、呪い……?」

「呪いによってエーテル族は短命な種族。放っておけば二十歳までには死んでしまう」


 二十歳までに死ぬ、だと? ということは十代半ばを過ぎているフィアールカの寿命も、もうすぐ尽きるということなのか?

 しかしフィアールカは涼しい顔でギルドマスターの話を聞いている。


「エーテル族の生きながらえる方法は一つ。他種族から寿命を分け与えてもらう事だ。粘膜接触によって、寿命の受け渡しが起こるのさ」


 嘘だろ? ということは俺の寿命は口付けをしたときに減っていたっていうのか? 急に景色がぼやけ、ギルドマスターの話し声が遠くで聞こえるような錯覚に陥った。



「要するに、俺はフィアールカ様から寿命を奪われたってことですか?」


「いや、まだの筈だ」


 ギルドマスターの喋り方は幾分か優しくなる。


「一度目の粘膜接触は『契約』と呼ばれるもので、寿命の受け渡しをするための通り道を作るためのもの。寿命の受け渡しが起こるのは二回目からだ」


 要するに俺の寿命は未だ減ってはいない、ということなのか。内心ホッとした気分だ。

 だがもしギルドマスターの言う事が本当ならば、俺が寿命を分け与えない限り、フィアールカの命はあと僅かということだよな?

 ここで一つの疑問が湧いてくる。


「あの、どうして呪いの契約を交わしたのが俺だったんでしょうか? グラフ家の財力があれば、他にいくらでも契約者がいるんじゃないんですか?」


 フィアールカはあの時「私のファーストキスですわ(裏声)」と言っていた。要するに他に契約者が居ないはずなのだ。


「そうだ。フィアールカは頑なに誰とも『契約』を交わしたがらなかったとアレクサンドルから聞いていた。だから俺も驚いたのさ」

「え? そうだったんですか?」

「アレクサンドルが俺にフィアールカの救出を依頼したのだって、『せめて少ない余生をゆっくり過ごさせてあげて欲しい』という理由だったからな」

「だって私の人生はとても退屈だったんですもの」


 フィアールカはギルドマスターの方を向いたまま、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。


「私はこれ以上生きていても人生に何の価値も見いだせない。もちろん、人並みに寿命があるのならもう少し生きてみるつもりでしたけれど、人の寿命を奪ってまで生きながらえたくはありませんでした。ただ……」


 フィアールカはゆっくりとこちらを向いた。ねっとりとした視線が俺を舐める。その表情はいつもの妖艶で挑発的なものとは違い、どこか愛おしそうな、遠くの空を見つめるような上目遣いだった。


「貴方の顔を見た瞬間、どうしようもなく道連れにしてみたい衝動に駆られてしまったのですわ」


 駆られてしまったのですわ。(裏声)

 じゃねえ! そんな理由で俺は生贄になったのかよ! 

 ……、いや、でも、誰とも契約しなかったら、フィアールカはもうすぐ寿命を迎えて死んじゃうってことだよな? じゃあ、やっぱり俺が寿命をあげないと駄目だよな。いや、でも……。

 俺がウジウジ考えているとボニーが俺に話しかけてきた。


「カッペー。要するにどういう事なんだ? お前たちは何の話をしているんだ?」


 話の内容が把握できなかったのか、首を傾げて俺の方を見ている。


「要するに生きててよかったって事だよ」

「なるほど!」


 納得するんだ。


「えっと、ギルドマスター。一つ聞きたいんですけど」

「何だ?」


「呪いを解く方法は無いんですか? このままだと、フィアールカの命もあと僅かだし、フィアールカを延命させようとすれば俺の寿命も減ってしまう」


 するとギルドマスターは苦虫を嚙み潰したような渋い顔になった。


「いや、すまないがそこまでは分からない。そもそも俺がエーテル族の知識を仕入れたのは……」



「呪いを解く鍵は『アリアの五芒星(ごぼうせい)』だ」



 ギルドマスターの声を遮ったのは、フィアールカでもボニーでもなかった。後ろを振り向くと初老の男が立っていた。茶色く汗ばんだシャツに淡い茶系色のズボン、頭には真円形の帽子を被っている。

 よく見ると男は小刻みに全身を揺らし、落ち着きなく手を()ねたり帽子を触ったりしている。

 顔自体は渋くて男前であるが、その挙動不審さのせいで完全に不審者だ。



「ようエドウィン。今日バイトは休みなのか?」


 ギルドマスターが親しげに話しかける。やはりこの不審者とも知り合いなのか。


「君がエーテル族なんだね?」


 不審者はギルドマスターの問いには答えず、ゆっくりとフィアールカに近づいてくる。

 俺は念のために腰の刀に右手を乗せ、男の喉元を見据えた。


「あいつは大丈夫だ、カッペイ。俺にエーテル族のことを教えてくれたのはあいつだからな」


 俺の様子を察したのか、ギルドマスターは俺の肩に手を置いて優しく言った。あの不審者が……? 一体何者なんだ?


「貴方の言う通り、私はエーテル族の女です」


 フィアールカが立ち上がってお辞儀をした瞬間、男の震えがピタリと止まり、かわりに目をカッと見開いた。


「銀色の髪、紫色の瞳、この世のものとは思えないような理想的な顔立ち……ほ、ほほほほおほ本物だぁ……!」


 再び痙攣(けいれん)のような揺れと共に言葉を発する男。生まれたての仔牛の方がまだ安定感がありそうである。

 さすがに色んな意味で危ないと思った俺はフィアールカを座らせ、間に立ちふさがった。


「けけけ、眷属(けんぞく)は君だね?」

「眷属?」

「エーテル族と契約を交わした者は、そう呼ばれるのさ。それから!」


 男は再び目を見開く。


「いやっほう! エーテル族の眷属を始めてみたぞお!」


 言うと同時に男は上着のボタンを外し始めた。え? 何してるのこの人?

 呆然とする俺の前で上着を脱ぎ、上半身裸になった男は鼻息が荒く足踏みを始めた。

 おい、本当にこの男は安全なのか、ギルドマスターよ。


「さっきギルドマスター(ダンナ)が言ったように、エーテル族は呪いによって短命になり、他種族の寿命を奪わねば二十歳までに死んでしまう呪われた種族! そしてその呪いを解く鍵がアリアの五芒星なんだ!」


 男の口ぶりは自信と確信に満ちている。

 まさかこの男、フィアールカの寿命、ひいては俺の掛けられた呪いを解く方法を知っているのか?!


「あなたはその、アリアの五芒星によって呪いを解く方法を知っているんですかっ!?」


「知らないっ!」


「知らねえのかよ!」


 男は今度はズボンをスポポーンと脱ぎ捨てた。すね毛の生い茂った肢体が露わになる。

 さっきから何で脱いでるのこの人!?


 しかも何と言うことでしょう。男は自らの下着に手を突っ込み始めたではありませんか。

 さすがに俺が止めに入ろうとすると、男は分厚い石の板を両手で持って取り出した。


 ……どうやってあんなデカイのを入れてたんだ?


「これを見てくれ!」


「嫌です」


 男は俺の言葉など意に介さず、先程俺が座っていたテーブルの上にゴトリと石の板を置いた。

 その石絶対チンチン付いてるだろ! チンチンをテーブルの上に置くんじゃない!

 さすがにフィアールカも嫌だったのか、俺の方に来て後ろに隠れてしまった。


「さあこっちに来てくれ眷属君!」


 下着一丁の男はブンブン俺に向かって手招きをする。

 フィアールカは後ろに隠れて俺の袖を握っているし、ボニーでさえ男から距離を取っている。

 クソっ、俺が行くしかないのか……!


 俺は渋々男の隣に座った。


「申し遅れたね、眷属君。僕はエドウィン・ピートリー。古代エルフの歴史を専門に調べている考古学者さ」


 エドウィンと名乗った男は手を差し出した。握手を求めているのだろう。

 止めよ、其方の手は穢れておろうが。


「俺の名前は猿渡勝平です。よろしくお願いします。その石の板は何なんですか?」


「これは僕が古代エルフの遺跡で見つけた、エーテル族について書かれている石版さ」


 そんな大切なものをチンチンと同居させるんじゃねえ。

 俺の白けた目線を感じ取ったのか、エドウィンは笑顔になりながら言う。


「もちろん無断で持ち出したわけじゃないさ。その村の村長に許可を取って、研究が終われば返すという条件のもとで持ち出させて貰ってるのさ」


 違う。そっちじゃない。っていうか尚更チンチンと混泳させてんじゃねえよ!


「それでエドウィン、そこには何が書かれているんだよ?」


 ギルドマスターがエドウィンにお茶の入ったカップを出しながら言った。

 一杯お茶を啜ったエドウィンは、急に真剣な顔になり、石版の文字をなぞりながら言葉を(つづ)り始めた。




 つづく


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