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十五話 酒場

 狐塚総隊長は野暮用があるからと言って、俺を酒場まで送った後どこかへ行ってしまった。

 酒場の外観は二階建ての木造の建物だ。中からは何やら賑やかな声が聞こえてくる。

 ドアを開けるとムワッとした空気が肌に張り付いた。

 外観を見た時は気付かなかったが意外と奥行きが広く、奥側には二階に上がる階段も見える。酒場全体が煙草や料理の湯気によってやや霞みがかったように見えており、天井からは丸い鉄枠の上に置かれた蝋燭(ろうそく)が、ボンヤリとオレンジ色の灯りを供給している。



 俺はボニーたちを探すためにキョロキョロと左右を見渡しながら奥へ進んでいった。

 所せましと並んだテーブル席には隙間なく人が座っていて、あちらこちらから喧噪や笑い声が響いてくる。

 そしてそのテーブル席を縫うようにウェイトレスが飲み物の入ったグラスを両手で持って駆けていく。


「おーいカッペー。ここだー!」


 酒場の奥の方に目をやると、やや暗い場所でボニーがこっちに手を振っていた。隣では微笑むフィアールカの姿も見える。


「賑やかな所だな」


 俺は足早に駆け寄り、酒場の雑音に負けないよう大きな声で言った。

 そこは壁側が調理場というか酒置き場になっていて、おびただしい数の瓶が壁一面に並んでいる。その酒置き場と客席を仕切るように細長い(テーブル)が置かれており、並んだイスにボニーとフィアールカは座っていた。


「君がサルワタリ君だな?」


 酒置き場側に立つ男が声を掛けてきた。

 彫りの深い顔に黒い瞳。目じりには笑い皺が刻まれている割にほうれい線は目立たない。

 髪は後ろに流した清潔な黒髪で、顎に蓄えられたヒゲは決して伸びっぱなしではなく、短く刈り揃えられている。

 重要人物だと直感的に感じた。


「はい。私が猿渡です」


 俺は男から目を離さず、微笑んでお辞儀をしてみせると男は顔を(ほころ)ばせた。


「申し遅れたな。俺がこの酒場の店主でリザードテイルのギルドマスターの『テオポルド・ダンナ』だ。これからよろしくな!」


 なんとこの男がギルドマスターなのか。しかも店の店主を兼任しているとは……。この店の客が多い理由が少し分かった気がする。

 俺が一人で納得していると急にギルドマスターが頭を下げた。


「フィアールカを助け出してくれて本当にありがとう」


 俺は慌てて手を振る。


「い、いえいえ! 俺はただ与えられた任務を遂行しただけですから!」

「いや、屈強なアヴァラス兵の警備する屋敷から人ひとり助け出してくるなんて、誰にでも出来ることじゃない。お前がいてくれて良かったよ」

「そんな、俺は別に大したことなんか」


「ふっ。まあ、あの任務はカッペー一人じゃ達成できなかっただろうな!」


 ちょっと黙ってろボニー。


「ねえサルワタリ、私の隣に座って」


 フィアールカが両手で俺の手を引きながら言った。薄暗い場所で見るフィアールカの顔はどこか影があり、五倍増しで妖艶に見える。この妖しい女から「呪いを受けると漏れなくキスできる」と言われたら喜んで呪われる男はたくさんいるだろうに。


 ちなみに席は


 空席 フィアールカ ボニー 空席 


 の順番になっていて、フィアールカは俺に左端へ座れと言っているようだ。

 フィアールカの手を振り払うわけにもいかないので俺は左端の席に腰掛ける。決して下心に負けたわけではない。


「俺はフィアールカの父親から、『娘を助けて匿って欲しい』と頼まれたのさ。アレクサンドル……フィアールカの父親は俺の大切な友人だから断るわけにはいかなかった」


 ギルドマスターは俺が席に座ると同時に喋り始めた。

 フィアールカの父親、アレクサンドル・グラフはギルドマスターと同じく商売人だ。商売を通じて知り合ったということなのだろうか。

 ん? ギルドマスターがフィアールカ誘拐の依頼主だったとしたら、どうしてわざわざ俺の元に任務の依頼が来たのだろうか?



「それでフィアールカの救出に当たって、忍者のケイに依頼することにしたんだ。彼ら忍者が隠密行動を得意とすることは知っていたからな」


「ケイ?」


「お前の上司のことだよ」


 まさか狐塚総隊長のことか? 確かにあの人の下の名前は慶司(けいじ)だが、総隊長のことを「ケイ」なんて気軽に呼ぶ命知らずを俺は知らない。


 例えば俺が

「ようケイ」

 なんて無礼講をぶちかまそうものなら、次の日の朝には養鶏場で鶏のエサにされている事だろう。

 島一つ買い取る財力があると思えば、アヴァラス帝国の豪商と友達で、しかも伝手(つて)を辿って世界の反対側まで忍者を派遣できるほど人脈が広いなんて。

 ……何者なんだ、この男?


「ギルドマスターって人脈が広いんですね……」


 するとギルドマスターは不敵な笑みを浮かべ、両手を広げて見せた。


「この酒場に来ている奴らは全員俺のダチさ!」


 ギルドマスターはスーッと一気に息を吸い込み、大音声で言った。



「お前らあああ! 楽しんでるかああああ!」



 その途端、酒場中のすべての目がコチラを向いた。かと思うと酒場全体から地鳴りのような叫び声と手を叩く音が響き、ギルドマスターの声に答えた。

 おいマジかよこの人。


「今日は新しいお友達を紹介するぜ! こっちのお嬢さんがフィアールカ!」


 フィアールカがお辞儀をすると、客たちから口笛の音や、はやし立てるような声が響いて来た。


「そしてこっちがカッペイ!」


 フィアールカが紹介された時よりもやや小さい声援や手を叩く音が響く。ちなみに俺はそういった差に敏感に反応する小心者である。

 すると客の中の一人が俺に声を飛ばした。


「おい新入り! 一発ギャグやれよ!」


 無茶言うな。


「私もサルワタリの芸が見たいわ」


 後ろからフィアールカが俺の背中を押す。こいつも他人事だと思って適当言いやがって……!

 しかし一発ギャグコールは瞬く間に大きくなり、あっという間に酒場全体が大合唱を始めた。


「一発ギャグ! 一発ギャグ! 一発ギャグ!」


 くっ、こいつら俺の事をバカにしやがって。

 やってやるぜ! 俺が今年の忘年会のために練りに練って考え付いた一発ギャグを!





「はい! 一発ギャグやります! とほほ……、とほほ……、とほほうれん草!!」






 死ぬほど滑った。




 つづく


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