28、当日 ⑥
パーティーが進行しているうちに、既に会場にはデザートの用意がされ始めている。
終わりが近づいて来た合図である。ドタバタしていた給仕達も落ち着いた様子で配膳を始めていた。
ブリジットも同様にデザートの配膳を始めていた時だった。
ポスフォード侯爵のテーブルの上に配膳を行おうと、彼の元へ向かう。
するとそれに気づいた侯爵が、彼女に声をかけた。
「君、最後に一杯赤ワインを頼めるかい?」
その声に反応し、彼女は配膳台の上に乗っている新しいグラスを渡し、赤ワインを注ぎ始めた。
その様子をニヤニヤと嫌らしい目つきで見ている侯爵に、ブリジットは気づかない。
いや、気づいてはいるようだが、何も言うことができないのである。
そしてその間に彼はブリジットにこう声をかけるのだ。
「君、僕の元に来ないかい?」
いきなり何を、と彼女も感じたようだ。美しい唇をキュッと引き締めた。
そして彼を見据えて、ニッコリと笑い
「今お仕えさせて頂いておりますのは、カノヴァス公爵様ですので、その件につきましては公爵様を通していただけますでしょうか」
先程から不穏な空気を醸し出していた彼女達の話は、他の給仕にも聞こえていた。
と同時に、聞こえていた給仕達はこう思っていた。ーーーやはり、と。
そして、対応が素晴らしい、とも感じていた。
「そうか、そうしてみるよ」
先程フランシスと話していた時のように彼は軽く終わらせる。
だが、彼女に向けた目は獰猛な獣のように鋭い目つきをしていた。
まるで彼女が彼の元に来ることが決まっているかのように……
その後は何事もなくパーティーは終了し、招かれた客は全員帰っていった。
フランシスのおかげもあり、ブリジットも両親に挨拶することができたのだった。
片付けも終了し、使用人はいつも集まる広場でフランシスの労いを聞いていた。
この時間もすぐに終わり、使用人達は解散をする。その中で給仕メンバーだけが残されていた。
「公爵家の代表として、恥じない働きだった。よくやった。」
そんな発言をしながらも、フランシスの瞳には少し不安が灯っていることに、ヨハンとジーンは気づいていた。その理由は、勿論ブリジットの件である。
フランシスはその不安を見せまいと振る舞い、給仕を行った者達を労う。
「褒美は今度、個人的に執務室で与える。ヨハンに予定を伝えておく。」
給仕を行った者達の目に、まばゆい限りの光が灯っているようだ。彼らは決して口には出さないが、心の中では褒美と聞いて歓喜していた。
その後はヨハンから予定を聞いた者からすぐ解散となり、疲れた体を休めるために自室に向かう給仕達。
ブリジットは最後に残されていた。
「ブリジットさん、貴女はこの後すぐに執務室に向かってください。」
今までの給仕達には笑顔で答えていたヨハンであったが、ブリジットの時だけは真顔だ。
あの件である、と理解できる。
「承知しました。このまま向かっても宜しいのでしょうか」
「ええ、むしろ今すぐ向かってください」
了承の旨をヨハンに伝え、ブリジットは執務室に早足で向かっている。
その後ろ姿を見るヨハンとジーンは、息がぴったりなのだろう、ため息を一つ同時についていた。
「彼女が巻き込まれてしまうのは、忍びないのだが」
「大丈夫ですよ、ヨハン。彼女ならきっと」
ジーンの返事がわりにヨハンは首を縦に振っていた。
そんな話が広間で繰り広げられていた時、談話室では女性の使用人が集まり話をしていた。
最初は自室に帰る予定だった、使用人達だったが、少しだけ不穏な空気を感じ取ったらしい。
給仕をしていたメンバーに、何があったのか確認をしておこうと考えて今に至っている。
「今日、ブリジットがポスフォード侯爵に勧誘をされていたわ。」
話がややこしくならないように、事実だけを伝えることに決めたヴェラ。
彼女も給仕としてその時ちょうどブリジットの近くにいたため、その話を聞いていたのである。
「えー?!ブリジット、いなくなっちゃうの?」
モニカが泣きそうな声でヴェラに尋ねる。彼女の目から涙がこぼれ落ちそうになっていた。
モニカの中では今やなくてなならない尊敬できる存在にブリジットはなっている。
いきなりいなくなるなんて、彼女にとっては永遠の別れと思えるくらい悲しく感じていた。
「いいえ、彼女はきちんとポスフォード侯爵様に旦那様と相談するようにお願いしていたわ。対応も問題がなかったから、あとはこの後の話合い次第だと思う。」
いきなりブリジットが侯爵家に移るとは考えづらいのでは、とモニカ以外は考えていた。
「旦那様はブリジットの仕事振りを認めていらっしゃいましたから、大丈夫だと思うけど」
何が起こるか分からないため、100パーセントとは言えない。
けれどその言葉にモニカは目を輝かせ、こぼれ落ちそうになった涙も見えなくなっていた。
「旦那様、ブリジットを止めてくださいね」
珍しく語尾を伸ばさなかったモニカの発言に、その場にいた者は驚きを隠せなかった。
だが、みんな一様に思っていた。ーーー彼女とこのまま一緒に働けるように、と。
当日の夜編がもう少しだけ続きます