25、当日 ③
招待された貴族が席に段々着き始めるにつれて、裏側では忙しさが増してくる。
その中で一旦エントランスでの挨拶が落ち着いたフランシスが、ヨハンを呼びつけた。
「何かございましたか?」
「お願いがある。ベルジェ夫妻から話を聞きたい。ブリジットの件についてだそうだ。」
「承知しました、いつ頃が宜しいでしょうか?」
「今落ち着いているようだから、夫妻に声をかけてもらえるか?」
ヨハンは少しだけ嫌な予感を感じざるを得なかった。が、そのままにしておくわけにはいかない。
給仕がベルジェ伯爵夫妻のテーブルグラスを配ろうとするのを見て、ヨハンが事情を言い受け取る。
そしてベルジェ伯爵の元に向かったのだ。
最初は置かれたグラスを見ていたベルジェ夫妻であるが、それを配っていたのがヨハンだと気づき彼を見つめていた。
「ベルジェ伯爵、旦那様がお話をお聞きしたいとのことでした」
「助かります。少し席を外したいのだけれど・・・」
「ええ、ご案内致します。」
セザールはカモフラージュのため、ブリジットの件でお礼を伝えてくる、とカトリーヌに伝える。
彼女もふふふっと笑いながら、行ってらっしゃい、とセザールに声をかけた。
これで雇ってもらったブリジットの件でお礼を伝えるベルジェ伯爵、というストーリーが第三者から見て予想がつくわけである。
ブリジットが公爵家で働いているのは、多くの貴族が知っている。お礼を言うくらいならそこまで見向きもされないであろう。
そこまでして警戒する理由は、カノヴァス公爵との密談だと勘違いされないためだが、セザールにはそんな事できないだろう、という見解が大多数だと言うことを本人は知らない。
ちなみに妻であるカトリーヌはそのことを知っているため、その見解を大いに利用しているのだが。
会場を抜け、ある廊下の部屋のドアを開ける。この部屋は念のため防音魔法具が置かれている部屋だ。
すでにフランシスは座っており、軽い挨拶をしている。ヨハンはフランシスの前に伯爵を案内し座らせたのち、紅茶を机の上に差し出した。
「短い時間ですが、申し訳ない」
「いいえ、公爵様はお忙しいと思いますから。わざわざ、ありがとうございます。」
「それで、どのようなことが?」
聞き返したフランシスの顔を見て、言いづらそうにするセザール。少しして意を決したのか話し始めた。
「実は、ポスフォード侯爵から、ブリジットを引き抜きたいと私どもに連絡が来ています。」
脇に立っていたヨハンは目を見開いた。驚くべきことであるからだ。
普通、公爵家に所属する使用人を引き抜こうとする場合、その所属する公爵家ーーブリジットならフランシスに直談判する必要がある。そして雇い人の意思と使用人の意思が引き抜きに問題なければ、使用人を引き抜くことができるのだ。
引き抜くために、親に直談判する例は全くない。むしろこの場合は公爵家に失礼に値する。
「念のため、ブリジットにそれとなく確認致しましたが、そのような勧誘はされていないとのことでした。お耳に入れておくべきかと思いまして・・・」
「そんなことが・・・」
「それか引き抜きではなく、妾に、と言う意味かもしれません。」
セザール曰く、ポスフォード侯爵から手紙が届いたのは数日前だったそうだが、
手紙の文言に〝ブリジット嬢を是非我が家に〟と書かれていたため、引き抜きか妾の申し込みのどちらなのかが分からなかったらしい。
「ポスフォード侯爵は派閥としてはエルヴィス公爵ですから、政略結婚が必要だとも思えません。」
「だから私のところで引き抜きが来ているかを確認したかったと?」
「その通りでございます。」
少し、面倒なことになったな、と思う。なぜなら、今日はその問題であるポスフォード侯爵がもう少しで来るからだ。目を光らせて置かなくてはならない、と感じる。
セザールにはこちらの情報はきちんと提供するとして、セザールがどう考えているのかを聞くことにする。
「結論を言いますと、引き抜きはきていません。仮に引き抜きが来たとしても、ブリジット嬢は非常に優秀な使用人です。我が家では手放すつもりはありません。」
「承知しました。我がベルジェ家でも、どうしたいかは本人の意思を尊重しておりますのでご安心ください。」
その言葉だけで十分であった。フランシスは満足そうに少し微笑むと、ヨハンにセザールを案内するよう声をかける。
セザールは、微笑む公爵を二度見してしまうくらいひどく衝撃を受けていた。
氷の公爵と言う名は、無表情で感情を全く外に出さないことから付けられた名である。その彼が微笑むところを初めて見たのだ。
「これから、大変になりそうだ。」
セザールの心にはある予感が湧いて来ていた。
その時が来るまでに、心の準備はしておかなくては・・・と彼は思いつつ、部屋を後にするのだった。
少しずつですが、変化を見せたいと思ってます!頑張ります!