10、尊敬
ジーンに課題を提出してから1週間が経った。公爵家に勤め始めて3週間目に入る。
ブリジットが調合師の資格を取った、と言うニュースは瞬く間に使用人に広まって行った。
使用人には広まったが、公爵家の外に出ることはない。それは公爵家の使用人の口が硬いからである。
それくらいブリジットの有能さは異様であったし、積極的に有能説を唱えていたモニカでさえ、
口をあんぐり開けて驚いたくらいであった。
前代未聞の事であるのに、それを自慢しないブリジットに少しづつ使用人が敬意を持ち始めたのも、無理はない。
今日も1日仕事を終え、仕事をしていたヴェラと使用人控え室の広間で歓談していたのだった。
最近組む事が多いヴェラは、ブリジットの通っていた学園の卒業生である。
彼女はブリジットのことを非常に高く評価していた。
何故なら、以前より求人の少ない時代に彼女は公爵家に雇われたのだから。
10年前、ヴェラの卒業時代は丁度入れ替わりの時期だったらしく全体的に求人が多い時代だった。
そのため、学園の首席でなくても上位に入れば公爵家に勤められたのだ。
だが今年卒業したブリジットたちは違う。今や世間では求人が少ない就職氷河期の時代と呼ばれている。
公爵家も人手が足りているため、滅多なことでは求人を出さなくなっていたのである。
求人が少なくなっても無くなることはない・・・そのため学園に通う生徒はあとを絶たない。
そんな就職氷河期の中、公爵家への就職を手にした彼女の努力にヴェラは感動していたのだ。
しかも彼女の何気ない一言が、格段に生活を良くしていた。ーーそう洗剤のことである。
ジーンがフランシスに洗剤のことを伝えた後、彼はすぐさま友人の魔術師ジョエルと共に改良を始めた。
それから1週間ほど経った頃だろうか、ジーンから
「新しい洗剤ができました。今日からそちらを使うように」
と渡されたもの、それが液体洗剤と呼ばれるものであった。
最初は不審に思っていたメイドたちだったが、使用してみた者は全員驚いたのだ。
以前の洗剤と同様に汚れは落ちーーもしかしたら、それ以上かもしれなかった。
そして今までの洗剤との一番の違いは、二度手間がなくなったのだ。
固形洗剤だと塊が洗濯物に付いていたら、もう一度洗い直さなくてはならなかった。
しかし今回は液体のため、固形物がつくこともなくなったのである。
その切欠となったのが、ブリジットの言葉だというから驚くべきことであった。
そんなことを考えていたヴェラだったが、今朝から体に感じていた違和感が大きくなっているのに気づいた。
ヴェラはブリジットに気を遣って
「ありがとう、ブリジット。今日はもう休むわ。」
と自室に戻るのであった。
その後ろ姿をじーっと見ていたブリジットだったが、何を思ったのか台所に向かい始める。
台所に着くと真ん中のテーブルで一人、紙に何かを書きつけている人がいる。
料理長のザックである。
ザックは、料理長というより筋肉隆々の冒険者、という風貌に近い。
本人も豪快で大雑把な性格なのだが、料理に関してだけはその性格は反映されない。
むしろ繊細な料理を出すため、本当に彼が作っているのか?と最初は疑う者もいたくらいだ。
そんな彼にブリジットは声をかける。
「ザックさん、今大丈夫ですか?」
ザックは顔を上げブリジットを見ると、良いところに来た!と言わんばかりの笑顔を彼女に向けた。
ブリジットも彼が何をしているのか分かったようだ。先回りを選択する。
「そのお手伝いはさせて頂きますので、レモンピールを分けていただけませんか?」
「まあ、いいけどよ・・・何に使うんだ?」
「体調を崩していた方がおりましたので。」
「ああ、シリルの風邪が移ったってところか」
「ええ、まだ症状は軽そうなのでハーブティーを、と思いまして。」
ハーブティー位であれば、貰っても怒られることはない。
むしろ家にある紅茶やハーブティーは飲んでも良い、とフランシスは公言している。
なので使用人たちは良く自室で紅茶を楽しんでいるのである。
レモンピールはハーブティーの一種でレモンの皮を乾燥させた物だ。
彼女はレモンピールに解熱作用があるのを知っている。
だからヴェラが少しでも楽になれば、と思い持っていく事にしたのだ。
**
ヴェラは自室でゆっくりとしていた。
・・・ブリジットは大丈夫かしら。私、多分風邪を引いているようだわ。明日が休みで本当によかった。
もしかしたら明日が休日だったため、気が緩んだのかもしれないわね、
そう思っていたヴェラの自室をノックする者がいた。
誰かしら、と思いつつもヴェラは扉を開ける。
「ヴェラさん、お疲れの所すみません。体調を崩されている様だったので、こちらをお持ちしました。」
目の前にいるブリジットの手には、何やら袋があった。
何だろうか、と頭を捻っていたヴェラにブリジットは声をかけた。
「これはレモンピールのお茶です。5分くらい蒸らしてから召し上がってください。解熱作用もあるので、風邪には効果があると思います。」
ヴェラは驚いて口を開けていた。
体調が悪いのは朝からであったが、隠しながら仕事をしていた。
まさか気づかれているだなんて思わなかったからだ。
「どうして分かったのかしら?」
「一つ目は普段と同じ様な仕事量なのに、ヴェラさんが大変そうでした。あとは、最近シリルさんが風邪を引いた時にヴェラさんが手助けに行っていたので、風邪かなと思いまして。」
口を開けていたヴェラだが、今度は目もまん丸に見開いていた。
ブリジットの観察力と洞察力は凄かったのである。
最初は驚いていたヴェラだが、はっと気がつきブリジットにお礼を伝えていた。
勿論、その後ブリジットは約束していたザックの元へ向かう。
苦戦していた書類もあっという間に終わらせてしまったブリジットに、ザックも目を見開いていたのはいうまでもない。
まだまだ続きます。
恋愛要素が一個もない.....汗