3-1 シルフとの1日①
「お! おかえりー」
魔王の顔を見て、俺は安堵のため息をついて、腕から幼女を下ろす。
どうやら魔王城に無事帰還出来たようだ。
「初任務、お疲れ様です」
魔王軍参謀長のギムギスさんから労いの言葉をもらう。つり目で眼鏡をかけていて、髪の色と同じ白のローブを着ている理知的でなんとも魔法使いらしい男性だ。どうでもいいかもしれないが、俺も眼鏡をかけている。度数はなかなか高めだ。
「大丈夫? どこか痛いところとかない?」
魔王の妻のフローラさんも俺を心配して駆け寄ってくる。亜麻色の髪で色素の薄い眼をしており、柄やデザイン、素材に違いがあれど、いつもドレスを着ているお姫様のような女性だ。
この2人は大人の余裕や優しさがあって尊敬できる人達だ。
⋯⋯それなのに、
「⋯⋯⋯⋯」
「な、なんだよ」
何故肝心の魔王は日がな一日中城に籠ってゲームをして、そのくせ見た目の特徴は黒いマント(というかむしろただの布)を羽織っているだけ。
「はあ」
「おい! それはなんのため息だ!」
今にも俺に食ってかかろうかと、いきり立つ魔王。それを止めたのは、
「ええい! お前ら私をほっといて何を話してるんだ!!」
俺が連れ帰った幼女こと、風の大精霊シルフだった。
ほっといたというか、俺は対処の仕方がわからなかったからその場の流れに身を任せていただけというか⋯⋯。
「私が着替えとか手伝うから、シルフ、こっちに来なさいな」
フローラさんに呼ばれてシルフがそちらに駆けていく。
「あ―――」
「ちょ―――」
シルフがつまづいたのを確認して、咄嗟に彼女のすぐ後ろに飛ぶ。
「⋯⋯と」
そしてなんとか頭を地面に激突するのを回避出来た。⋯⋯と思ったんだけど。
「出会った時から思っていたが⋯⋯わ、私に⋯⋯」
「?」
シルフは肩をぷるぷると震えさせ、
「気安く触れるなー!!!!」
「うお!?」
俺を吹き飛ばした。
「ごばぁ!!」
そのまま壁にぶち当たって倒れこみ、俺の意識は遠のいていった。
「⋯⋯ん?」
目覚めて最初に見えた景色は、見知らぬ天井だった。感触からして、俺はどうやらベッドの上にいるらしい。俺はだるい体をなんとか起こす。
「む、やっと目覚めたか」
声のした方を向くと、先程俺を吹っ飛ばしたシルフがいた。
「体の調子どうだ?」
「自分でやっといてよく言うぜ」
「?」
俺はシルフに文句を言ったつもりだったんだが、彼女はきょとんとして、
「いや、私が与えたダメージなんてあれからフローラがすぐに治したぞ」
「え?」
「まさか⋯⋯聞いてなかったのか?」
「は?」
「お前と私は契約したんだぞ?」
「はああぁぁ!!?」
「うおっ!?」
そんなことを言ってきた。俺は大いに驚いた。⋯⋯俺があんまりにも大袈裟に驚くからシルフがビクリと体を震わせてしまった。ちょっと申し訳ない気分だ。
「⋯⋯すごい驚きようだが、お前はこの世界の“契約”について知っていたのか?」
「いや知らん」
「⋯⋯⋯⋯」
なんか、すごいジト目で見られた。ただノリに合わせようとしただけなのに。
「通常の契約についてはおいおい説明するとして、私とお前⋯⋯翔太だったか、がしたのは特殊で、私が翔太の中に住まうことで翔太から私は生命力を分け与えてもらえるようになったわけだ」
「ほほう、それで今私は体がだるいと感じているわけですね」
「そういうことだ。まあじきに慣れるだろうし、体力がつけばもっと楽になるから安心しろ」
ふむふむ、体力か⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
「ひとつ、質問いいか?」
「? なんだ?」
「魔王達は今どこに?」
「ああ、それならここに書き置きがあるぞ」
俺はシルフから手渡された表にどこぞのスーパーの広告が書かれている紙を見る。
以下、その文章だ。
『ごめんね、翔太君
私達魔王軍はどうしてもどーしても外せない用事ができたのでしばらく外に行ってます。通信手段も何故か通じません。⋯⋯土地の問題かな? 3人とも偶然通じないからたぶんそうなんだろうね。うん、きっとそう。
ということで、私達が戻ってくるまでシルフの面倒は翔太君1人でみてください。今日の夜には帰ってくるからね
フローラ』
「⋯⋯シルフ、あいつら契約する時なんて言ってた?」
「え、ええと、『翔太にはあらかじめ言っておいてあるから大丈夫だ』⋯⋯って」
俺は魔王軍の書き置きを引きちぎるように破ってゴミ箱に投げ捨てる。
あいつら逃げやがった!! それも面倒事俺に押し付けて! くそ、なんでこういう時だけ悪魔らしいんだよ!
「⋯⋯シルフ、俺の家に行くぞ」
「え⋯⋯あ、ああ!」
一刻も早く時が過ぎてもらいたいからな。夜になったらあいつら全員、1発ぶっ叩かせてもらおうか!
俺は魔王軍のおかげ(?)によって、シルフの第一印象を消し去ったまま我が家の自室へと飛んだ。
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