七章 それは天井を突き破り
七章 それは天井を突き破り
さて大人も寝静まろうかとするそのような時刻。
それは突然に落ちてきた。
私の顔をめがけて、天井を突き破り。
あまりの突然に驚き飛び起きて。
驚きとともに大声で叫びそうになる感情を必死に押さえつつ、何が起こったのか周囲を暗がりの部屋に見渡し。
同時に武器になりそうな?手元近くにあった雑誌を手に取り立ち上がり構えて。
部屋の物を押し倒し何者かが部屋の中を走り回り。
ガラス戸に何者かが勢いよくぶつかり。
軽量の書棚はあえなく本をばらまき。
水差しを倒す。
なお驚きとパニックの止まらない野良猫。
古い家なので屋根裏の空間が大きく、また部屋の天井からの空間も余裕のある間取りゆえに、野良猫程度なら十分以上に侵入できる。
住人にとって野良猫は害獣に近かった。
とくに癖の悪い野良猫が数匹いたためでもある。
癖の悪い野良猫に影響されたのか、害のないかわいらしい野良猫たちも荒れていった。
家の中に侵入して食べ物を盗み食いするのは日常茶飯事で。
冷蔵庫を開ける技を野良猫たちは覚え食い荒らしては肉魚類を盗んでゆき。
干している洗濯物を引きずり下ろし爪を立てて傷をつけ泥だらけにし、ほぼ毎日それを繰り返す。
夜になればなったで他のグルーブの猫たちと庭で、近所で、床下、屋根裏にかかわらずけんかを繰り返してゆく。
そんな悪野良筆頭猫が天井を突き破って落ちてきたわけだ。
どうもその日は珍しく真面目に猫の本分たるネズミ捕獲に熱中していたらしい。
性悪者が普段しないことをすると何やら起こるらしい。
そのいい例が本日ただいまだったということだ。
あまりに騒がしい私の部屋に親様たちが駆けつけてきた。
部屋の戸を開けた、そのときを狙っていたかのように野良猫はさらに家の中に入っていった。
が、パニックは収まっていないようで、私の部屋と同じような惨状が刻、一刻と広がっていった。
おたあさん(母親のこと)は長物の箒をもって野良猫を家の外に追い出すべく努力した。
祖母は大切にしていた着物を踏みにじられたせいで布団たたきをもって敵取りに狂奔し、ますます性悪野良猫は気炎をあげているのか怖がってあげているのか判らない鳴き方をしながら走り回った。
さすがは性悪筆頭野良猫だけはありとにかくすばしっこい。
猫走りの音がしたとおもったら次の瞬間には通り過ぎ物陰に隠れている。
このような素早さはなかなかお目にかかることはない。
走り回るだけではなく飛び回り、壁や柱を使って壁走りまで披露する忍者猫かと思う野良猫。
すばしっこさを褒めれるだけならば微笑ましいのだが、被害は我が家。
その素早さは微笑ましいのはなしではない。
さらに惨状は深刻度を増してゆく。
それとともに祖母の怒りは高まってゆく。
おたあさん(母親)は何とかしようと追い立てるべく努力している。
それは短い棒であった。
それは一尺二寸程度(36センチくらい)の棒。
それは猫にとって致命的でないゴムコーティングされたもの。
祖父は遅れてやってきた。
一~二度猫が通り過ぎるところを見たかと思うと、その中ほどに祖父は立った。
短い棒を持っているにもかかわらず、殴ろうとか追い立てようとする気配はみじんもなく。
だらりと手を下げて静かに立っている。
どうも両の目を閉じているらしい。
猫走りの音とともに加速をつけ壁に飛び上がり三角飛びの要領で祖父を交そうとする野良猫筆頭。
ゆらり。
ずどん。
祖父はゆらりと動いたかと思うといつの間にか猫を撃ち落としていた。
実際には動きはある程度見えているはずなのだが、いつどのように動いたかよくわからない。
あっという間の早業なのか、ただ単に早いだけではないものがあるように感じた。
目で見えたことよりももっとすごい技を感じて子供心に伝授をねだった。
祖父は笑顔で、木刀の素振りが様になったら教えてくれるということだった。
ただし祖母には内緒でということで。
祖父の登場が遅くなったのを祖母はなじっていたが、猫にひどい怪我をさせたくなかったようで棒の種類を選んでいたからだそうだ。
おたあさんと祖父は猫を祖母に気づかれないように連携して放免した。
その後、性悪筆頭野良猫は我が家の周囲ではおとなしく、姿が見えたと思ったら足下にネズミの死骸が置いてあったり。
次話投稿は3/10日の17時を予定しています。