三十五章 それは連休明けの
三十五章 それは連休明けの
それは連休明けのことであった。
同級の児童たちはどこへ遊びに行ったとか、連れ出してもらったとか、誰と遊んだとか小さなグループを作り連休の出来事を話していた。
楽しかった思い出を語るのは楽しい物だし、共感できる部分があればお互い盛り上がる。
教室の中は五月蠅いくらいに賑わわしい。
賑わい楽しそうな教室の中に、異質な雰囲気を醸し出している一角があった。
話をしているようだがそれは盛り上がることなく。
顔を見て話もすることなく。
ぼそぼそと三人寄って話をしている。
なぜかその三人組からは異臭も漂いっているようで、話をしているグループたちもその周囲では話をしていない。
どういうわけか異臭の震源地がわかるのだ。
昼の休憩時間も半分ほど過ぎた頃だっただろうか。
異質な三人組が一斉に振り向いた。
児童では出来ないようなかわいげのかけらも感じない澱んだ目。
落ち窪んでいるわけではないのに亡者のような眼窩。
長時間水の中に浸かって冷え切ったかのような目線。
それらを途切らせることなく私の方に近づいてきた。
「よぉ~話をしようぜ~連休何しとったあぁぁぁぅ・・・。」
生気のない間延びした声で口々に話しかけてくる。
何でもない会話が今日に限って重くそして嫌悪感がある。
嫌悪感があっても自分の中で我慢をしつつ会話をする。
一つの応答が終わる事に肩が重くなり、後頭部がしびれ、呼吸は浅くなり、胃の腑がよじれるような感じが出てきた。
その一つの会話の応答が終わるごとに異質の三人組は生気を取り戻してだんだん活発な会話のテンポになっていく。
私はだんだん重く沈んでまともな会話が出来なくなっていく。
昼食をはき戻しそうな気分と戦いながら何とか授業を終えることが出来た。
この日は一時間早く帰れる日だったので少し頑張れた。
帰り着くと祖母に足止めを食い、何か言いつけられるのかと思っていたら、祖父が帰宅してきた。
今日は仕事が早く上がったらしい。
祖父は私の顔を一瞬のぞき込むように見たと思ったら「着替えて付いてきなさい。」といい、自らも着替えのために家の奥に入っていった。
何か言いたそうな祖母の視線を感じながら、嘔吐感をかかえながら自室に着替えに行く。
祖父について墓所奥の山神様の祠の前にやってきた。
祖父は祠前の一段下がったところに座るように指示してきたので体育座りをしようとしたら、正座にしろという。
枝や石があるような地面ではないので長時間でなければ正座も出来るのでそれに従い正座をなした。
「背筋を正しなさい。」
嘔吐感があるからか自然に上体が曲がり、かばうような姿勢となっていたようだ。
姿勢を正すのを見た祖父は祠に向かって手を合わせ、簡単なお供え物をなしてその後に拝礼をなした。
時折神前で拝礼をなすことがあるので特にいわれなくてもこういう場合はついて一緒に拝礼をする。
その後、手を胸の前で合わせて待っていると、祖父が祝詞を唱え始めた。
朗々とは行かない祝詞ではあるがゆっくり丁寧に唱え始めた。
身曾岐祓に続いて大祓詞そして特殊な祭文と呪文・・・。
しだいに静かな空気となっていったと思ったとき、杖代わりにできるような木の棒を恭しく両手で捧げてかるく頭を垂れ、そして立ち上がった。
いつもの剣の型とは少し違う動作をしたと思うと、ゆっくりした四方切りへと移り呼吸を整えたと思うと、切り上げ鳥居から切り返して上段から一線私の少し前を振り下ろしていった。
木の棒を振り上げられたとき体の周囲の空気がざわつき緊張感に固まり、振り下ろされる剣線と共に、その緊張感が霧散していった。
「どうじゃな?調子は。」
「はい、急に軽くなりました。」
「そうであろうな、先ほどのは剣祓法の一つでな、攻撃的な霊が付いておった、早く祓っておかねばならん故にこのようにしたのじゃ。まぁ夜な夜な浄霊をしっかりして奥ので安心するが良い。」
祖父は普段笑わない人であったが、その時ばかりは安堵感が出たのであろうか、はにかんだような笑顔であった。
「それからじゃな、儂は祝詞が下手であるから今度遠い親戚のところに連れて行こうと思う、そう覚えておきなさい。」
「はい。」
という会話を交し、祠に向かって感謝の言葉と拝礼をなして下山した。
その後一月ほどの後に隣市にある遠い親戚の家にお邪魔することとなった。
その叔父は古くからの神職で地域の神社の宮司をしていた。
祖父とも神道や方術または修法という方面を研究しており、初対面でも時折そういう話を聞いていたのでそんなに緊張することなく話が出来た。
話は通してあったらしく緊張がほどけてくると、社殿へと向かい祝詞講義を受けた。
私の祝詞の奏上に関して筋は悪くないらしく、簡単な注意と次回いつできるか判らないが練習しておくようにということであった。
また叔父は自分の子供について神主としての素質がなくやる気もない故に儂の代でこの神社を守ることは出来ず、別の家筋の者に渡るのが惜しいと私を見ながらしみじみ言っていた。
叔父はなにか霊感したような顔になって「そうじゃ、儂が死んだら祭服や祭具を引き継いで使ってくれぬか?、神道行者は通常の神主より深い鍛錬をするゆえ受け継いでくれる者がおらねば霊的に些か困ったことになるのじゃ。もちろん儂が築いた霊力も引き継ぐことになるゆえ心配することはない。といってもまだ儂は死にそうにないがの。どうじゃ?その時になったら引き継いでくれるか。」
その時の叔父の顔はなぜかすがすがしく透き通った感じがして自然と肯定の返事を返した。
「そうかそれはありがたい。ずいぶん遠い血だが受け継いでくれるのがありがたい。」
叔父にはもう一度会うことがあって再び祝詞講義を受けることとなった。
祭服の引き継ぎの話は叔父の死後十年程度たって果たされることとなる。
叔父よりも祖父の方が早くに他界したこともありすんなりいかなかったのが大きい。
近年になって知り合いが叔父の息子さんに何の因果か接触することとなり、話の弾みで私の話が出て「父がそういう話をしていたなと。」思い出し、価値も判らず山積みしていた祭服や祭具を知り合いに託して私の元に届くこととなった。
その山積みの祭服や祭具の上に浄衣姿の叔父の霊が立っており、にっこり微笑んで「たのんだぞ。」と私に語りかけてすっと消えた。
その後、叔父の息子さんは三ヶ月後ほどに亡くなられたと風の噂で聞いた。
時に現実は小説より奇なり、というがそういう体験をすることとなった。
次話投稿は25日17時の予定です。
よろしくお願いします。