三十四章 二十五時間の海
一週事情があって投稿できませんでした。
楽しみにされておられた方、すみません。
三十四章 二十五時間の海
二十五時間の海の上にあった。あの南洋の海の上で他に何も出来ず浮いている漂流物にただただしがみついているだけ。
初めは励まし合っていた戦友も次第に言葉少なくなり、一人・・・また一人と海の中に消えていった。
その時は不思議に死ぬことよりも、轟沈してしまった乗艦のこと、高角機銃担当として撃墜できなかったことが悔しくてそのことばかり考えていたらしい。
何度も意識が落ちかけて海に沈もうとし始めると、戦友の敵が取れぬ死ねないと意識が出て、意識を取り戻して漂流物にしがみついて一息つくと駆逐艦乗りが諦めてたまるか、と気力をだした。
そうしている中に夜を迎え周りに居た戦友たちの多くが居なくなっていた。
おそらく海の藻屑と消えたのだろう。
明るくなって行くとまた一人・・・一人と戦友が消えてゆく。
ふと乗艦に急降下爆撃機の爆撃が自分のすぐ近くに落ちたのになぜ死ななかったのか・・・意識を取り戻したときには海の上で、乗艦の沈没してゆく様を見ていることしか出来なかった自分、そういうものを思い出していく。
さらに時間がたってゆくと思考することも出来ずもうろうとした意識になっていった。
もうろうとした意識の中で救助の声が聞こえて、必死に綱にしがみついて助かったというところで助かったのかという安堵感が出て意識を失った。
そう海流の関係からかとんでもない方向に流されていたらしく、発見が遅れたそうだ。
叔父の乗艦が撃沈された始めてはフィリピン近海であったそうだ。
その一度目の乗艦喪失の時には鼓膜を失い、二度目は無傷、三度目の乗艦喪失の時にはじめて死への恐怖を認識したそうだ。
その一回目の乗艦喪失した頃から暇を見つけては剣の稽古をしていたそうだ。
あの急降下爆撃との勝負の一瞬に勝ちたい、対空戦闘で勝機を掴みたいと。
軍艦乗りで刀を持って戦うことなどないのだが、無力な自分を乗り越えることに何かしなければ居てもたってもおられず、好きだった剣の稽古を再開したそうだ。
戦友たちが遊んでいるときも、遊ぶ気にもなれず只管に剣の稽古を繰り返していた。
特に切っ先に迷いがあるのは心が乱れているからと、木剣唐竹割りや半紙切りなど確認することに注意を払っていった。
機会を見つけて鍛錬をしていったがなかなか思うように行かない。
そうこうしいてる内に二度目の乗艦喪失となった。
二度目も駆逐艦であったそうだ、艦名を聞いていたがさすがに忘れてしまった。
焦りは募るばかり、また乗艦を失うのではないかという恐れ。
戦友たちの無残な死が記憶に駆け巡る。
またそのつど切っ先に迷いが見える。
何度やっても同じでうまくいかない。
三度目の乗艦を失った。
三度目は水雷艇だったそうで名もなき船で艦ではなく艇。
その水雷艇も撃沈された。
三度の乗艦喪失で死ぬのが怖くなった。
が、艦に乗ることを恐れているわけではない。
そういう気持ちになっていった。
また機会を見つけて木剣唐竹割りに挑む。
あっけなく竹を断ち切ることが出来た。
吊してある紙縒りを切ることなく、竹だけを断ち切ることが出来た。
もと海軍軍人で会社の経営者だった叔父が、時折会う度に海軍の話や、剣の話をしてくれ、木剣唐竹割りの実演もしてくれた。
それはとても自然に木刀が振り上げられ、ストンという雰囲気で振り下ろされる。
紙縒りで両端を吊された親指くらいの太さだったとおもう竹がいつの間にか断ち切られていた。
竹を切ろうとする意識もなくただストンと振り下ろされた木刀。
それは見事であった。
興味を持つと剣の振り方や、剣の型なども教えてくれた。
いつか叔父と同じようなことが出来るかなと思いつつ木刀を素振りした記憶がある。
祖父の剣の型と近いものがあったので特に違和感はなかった。
が後年剣道部に所属したときには、余りに術理が違いすぎて剣道になじめず、剣道下手の生徒の下地がこの辺りで作られていたのかも知れない。
私がもっと要領が良ければ良かっただけなのだが。
次話投稿は8月18日17時の予定です。
よろしくお願いします。