二十六章 なぜこうなった
二十六章 なぜこうなった
なぜこうなった、と独り言のようにつぶやく。
散歩して歩いてきただけなのに・・・
いや確かに蝶々や珍しい鳥を追いかけていたことは認めよう。
うむ~、野草や野の花がきれいだったことも認めよう。
ちょっとばかり長虫君(蛇のこと)に追いかけられてヒヤッとしたことも認めよう。
だからといってだな、なぜ知らない場所まで来てしまっているのだ?。
意味不明理解不可能な今の状態。。。
焦って歩けばさらに見覚えの無い風景。
どうしようも無く走って山道を越えれば全く見たことの無い場所。
こういうときに限って村人は出歩いてないときたものだ。
ありがたいことにまだ日は十分に高い、日暮れまでにはずいぶん時間がある。
とのんきに考える自分もいる。
「なんとかなるだろう、きっとね。」と開き直り辺りを見回しながらぷらぷらとゆったり歩く。
気持ちが切り替わってくると見えなかったものが急に見えてくることがある。
溝川を覗けば小魚が群れで泳いでいて、私の影が落ちれば驚いてバラバラに散って、暫くすると群れは元に戻る、が、時折鈍くさいやつがいて群れに戻れない魚も居る。
仕方が無いと勝手に思いつつはぐれ魚を追い立てて群れの近くに誘導する。
魚は安心したように群れに戻っていく。
蝶々がひらひらと左手から舞進んできた。
それに続いて黒の長虫君が頭をもたげつつ蝶々の速度と同じく追いかけてきた。
口をそこそこに開けて、近くまで蝶々に迫るかと思えばもう少し口を開いて追いかけている。
なぜだか判らないが、うれしそうな楽しそうな表情に見える長虫。
捕食するつもりは無いらしい、えらくゆっくりと蝶々と共に進んでいるから。
安心して眺めていると長虫君が私に気付いた。
気付いた途端、口をあんぐりと開けたままこちらに向く長虫君、まずいものを見られたという風にこちらを見て、まずいものを見てしまったとあちらを見て目線が絡む。
それ以上開かないはずの目がさらに開いたように見えたと思ったら、胴体が微妙に震動しながら蛇頭がさらに持ち上がり飛び上がったかのように元来た方向へとシュルシュルと慌てて戻っていった。
何が起こったのかは判るのだが、長虫君の立ち去った後も気まずい雰囲気だけが残って暫く立ち尽くした。
長虫君も蝶々と遊ぶのか・・・いや遊ぶという考え方が蛇にもあるのかと始めて知った。
ずいぶん後になるが同じように蝶々を追いかけているマムシ君を見たことがあるのでそういうことがあるのだろう。
さらにぷらぷらと歩く。
この季節緑が瑞々しくとても明るい。
風も芽吹きの香りを運んで軽やかにそよぐ。
「おお~ようきたなぁ。」と聞こえてきたが誰も居るわけでは無い。
見回すと山裾を少し入ったところに小さな祠が見える。
祠を見るとここの土地神様が声を掛けてくださったのが判り近づいて手を合わせる。
とくに願い事をするつもりも無い。
手を合わせていると頭や型などに合ったモヤモヤとした重い空気が晴れ上がっていく。
ありがたいという気持ちが自然とわいてくる。
物理的に何があったわけでは無い、ただそれだけの事なのだがありがたいという気持ちが温かい。
しばらくの時間そうしていたように思う。
「この辺りでは見んこじゃのぉ~どこからきたんじゃ?」
手を合わせて瞑目している後ろから声を掛けられて、飛び上がらなかったが驚いて体ごと反転した。
そこには見るからに地元の村人という風を醸し出している体のごつい老境にさしかかっている男性がいた。
しばらく反応できなかったようで「道に迷ったんかのぉ~。」と再び声を掛けられて正気にに戻り答えた。ごつい男性だったというのも反応が遅れたのもあるし、土地神様と感応していたこともあって全く気付かなかったようだ。
「殿迫の・・・」
「ああ~拝み事や剣の達者な人のとこのなぁ~わしも世話になったことがあるけぇ近くまで連れて行ってやろう。自転車の後ろに乗れ。」
と自転車にしばらく揺られ、家の近くということだったがどういうわけか家まで送ってくれた。
運の悪いことに祖母がちょうど家の外に居るタイミングだった。
かくかくしかじかという事情を祖母と話しおわる。ちょうど暇で良かったとつぶやきながら村人おじさんはこちらに向いてにっこり微笑んだ。
お礼を言うと「儂もお前の家の人に助けられたことがあるからお互い様じゃ、今度は迷子になるなよ。」と手を振りながら自転車で去って行った。
その後、祖母にこってり絞られたのはいうまでもない。
時折あの村人おじさんと会った場所を通りかかることがあるが昔日を思い出すことがある。
あの時代は温かい人が多かったのだろう。
ありがたいものだ。
次話投稿は16日の17時予定です。
よろしくお願いします。