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二十二章 さあこれは終わった、次の・・・

二十二章 さあこれは終わった、次の・・・


「さあこれは終わった、次の縫いじゃ。」

弟用の着物を祖母は脇に置いて、堅くなった肩を自分で叩きながら次の言葉に続けた。

「次はそなたの用向きのものじゃ、しっかり手子をしながらやり方を覚えるのじゃ。」

 有無を言わさぬような雰囲気を醸し出しつつ、睨むでない目でこちらを見た。

 このようなときに反論するとろくな事がないので小さな声で「はい」と返事をした。

 声が小さいと言われるかと思ったが、そのことには言及せず手早く型取りをしてあった布地を取り出して仮並べを手伝わされる。

「その布地をとってここに広げて、いやこれは裏返しじゃ、反対にして広げる。」

とそのようにずいぶん熱意のこもった意気込みで指導してくる。

 はて、仮止めなら弟分の着物と同じ流れでやった方が効率的なのになと思いながら手を動かし続けた。


 いったん広げると祖母の指導の下、まち針で止めてゆく作業となった。

 あれ??、着物は祖母が縫うのではなかったか?、と思いつつもそれを言葉に出した途端、愚痴やらお説教やらとずいぶん長い拘束を受けてそのうえ微動だにできない正座がつきものでさすがにそれはきつい。

 言葉には出さず心の中で思うにとどめ、言われるままに手を動かし、まち針で仮止めをしてゆく。


「まちが不揃いで不格好じゃがまあええじゃろう、突きささって痛い目を見るのは汝故の。」

「???」

そうしてたどたどしい私の縫い取りが始まることとなった。


「そこは布を張りすぎずに少し余裕を持たせて後から引いてちょうどええようにするのじゃ。やはり男では難しいのかのぉ~。」

祖母さんそれは学校の授業でちょっとやったくらいしかないので当たり前ではありませんか、男とか女とか関係ないと思いますと心の中で突っ込みつつ沈黙を守り「すみません」と口で答えた。

 手は無論のことたどたどしく手縫いを続けていっている。


 祖母は急に立ち上がると納戸にゆき、一冊の本を手に取って戻ってきた。

「むかしはこういうちゃんとした教科書で習ったもんじゃがのぉ。」

と本を手渡してくる。

 はっきりした記憶ではないが多分本の題名は女子作法書というものだったか。

 その本には、席次や客を迎えるための飾り付けや各種礼法、水引や結びの仕方など様々な事柄について図が多々付してあり説明されていた。

 初めて見たときにはこんなものがあったのか、と驚いたことを覚えている。

「これはすごい本ですね。」

「そうじゃろうそうじゃろう。」

 とずいぶん嬉しそうに祖母はしているのを記憶している。

 しばらくパラ読みをしてまた縫い取りに戻ることとなった。

 その後、作法書を見る機会は少なかった、どうも祖母の大切な物としての位置づけが高かったらしい。


 縫い取りを進めている中で、祖母はつぶやくような愚痴のような独り言のような話をしてくる。

 その中ではっきり聞き取れたものは少ないが、ある程度は聞くことができる。

 もちろん一々相づちを打つなどをして話が進みやすいように話を合わせてゆく。


「この家には男子を授かったとてもありがたい事じゃ、じゃが女子もさずかればよかったのぉ~。」

「そうですね、妹ができていればかわいかったでしょうね。」

「女子が授かれば手習いごとをみっちり仕込んでやったのにのぉ、この代で手習いごとが途絶えてしまうのぉ。」

「残念ですね。」

といつもの相づちのように返事をなした。

「そうじゃ、残念じゃ、これが終わったら次は直垂や狩衣の縫い取りを授ける。心しておくのじゃ。」

「それは女子の特別な技ではないのですか?。」

「いや女子が授からんかったのも何かのご縁かもしれん、汝が継ぐのじゃ。明日か明後日は日があいておるか?、そうじゃそうじゃ、袿や打ち掛けの取り回しも言うておかねばならんかったのじゃ。」

 さすがにここまで話が飛躍してくると驚きの声を上げてしまった。

「何を素っ頓狂な声を上げておられるのじゃ?、袿や打ち掛けは類焼で焼けてしもうたが、汝の背丈であれば大人用の着物で代用してお稽古できるじゃろう、明日は時間を空けて置かれ。」

たたみかけるように話が続いてゆく。

「しかし祖母さん今日中には私の着物ができあがりそうにありませんが・・・。」

「う~む、そなたの手は遅いからのぉ。いつまでたっても終わりそうにないのぉ。仕方がない変わる故そこを退くがよい。」

かなりの時間を費やしてやっと袖が縫い取れた位のものであった。

祖母の縫い取りが終わるまで手伝いをしつつ最後まで付き添わねばならなかったが、手の早さや縫い取りの正確さはまるで及ばずそれは綺麗なものであった。

 自分で縫い取りをしていたらいつまで時間がかかったことやら。


 次の日、言いつけ通り袿?打ち掛け?の取り回しのお稽古があった。

「昔はお城に上がることもあったのじゃが・・・何代か前には乳母を頼まれたりと・・・。」

「そんなこともあったのですか?。」

「そうじゃ、今は時代が変わったとはいえ大事なことを汝には教えておきたいのじゃ。この家のものとして習いおいておくのじゃ。」


 これは何回か受けたが、完全なものではないことは祖母から聞いている。

 それでも廊下で貴人とすれ違うときに脇によりて礼をとる礼式や、転回するときの足裁きなどを教わった。

 さらには男子も必要なことと言われ、長袴(無いので大人用の袴袴をかなり下目にはいての代用となった)での歩き方も教わった。

 足先の形が見えないように少し袴を蹴るようにして後に足を着地させるという、とにかく足の形を見せないことが大事と何度も注意された。

 もちろん転回するときの注意点や場合により束帯など着用の時の引きずりものの時も同じような注意をすることなど。


 こういうお稽古はなんとか耐えることができたが、縫い取りとなると祖母との時間が途方もなく長く耐えれないことから、直垂や狩衣の縫い取りは逃げ回りなんとか逃げ切った。

 が、今にして思えば一度でも習っておけば良かったと痛感している。

次話投稿は19日17時の予定です。

よろしくお願いします。

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