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九章 丁寧な揖(ゆう)をなして

九章 丁寧な揖をなして


「この位置に座りなさい」

 扇子で場所を指し座るように促した。

 それに素直に従いその場へ正座をなした。

「もう少しこちら向きに・・・いやいや違う行き過ぎでもう少し戻る。」

向く角度を修正され。

「一度丁寧な揖(ゆう・この場合は少し深い会釈)をなして・・・いや違う深く頭を下げすぎ・・・。」

 首に扇子を押し当てて揖の角度を調整され、また顎を扇子で持ち上げられ。

「制止して心を落ち着けた後に。」

 腰を軽く扇子で三回ほど叩かれ前に進むように促され。

「この位置まで進み、失礼しますと声をかける。」

「はい。」

「はい、じゃない、失礼します!」

「失礼します。」

「で、女性の場合は両手で襖の手掛けて少し開ける、男性の場合はこっちの手は膝において右手を手がけて少し開けて・・・」

 扇子で襖を開けようとした手を叩かれ。

「それは女の開け方で、男は片手で開ける。」

「はい。」紛らわしい説明をしないでくれと心でつぶやきつつ片手で少し襖を開けた。

「次に襖の下あたりに右手をやって自分の中心より右手くらいにまで開ける。」

体格が少し足りないようでぎこちなさの速度で、よいしょっという感じで引き開けた。

「それは開けすぎ、このくらいまで開ける。最初からもう一度」

と、この動作までもう一度同じところまで行う。

「で、次に左手に変えて襖が完全に閉まりきらない程度まで押し開く。」

立て付けの悪くなった襖は重く、押す力が勢い余って音を立てて最後まで開いた。

「何をやっているのですか?、判らない子だねぇ、もう一度最初から。」

「はいすみません。」

と、いう風に何度も何度も手を止められ最初から行い、また叱られ扇子で叩かれ最初から行い、行っては注意されるということを繰り返し、祖母が疲れるまでそれが続いた。


 その後、祖母が部屋にいるときは教えられた作法通りに入室することと言いつけられた。

 が、祖母は自分ではそのように入室することはなく、ざっくばらんに入室する。

 で機嫌の悪いときは襖の開閉作法のお稽古が続くわけだ。


 子供心にこれはいじめかと思うし、祖母は自分でやらず私にだけ強要するので虐げられているのかと感じるし、言われる度に祖母のことが嫌いになってくるのも自然なことだろう。

 一時などは作法アレルギーみたいに嫌悪感が出ていたときもあったし、結構長い間そういう感じだった。


 祖母の教え方は別として、自分でも時折日常で入退室の作法を実践してくれていればある程度納得いくことができて嫌悪感までいかなかったと思う。

 いったんついた嫌悪感を拭いそれから脱するまでに、いろいろな角度から作法について研究しなければならなかったし、作法を再度お復習いするのに過去の記憶との戦いでもあった。

 

 ずいぶん経ってから作法の重要性を知り、向かい合う事となる。

 教えられたこと自体はとても大切なことで、それを略式でも行うような気持ちを持つことで足の先から指先までの気持ちの行き届いた動作の形成につながってくるし、日頃の動作は自己精神の修練にも関係してくる。

 体の端々まで気持ちを行き届かせておくそういう修練が後々に生きてくることがある。

 もちろんそれは直結した収入にはならないのはいうまでもないし、そういう単純思考では物事の本質を捉えることが難しいのではないだろうか?。


 教える人の日常の行いが大切だなと思う。

 その反面で祖母の人間性をつぶさに見ることによって、自分の行いはどのように見られているのか、どのように思われているのか、説得力はどのような物なのかという風なことを教えていただいた事となる。

 もちろん作法の重要性に気づいて初めて、過去の嫌悪感との格闘を通して乗り越えることができたが故に、初めていうことのできることではあるのだが、ひとの運命というものはとても不思議といわざるを得まい。


 また祖父母の立場では親子という関係から一歩離れることができ、孫に厳しく指導することもまた行動で納得させることも人間経験からできるわけで、決して孫の機嫌取りばかりするべきで無いと思う。

 一人の人間を形成するお手伝いをするのが祖父母という立場なのではないのかと、作法を再勉強する段階となって思うことが多くなった。


 できる限り祖母に指導された頃の思いを次の世代には味わわせたくないなと思いつつ、思い出しながら書き綴る今日この頃。


次話投稿は水曜日(14日)17時予定です。

よろしくお願いします。

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