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姫・3 妻宣言

 もうその日のうちに、校長に呼びだされた。教育実習の一真とその生徒、涼子が一緒に住んでいて、子供を産む宣言をしたという噂になっていたらしい。う~ん、恐ろしき伝言ゲーム。訊く者がおもしろいように噂が変化していく。

 校長には、同居しているが、それはホームステイのような状況だと説明した。それでも納得してもらえなかったから、母に電話して、これまでの経緯を説明してもらった。たかが教育実習だけど、一応、教育者側の立場だった。実習中なのに勘弁してくれよぉ。


「いいじゃん。姫、美人だし。お兄ちゃんの花嫁さんにしたら?」

「よせっ、そんなこと、言うな。冗談で済まされない」


 またまた疲れた。家へ帰るなり、部屋へひきこもる。今日は別の意味でも疲れていた。中学生の先生って、授業だけをやっていればいいんじゃないってことがよくわかった。


 一真は改めて考えていた。教師という職業をなぜ、選んだのか。それは亡くなった父親が教師だったから。それもかなり生徒たちに慕われた理想的な教師と言われてる。そんな偉大な存在が理想で目標だった。一真には伝説の神のような教師にはなれそうにない。この実習でそれを実感していた。


 その日の夕飯。


 なぜか今日は、姫が着物姿にエプロンをかけて母を手伝っていた。母のタンスの肥やしとなっていた小紋の和服を着こなしている。

「似合うでしょ。どうせ、この先、着物なんて着ないと思うし、涼子ちゃんが和服の方が落ち着くっていうんで着てもらってるの」

 母の言葉に、にっこりした姫が味噌汁を盛り、一真に手渡してくれた。その和服でのしなやかな仕草。確かに着慣れているとわかる。

 姫ってこんなことまでやるのか。なにもしないで、でんと構えているだけなのかと思ってた。ちょっと気になる視線を、時々投げつけられていることに気づいた。なんだろう。まあいっか。


「いっただきま~す」

 そう言って、味噌汁を勢いよく口に含んだ。

 例の如く、長々と丁寧に両手を合わせていた姫がやっと目を開けた。そして今度は真剣な眼差しを母に向け、切り出した。

「お母上様、お願いがございます」

「ん? なあに。涼子ちゃん、私のこと、お母上様だってぇ、なんか身分が高くなった気分」


 ふん、これだから女は単純でいい。そんなことを心の中で毒づく。

 一真には全く関係のないことだとばかりに、豆腐を咀嚼し、味噌汁と一緒に飲み込もうとした。その時だった。姫が母に真剣なまなざしを向けて言った。

「わらわは一真の妻になりとうございます」  


 姫が一真の妻、つま、だと~っ。

 それをきいて、口の中の味噌汁すべてをぶぶぶ~と吹きだしていた。

「ギャアア、汚いっ」

 美玖がご飯茶碗を持って、立ち上がる。避難していた。

 何を言ってる? 今、妻って聞こえたけど。


「今宵はわらわを一真の部屋へ・・・・」

 母も美玖までが完全に動作を止めていた。いわゆる、Freeze!

「それってもしかして、一真と結婚したいっていう意味?」

 母がまさかという声で、聞き返していた。姫の表情はいたって真剣そのもの。

「はい。今宵から一真と同じ臥所ふしどにて、寝ることをお許し願います」

 本気か? 同じ臥所って・・・・えっ。

 その状況を思い浮かべて、一真は持っていた箸を取り落した。皿の上にチャランと音を立てて落ちた。



 なんでそんなこと。なにが起こっているんだ。結婚とかは本人に言うのが普通だろう。当事者の一真がなにも聞いてないぞ。それに、それにだ。なんで未だに一真って呼び捨てなんだぁぁぁ。


「こんな一真の妻になりたいだなんて、ホントにいいの? 後悔しない?」

 母がそんなことを言っていた。それってどういう意味だ。

「ちょっと待って」

 そうだ。なぜ、そんな告白をご飯の最中に、しかも一真を通り越して、母に言うんだろうか。

「俺、そんなこと、訊いてないんだけど」

 姫は冷ややかな目で見てきた。


「そちには言ってはおらぬからな」

「なんでっ」

 それって、訳わかんねえだろう。ったくもうっ。悶絶する思い。


「そのような話は、まず、お母上様にお許しをいただいてからじゃ」

「いや、それ、おかしいから。まず、俺に打診してからだろう」

 姫はピシャリとテーブルを叩く。

「いいえ、このような話はまず、このお家の当主であるお母上様のお許しをいただくのが筋というもの」

 そう言って睨まれた。ねえ、ホントに、一真の妻になりたいって言ったのか。一真にはイエスかノーをいう資格さえないってことか。


「許す、許します。許しちゃう。こんな息子でよかったらいつでもどうぞ」

「かたじけのう存じます」

 《はい、今なら半額で売れた》ってノリで話が決まっていた。


 今度は美玖が騒いでいた。食卓に両手をつき、体を前のめりにして叫んでいた。

「ねえ、ねえ~っ、それって契りを結ぶってこと? 今夜だよね。ぎゃああ、十五で」

「わらわは十六」

「それって数えでしょ。涼子ちゃん、私と同じ十五よ。しかもこんなお兄ちゃんと~っ」

 こんなって、どんな兄なんだ。美玖の言い方にも傷ついてるぞ。



 ってことは、今夜から姫が一真の部屋で寝る・・・・。そう考えたら、母の失礼な言葉も美玖の意味ありげな目もどうでもよくなった。いきなり目の前に現れたご馳走みたいだ。うししって笑みがおさまらない。


「あ、でもさ、涼子ちゃん、まだ未成年だから、妻ってことでも手出し無用ね」

 母がそんなことを言いだした。一真の緩んだ顔がわずかに引き締まる。

 それってなんだ。ご馳走の手前に透明なガラスがあったって気づいたような、現実に戻された感じだ。それって変だろう。一真を抜きで、勝手に妻にしろって話を進めていたけど、手を出しちゃいけないだとぉ? 同じ部屋に寝るって宣言して、本当にただ眠るだけか、それはないだろう。それは妻と言わないんじゃないか。


「わらわもそうお願いをするところでございます。まず、学業を終えてから」

 学業・・・・。サイアクの場合、大学卒業するまでお預けってこと? それまでずっと同じ部屋に寝泊まりするのか。目の前のご馳走、食べんなよってか。


「そんなのない。生き地獄だろう」

 そう言ったら母にすごい目で見られた。そういうことは女子たちは団結、すごく固い。

「もし、涼子ちゃんに手を出したら、学校に言いつけるからね。校長先生にチクるよ」

 母が自分の息子のことを、わざわざ学校にチクって問題にするってどういうことだよ。かわいい息子を庇うっていう選択肢は全くないのか・・・・。


 そして、無情にも寝る時間がきた。姫の床入りはいたって簡単。二階の部屋から枕を持ってくるだけ。

「不束者ですが、よろしくお願い申し上げます」

 風呂上りの姫が枕を脇に置いて、手をついた。そういう挨拶に慣れていない一真はどうしていいかわからず、一緒になって手をついて頭を下げていた。

「いえいえ、こちらこそ」

 勢い余って、ゴツンと額を床にぶつけていた。姫にはベッドを提供することになっていた。一真は床に布団を敷いて、そこに寝る。部屋には小さなフットライトがある。姫が一真のベッドの中にもぐりこんだ。布団から顔だけちょこっと出して目を閉じた。その様子が初々しくてかわいい。


 なんだかなぁ。こういうのって妻って言わないけど、同じ部屋に誰かが寝ているっていいなって思う。

《一真、すまぬ。実を言うと、この体はわらわの物ではない。わらわだけの意思で、勝手にできぬのじゃ。だが、一真と一緒にいたかったから》


 そうか、やっぱり姫は、百パーセント細川涼子ではないことが判明した。

「いいって、どっちにしろ、手を出すことは考えてなかったし」

 そう言って一真はベッドに背を向けた。



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