学校2 どんなタイプの人の子を産みたいか
仰せの通り、ギャル(古い)たちを学校へ降ろし、逆方向へ車を走らせ、母を勤務先の病院へ送った。
急がないと一真が遅れそうだ。けど渋滞に巻き込まれていた。交差点のたびに赤信号で止まる。ふう~と重いため息をついた。
「一真には威厳が足りぬ」
いきなり後部座席からそんな声がかかった。飛び上がりそうなくらいびっくりした。
姫が座っていた。美玖たちと一緒に降りなかったのか。静かだったから気づかなかった。
「え、威厳って、そんなこと言われても」
そうだ。困る。ってか、なんで一真って呼び捨てなんだろう。
「やっぱ、下男に見える?」
「うむ、そう思った」
「そうはっきり言われると何も言えない」
家では運転手代わりだし、母たちの言うことに逆らえないし、確かにそうかもしれない。
「学校とは、師から教えを乞う所なのだと聞いたが」
「そうです。一応、僕はその先生になるために実習、ああ、見習いで行ってるんですけど」
向こうが偉そうな口をきくからこっちは下手に出てしまう。こっちが年上なんだけどな。
「そちが、教えを説く師?」
あ、今、息、のんだだろう。そして、思考が入り込んでくる。
《このような存在が師となること、この世の終わり》
いくらなんでもそんな言い方、ひどすぎないか?
ショックを受けていると、姫は含み笑いをした。
「不思議よのう。そちとは口に出さずとも意思を伝えられるようじゃ」
ヒイと怯んだ。
やっと学校についた。ぎりぎりセーフ。
「あ、美玖と同じクラスだよね。三年一組だからあっち。俺も職員室へ顔、出したらすぐに行くから、先に行ってて」
姫は車から降り、急ぐ様子もなく、目の前の四階建ての校舎を見ていた。
「一真、わらわの供をせよ」
またその口調。これってやばくないか? 偉そうだって、クラスからのいじめの対象になりそうだ。
それでも姫には逆らえず、急いで教室まで送り込んだ。おかげで一真は五分遅れで職員室へ飛び込む。そして、またすぐに担任の先生と共に三年一組へ入った。
「姫、遅かったから心配しちゃった」
涼子のこと、皆が注目していた。自殺未遂とかいろいろ言われていた本人が堂々と登校してきたのだ。けど、誰一人、そんなことを口にしない。いや、言えないんだってわかった。誰もが彼女の存在感に圧倒されていた。どっからあんな威厳が生まれるんだろう。この様子だとあからさまにいじめられることはなさそうだ。
一真は理科のクラスがない時は、この三年一組に入り、授業の様子を見ていた。
姫はなにも言わず、その表情さえも動かさず、授業を受けていた。一真にはもう、姫は以前の細川涼子ではないとわかっていた。涼子の体に誰か別の人物が入り込んでいる。しかもどっかの姫みたいな存在がだ。そう思えばすべて納得できる。
休み時間になった。一真はそのまま教室に残っていた。他の教科であってもその教え方は参考になるから、その様子をノートに書きつけていた。
美玖と胡桃が涼子の所に集まった。
「ねえ、さっき、大林くんに話しかけられちゃった。おはよ、今日も元気だねって」と胡桃。
「きゃあ、いいな。私も話しかけられたい」
美玖もはしゃぐ。
大林武司、成績もよく、顔もスタイルもいい。剣道部の部長をしていた。女子にはかなり人気が高い。アイドル並みだ。美玖までが大林のファンだったとは知らなかったが。一真もあんな容姿に生まれていたら、人生変わっていただろうなんて考える。
「大林殿とはどちらの殿御か?」
姫も興味をもったらしい。美玖が大林の席を教える。彼は他の男子と談笑していた。
姫は遠慮のない目を向けていた。大林もそんな涼子に気づいた。自信ありげな笑みを浮かべた。いつも注目されているから自然にそんな真似ができるんだろう。君も僕のファンだったのかい? とばかりの表情だ。
あの姫がどんな反応をするのか興味を持った。他の中学生のように、目を潤ませてかっこいいとか言うのだろうか。いや、姫は口をつぐんでいる様子。他の女子生徒たちは、厳しい目つきで何も言おうとしない涼子に意見を求めていた。
「ねえ、どう思う。細川さんのタイプ? 」
「かっこいいよね」
「ねっ」
女生徒たちは絶対にそう言って欲しいとばかりに念を押す。けれど、姫はじっと冷ややかな視線を向けていた。
「そのようなこと、ここで言わねばならぬか」
「うん、言ってよ、どう思うのか」
女子生徒たちは、あの大林に向かって、否定的なことを言うわけがないと思っているのがわかった。
「軟弱な男と思うた」
そう言って、姫はやりきれない感ありありの深い息を吐いた。
みんなが驚いていた。
「軟弱って言ったの?」
「え~、なんで?」
「それって大林君のこと?」
「うそっ、あんなに格好いいのに」
「信じらんない」
「あり得ないっ」
パニック状態の女子生徒たちから矢継ぎ早にそんな声が飛ぶ。
「あのようにひょろひょろした者を青瓢箪と申すのじゃ」
「ええ~」
その辺にいた女子生徒たちが慄いていた。あおびょうたんってなに? という声が飛び交う。その意味はわからなくてもなんとなく否定されたのは感じられたのだろう。すぐに誰かがスマホで調べる。まるで翻訳機のよう。
「青瓢箪って、痩せて顔色のよくない人とかって意味みたい」
「ええ、そういうのをかっこいいって言うんじゃないの?」
いや、それも違うと思うが。
姫は女子生徒たちを見つめる。
「そちたちは、あのような者の子供を産みたいと、誠に思うのか」
一真も含めて、その場にいてその言葉を聞いた人たちは絶句していた。
もしかして、今、子供を産むって言った?
「あのような者の子供はさぞかし弱い子であろう」
「子供?」
「なんでこども、そういう話題だったっけ」
「それって大林君との子供ってこと?」
「ぎゃああああ、こども」
涼子の周りの女子中学生は泡でも吹かんばかりの興奮状態に陥っていた。動揺を隠せない様子。どよめき、怯んでいた。一体なにを言っているのか理解できないという表情。姫はまわりにいる女子、一人一人の顔を見て言う。
「さよう。おなごが子を産むということはな、命がけで新たなる命を産むということなのじゃ。そなたは必死の思いで産んだ子が弱々しかったらどうされるか。あのようなひょろひょろとした弱々しい体を受け継ぐ子供を産みたいのか。お家の血を後世に残していかなければならぬというのに」
まさか、こんなところで子供を産むなんて話になるとは思っていなかった。
それにとてつもなく過敏な、とんでもなく余計な情報だけしっかり頭に入っている中学生に、丈夫な子供を産む講釈をたれてどうするんだ。この教室に分別のある大人(?)は一真だけ。そんな話はやめさせた方がいいかと判断に迷っていた。
「じゃあ、細川さんはどんなタイプがいいの? このクラスで、選ぶとしたら誰?」
「タイプとは?」
「どんな感じの人がいいかってこと」
姫はふん、そんなことかと鼻で笑う。そして立ち上がり、クラスの中の男子を見渡した。
クラスの男子たちにもこの会話が聞こえていたから、自信ありげな視線を浴びせている涼子を怯えた目で見ていた。
わかるぞ。あの超人気な大林が青瓢箪と言われたんだ。このクラスの誰もが、それ以下なことを言われてもおかしくないのだ。みんなが一斉に目を伏せる。やはり涼子のことを怖いと感じているんだ。
姫は一人一人をチェックしていた。
そのうちの一人に目を向けた。
「そこの者、立つがよい」
指さされた男子生徒は、死刑を宣告されたかのように体を震わせ、涙目になっていた。びくびくしながら立ち上がった。
「もうよい。座れ」
そう言われて、ほっとしたのか放心状態で座った。
姫の鋭い視線はさらに他の男子に注がれている。一番後ろで、スマホ動画を見ていた寺本健一に目を向けた。かなりのアニメオタクだと有名な寺本だから、この手の話題は自分に関係ないと思っているに違いない。唯一、姫を恐れていない様子。
「その方、立たれよ」
寺本は自分に話しかけられていると気づいていなかった。まだ動画を見てニヤニヤしていた。
涼子は寺本の机の前に立った。そして、机をたたく。やっと涼子に気づいたらしい。見上げる表情がその状況がわかっていない。はあ~、俺になんの用? って顔。
「立たれよ」
おずおずと立ち上がる。涼子は遠慮のない目で寺本の頭の先からつま先までを見る。寺本は競りに出され、この肉がうまいかどうか判断されている牛のようなおびえた目をして一真を見ていた。センセだろっ、なんとかしてよって感じ。しかし、一真はすぐに目をそらす。すまん、姫にはなにも言えない。
やっと納得したかのように笑みを見せた。
「わらわはこのお方の子供が産みたい」
この発言に中学生どもは皆、息をのみ、寺本を見守っていた。なんて言っていいかわからないからだ。
「こちらの殿御のような風体が一番良い。おなごたちよ、このような殿御を選び、丈夫な子供を産むように」
寺本は慌てふためいている。まだなにが起こっているのか把握できていない。
「え、なんで? なにが?」
「じゃあ、質問で~す。大林君と寺本君の違いを教えてください」と一人の女子がそんな質問を投げかけた。
中学生ってなんて残酷なことを訊くんだろう。この手の質問はどちらもひどく傷つけられるだろう。
「そうだよね。なんで寺本君なんだろう」
「大林君のほうがずっと背が高いし、足も長いよね」
「第一、かっこいい」
本人たちの前で、平気でそんなことを言っている。そういう発言、いじめにつながるぞ。ここはびしっと一真が言わないといけない。生徒たちを止めるため、立ち上がろうとした。
「笑止っ」
一真の心を読んだみたいに、姫が一喝した。皆が首をすくめた。
「よろしいか。この大林殿のようにひょろひょろとした男の子供は、弱いことが多いのじゃ。すぐに病に侵され、長く生きられまい」
いや、大林はたくましく生きてるし。痩せの大食いって言葉もあるんだから、必ずしもそうじゃないんじゃないか?
顔面偏差値とかスタイルでキャーキャー言ってる中学生に、そんな現実的な考え方ができるとは思えない。
「大林君もただ背が高いだけじゃないと思うけどな。剣道もやってるし」
「そうだよねぇ」
女生徒たちもそのことを受け入れられないらしい。
涼子がそれを口にした女生徒を見た。
「剣の道か。見たところ、この世は天下泰平。今の世に剣がどれほど必要なのか。棒きれを手にしての戯れにすぎないであろう」
剣道の主将相手に、そんなものは遊びだろうと非難している。まあ全面的に否定はできない。本物の刀で、自分の身を守ることはないから。
「それに、このような背ではすぐに敵に見つかるであろう。戦場では標的にされる」
えっ、敵? 標的ってなんの?
「それに比べ、この寺本殿は他の者たちに比べて堂々としていた。それにがっしりしているし、強そうじゃ。地に足がどっしりとついている」
いや、寺本はみんなが盛り上がっている話題には参加せず、自分の好きな動画を見ていただけのこと。
「がっしりって、デブで短足ってこと?」
誰かが無遠慮な言い方をした。皆が失笑する。それは言い過ぎだ。これはいじめだ。一真が注意しようとすると姫が言った。
「寺本殿は誰よりも威風堂々として好ましいとわらわは思うぞ」
そんな姫の褒め言葉に、笑っていた女子たちが黙った。そう言われるとそう思えるって顔で見ていた。そんなに単純なことなのか。
涼子が寺本の後ろへまわった。寺本はまだ訳が分からずにいる様子。なぜ、急に自分が注目されているのかがわかっていない。
「そう言われるとそうかも・・・・」
一人の女子がそんな事を言いだした。
「そうね。よく見ると寺本くんって、がっしりしていてたくましい」
「そっか、貫禄があるっていうか、大人びてるっていう感じで、中学生でそういうのってすごいっ」
おいおい、自分の意見を持てよ。それって言い方を変えるとおっさんっぽいっていうことだ。
「うん、よく見れば濃い顔だし、ちょっとイケメンの種類かも」
「あ、ホントだ。かっこよく思えてきた」
これって洗脳だろう。
「じゃあ、細川さんは寺本くんが好きなのね」
そう一人が訊ねていた。
「好きなどというそのような感情、まだ持ってはおらぬが、わらわは寺本殿のような子供なら産んでみたいと思うただけのこと」
またもやクラスは騒然となった。好きとかは関係なく、その人の子供を産みたいっていう考え方が理解できない。
そこで涼子はクラスの一番後ろに座り、この会話を聞いていた一真へ意味ありげな視線を投げかけた。
「しかし、残念ながら、わらわの心はそこにおる一真に向いておるのでな」
その一言で、生徒たちがどよめいた。一真って誰だと。
美玖がすかさず「ええ~っ、なんで、お兄ちゃん~」と叫んだから、教室の隅に立っていた一真に視線が集中した。そんなこと、こんなとこで言うなっ。
そこへ次の教科、歴史の先生が入ってきたから、ちょうどその話は中断になった。生徒たちが蜘蛛の子を散らすかのように、バラバラと自分の席についた。
やぱい。このままだと涼子がうちにいることがバレるのは時間の問題だった。