なんか変な同居人
夕食には、外から帰ってきた美玖が涼子を連れて現れた。
「涼子ちゃんがうちに来てくれてうれしい」
今日、お見舞いに行くときは、ちょっと他人行儀な言い方で、細川さんと言っていたのに、もう涼子ちゃんなんて、ずっと前から親友でしたっていう言い方をしている。現金なもんだと思う。
しかし、美玖の笑顔を見て思う。一真とは年が離れているから一人っ子気分だったんだろう。同じ年の女の子が家の中にいることが本当にうれしいらしい。はしゃぎまくってる。
だが、涼子の様子は、どこか不自然だった。同級生の家にお世話になっている遠慮というよりも、家自体に不慣れのようにみえる。常に家の中を珍しそうに眺めている。他人の家に来たからなんだろうけど、ちょっと異常かなって思う。
病院から帰って、玄関の明かりをつけた時、驚いた表情をしていた。きょろきょろ見回し、スイッチと照明器具をものすごく興味深そうに見ていた。一通り家の中を案内した母も、涼子がトイレのウオッシュレットを不思議そうに見てたって言ってた。
そして夕食時、台所に入ってきて、おずおずと食卓の椅子に座る涼子。今も一真の後ろにある食器棚や、水道、流し、そしてコンロ、炊飯ジャーも興味深そうに眺めてる。
母が電子レンジで、昨日の残りを温めていた。レンジからほかほかのハンバーグが出てきたときは魔法を見るかのように目を丸くして驚いていた。そんなに珍しいもんなのか。
ふと、叔母さんの家にいたということを思いだした。まさか、電子レンジも使わせてもらえないほどいじめられていたとか? いや、それはあり得ない。電子レンジなんて今は、コンビニとかどこにだってある。
「さあさ、お腹すいたでしょ。涼子ちゃん、たくさん食べる人?」
母が、茶碗に七分目くらい、ご飯をよそって見せた。
「はい、そのくらいで。ありがとう存じます」
まあまあ、ちょっと小食女子、イマドキの女子中学生標準ってとこか。
今日はサバの味噌煮と春巻きのあんかけだった。
「いただきま~す」
すべて一真の大好物だ。すぐに箸を伸ばし、春巻きを口にいれる。目の前を見ると涼子はまだ目を閉じて手を合わせていた。
「お行儀悪い、お兄ちゃんったら」
いつもなら美玖だって、手を合わせて一秒くらいで箸を出すのに。
涼子は皆の注目を感じて目を開ける。
「今日は感謝をすることが多くて、時間をとってしまいました」
すまぬ、と口ごもる。
「いいのよ、大変だったもんね。さあさ、いただきましょう。お口に合うかわからないけど、遠慮しないでたくさん食べてね」
やっと涼子も箸をとった。一口、サバを食べる。その輝くような表情。
母の料理は気に入ったようだ。いや、サバという魚を初めて口にしたような口ぶりで、しきりにどこでこの魚を手に入れたのかとか、その調理法まで訊いている。
やっぱり変だろう。普通の中学生じゃない。あの上から目線の口調、不慣れな動作。なんかある。
一真はそんな涼子をじろじろ見ていた。
そんな一真の視線に気づいたらしい。今度は、目の前に座った一真を訝し気な顔で見ていた。それはなぜ、今、こんな奴が、こんなところで一緒にご飯を食べるんだって言ってるようだ。やばい。なんか言われそうだった。今度はなるべく涼子の目を見ないようにして、さっさと食事を済ませて、一足先に席を立った。
「ごちそうさん、うまかった。じゃ、俺、風呂に入るから」
母たちは一真のことなど気にしていない。ずっと涼子に料理のことを話していた。けど、涼子は一真をじっと見つめている。視線を感じ取っていた。
風呂に入る。ここはあの視線から逃れられる。湯船につかりながら考えていた。
なんだってこんなことになったんだろう。同じ屋根の下で他人の女の子と同居することになった。まあ二人きりじゃないからいいけどな。
ふと、あの柔らかなくちびるの感触を思い出していた。あの時は蘇生させることに頭がいっぱいだった。後からマウス・ツー・マウスがキスだって言われて、うろたえた。胸の感触も手が覚えていた。少年のように細身だったが、弾力のある膨らみが心地よかったな。
やっべぇ。これから教師になるのに、こんなこと考えるなんて。教え子を意識してはやっていけなくなるぞ。やましいことは考えない方がいい。
風呂から出た。あ、下着なんか目につくところに放置したら叱られる。いつも脱衣所に脱いだものを放置して母や美玖に文句言われていた。今日はしっかり洗濯機の中へ放りこんだ。他人が家の中にいるってことはこうしたことにも気をつかう。
風呂場から出ると、そこに美玖と涼子がいた。しまった。下はパジャマ代わりのトレパンだけど、上はタオルをひっかけているだけの裸状態。
涼子は、一真の胸からさっと目をそらしていた。
「そんな恰好でうろうろしないでよね。お兄ちゃん、ちゃんときれいに使ったでしょうね。次、涼子ちゃんが入るんだから」
「え、ああ、うん。もちろんだ」
よかった。下着をそのまま放りっぱなしにしなくて。
二人は一真と入れ違いに一緒に風呂場に入る。
「一緒に入るのか?」
「違うよ。自宅のお風呂場と勝手が違うかもしれないから一応、説明するだけ」
ふうん、そうか。
部屋へ戻り、ベッドに体を投げ出す。
ベッド脇のポスター、みずほちゃんが笑っていた。かわいいな。思い切り肌をさらけ出した水着姿。この世の中、みずほちゃんみたいな女の子だけだったらどんなにいいか。美玖なんて同じ女とは思えない。ああ、母もだ。一真のことを大事にしようとか、頼りにしている息子感を全く持ってはいない。
あの涼子もおそらく美玖と同じ分野に入るんだろう。今はなにも言わないが、あの圧倒されそうな雰囲気といい、一真なんて服従する手下のように扱われるかもしれない。
そのままみずほちゃんの笑顔を見ていて、いつのまにかウトウトしていたらしい。誰かが一真の部屋へ入ってきたことは気配でわかった。でもそれが夢だったのか、現実なのか判断できない。眠っている一真を覗き込み、毛布を掛けてくれた。そして、ちょっと仁王立ちしているのを感じていた。
《なんとみだらな・・・・下賤な女狐め、成敗するぞ、よいな》
そんな声が頭に飛び込んできた。その人物が壁のポスターに手をかけていた。びりびりっと破かれた。それで目が覚めた。
誰もいない。なんだ、やっぱり夢だな。そう思う。いや、毛布がかけられていた。そして・・・・、みずほちゃんの笑顔がみごとに半分になっていた。
「ああああああああ!」
破れた半分の笑顔がベッドの下に落ちている。誰だ、誰がこんなことをしたんだ。
とびっきりかわいいアイドルのみずほちゃん。このポスター、美玖に五千円を渡して買ってきてもらったんだ。その後、美玖からロリコンと罵られ、口止め料として何度か千円をせびられていた。
くっそ~、なぜ、教師の卵がアイドルを好きになっちゃいけないんだ。
美玖のしわざか? いや、あいつはこれを買ってきてくれたんだ。そんなことするならまず、買いに行ってはくれなかったはず。ってことは、母親が? いやいや、それもあり得ない。母という生き物は息子が何歳になっても無邪気な子供だと思っている。それにわざわざ、一真が寝ている隙にこんなことをするはずない。ネチネチといじりの対象として長く楽しむはず。
消去法でいくと答えが見えてきた。涼子しかいない。なんでだ。
そういえば、なぜ、最初に彼女は一真に抱きついてきたのか。それが不可解だった。