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十兵衛への想い

 十兵衛が甲斐を去る前に、こっそりと姫に会いにきてくれた。もう会えないと思っていたから嬉しくてつい、その胸の飛び込んでいた。いつもの十兵衛なら、このような真似をしてはいけないと制したかもしれない。しかし、この時はギュッと姫を抱きしめてくれた。

「小田原へ参ります。もしも御屋形様のお怒りがおさまりましたら、また戻ってこられるかもしれません」

「小田原・・・・。遠いのう」

 そう言いながらも十兵衛が無事でいてくれればいいと思う。


「はい。ですから、今後は姫様、一人で勝手に山へ登らぬように」

 皮肉を言って笑う。笑われてもいい。その笑顔、目に焼き付けておく。


 髪を結んでいた緋色の紐をほどとく。そして、十兵衛の長刀の柄に結びつける。

「お守りじゃ。絶対に生きて戻ってくるのじゃ。わらわの命令である」

「必ずや、仰せのとおりに致します」

 十兵衛が懐を探った。小さなお守りを手にしていた。


「それではこれを、姫様に持っていていただきとうございます」

「お守りなら、そなたに必要なものじゃ、もらうわけにはいかぬ」


「いえ、姫様から頂いたこれがお守りでございます。お守りが二つあっては運が二分されると申します故」

「わかった」

 姫は十兵衛のお守りを受け取った。



 それから年月が流れた。幽閉されていた義信の死の後のことだった。

 色あせたお守りを見つめていた時、五郎が久しぶりに裏方へきた。十を過ぎた五郎はもう裏方で寝泊まりしなくなっていた。

「姉上、十兵衛が戻ったそうにございます」

「十兵衛?」

 少しの間があいた。お守りを握りしめた。十兵衛が・・・・。会いたい。


「あの十兵衛が戻ったのか」

「はい、北条からこちらへ、許されたとのことにございます」

 十兵衛が無事に戻った。心が躍った。

 すぐに駆けだしたかったが、ふと気づく。髪を直す間が欲しい。紅もつけたいと思う。しかし、そんな桃香の心を知らずか、五郎は急かした。

「先程、父上に挨拶をしておりました。早くしないと帰ってしまいますぞ」

 そう言われて、桃香はそのままで五郎の後についていった。こちらへ戻るなら、文の一つもくれてもいいと思った。


 しかし、その夜、桃香はずっと大事にしてきたお守りを捨て、布団の中で一人で泣いた。あれほど待ちに待っていた十兵衛が戻ったというのに。十兵衛が文をくれなかったのには、身分違いと憚られたのかと思ったが、そうではなかった。


 桃香が五郎の後に続いて表方に出た時、ちょうど十兵衛が出てきて帰るところだった。その姿は見違えるほどたくましくなっていた。姫の胸がきゅんと苦しくなった。これは病のせいではない。

 背はかなり伸び、がっしりとした体格だった。向こうも眩しそうに姫を見つめていた。

 よくぞ、無事に戻ってきてくれたと声をかけようとした。しかし、十兵衛の、あの笑顔が曇っていた。それどころか、目を合わせようとしない。形ばかりの笑みを浮かべ、深々と頭を下げて桃香の横を歩き去っていった。話しかけることもできなかった。

 かなり不可解に思った。そのすぐあとで、十兵衛は嫁を連れて帰ってきたと知った。


 初恋だった。向こうも桃香のことを好いてくれていると思っていた。しかし、無残にも打ち砕かれた。十兵衛は桃香のことなど、全く気にも留めていなかったと悟った。


 その後、貴世がいろいろと調べてきた。

 十兵衛は小田原へ行ってすぐの合戦で足を傷めた。その時、身の回りの世話をしてもらうために、近くに住む百姓の娘を雇った。それがきっかけでその側女は、十兵衛のところへ住み込むようになったそうだ。


「あの十兵衛殿がしばらくは自由に歩き回れない生活をされていたそうです。その時、手となり足となったのがそのおなごとか。とても仲睦まじい夫婦との噂にございました」

 貴世は元々十兵衛との恋に反対していた。所詮、叶わぬ恋だった。身分が違い過ぎた。だから、わざとそんなことを桃香の耳に入れたのだろう。きっぱりと諦められるように。





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