プラトニックが破られる時
あっという間に二週間が過ぎようとしていた。姫は夕食後は美玖とテレビを見たり、ゲームまでやるようになっていた。ものすごい勢いでいろんなものに慣れていった。さっきまで母と動画を見て笑っていた。母が姫のためにスマホを買って渡していた。
一真は翌日の授業の準備に追われていた。姫がベッドに入ると明りを消さなきゃならないし、台所で準備をしていると、一真が寝るまで待っているのだ。そんなところは健気でかわいい。
あと一週間でで学校の実習は終わる。そうすればまた大学生に戻るんだ。一応、この忙しい生活が一段落する。
姫が部屋へ入ってきた。風呂上りで石鹸の香りが漂う。なんだなんだ、誘ってるのかってくらい、ゾクゾクするにおいだ。
「よろしいか。もう横になりたいのだが」
「ああ、いいぞ。もうおしまい」
そういうとほっとした顔を見せた。
いつものように明かりを消した。フットライトの小さな明りだけが残った。
「一真、今宵は・・・・そちらに寝たい。一緒に寝てもよいか」
それをきいて頭に血がのぼる。鼻血が出そうになった。しかし、懸命に自分に言い聞かせる。それは手を出さず、本当に寝るだけっていう意味だと。絶対に勘違いしてはいけない。
「なんで?」
できれば拒否したい。もうこれ以上の接近はだめだろう。一真の精神状態にも良くないし。
「妻なのに、そなたは抱きしめてもくれない」
あ、そんなこと言われた。ちょっと待ってって言いたい。それは違うだろう。
「妻って言ったって、本当はそうじゃないよね」
そう、そこんとこ、勘違いしないでもらいたい。
「抱きしめてくれるだけでいいのじゃ」
こっちは抱きしめるだけじゃ、収まらないから、困るんだ。
「まあ、いいけど・・・・」
どうなっても知らないぞという言葉を呑み込んだ。
薄明かりの中、姫がベッドから降りて、一真の布団の中へ入り込んだ。いい香りがぐっと近くなった。そっと近づいてくる。ああ、そうだった。抱きしめて欲しいって言われてた。
横向きで姫を抱き寄せた。その体、最初の時の感触を思い出した。あの時、キスしたんだ。いや、人工呼吸だったけど、まあ同じようなもんだな。美玖にそう言われると反発したくなるが、今から思えば限りなくキスに近い。自分でそう認めていた。脚がくっついてきた。さっと逃げると追いかけてくる。
「こら、やめなさい」
触れるたびにドキドキする。だめだろう。なんで、そんな挑発してくるんだ。ここは少し脅かしてみようと思う。そうすれば、自粛するかもしれない。
いきなり、姫の手の自由を奪って、覆いかぶさった。顔を近づける。そして、くちびるを重ねた・・・・けど、触れて、一秒にもならない瞬間、抑えていたはずの右手が返され、ひねられた。その痛さに手をかばい、布団から転げ出ていた。
「イテテテテ、ごめんなさい」
そういうと手を放してくれた。姫がそんな護身術を身に着けていたとは。うっかり手を出さなくてよかった。
姫が起き上がった。
「わらわは里に帰らせてもらう」
そう言って枕を横抱きにして、部屋を出ていった。
里ってどこへ帰るんだろうと耳をすます。帰るところって、叔母さんのとこか? 足音は二階へ上がっていく。そして真上の部屋のドアが閉まった。ああ、なんだ。二階の部屋ね。わりと近い里でした。
怒らせてしまった。だって、手を出すなっていう男にちょっかいを出すんだ。どっちが悪い? 向こうだろう。
一真はまだ姫の温もりが残った毛布をかぶる。いい香りが残っていた。かわいかった。抱きしめて欲しいって。
今やっとわかった。男って駄目だなと思う。すぐに下半身状況ばかり気にしている。そうじゃなく、妻として愛情を持って接してほしかったんだって。
わずか数日だったが、姫のいない自分の部屋が妙に寂しく感じられる。こんな空虚感、想像しなかったこと。
姫は上で寝ているんだろうか。あの部屋、布団だったっけ。それならとばかりにボールペンを天井に向かって投げた。一発目はかすりもしないで落ちて来た。今度は起き上がって、ベッドの上に立つ。定規でツンツンと天井をつついた。驚かせないくらいの音で。絶対に気づくはずだ。何度かつついていると、今度は向こうから床を叩く音が聞こえた。
二つ、つつくと二つ叩いてくる。やっぱり、答えてくれた。五つ、つつく。五つ、叩いてきた。笑えた。
《戻ってこいっ》
そう念じていた。だって、姫からの念が伝わってくるなら、一真からも行くだろう。
その後、すぐに二階を歩く音。階段を誰かが降りてきていた。それは誰か、わかっていた。やっぱ、ちゃんと伝わったらしい。便利だな、この能力。
一真の部屋のドアが開く。
「一真殿、すまなかった。ほんに不束者ですが、よろしくお願いいたします」
「いや、こっちこそ、ごめん」
そう言って姫がまた手を突いて頭を下げた。一真も一緒になって「頭を下げる。そして、姫を抱きしめた。腕の中の嬉しそうな顔。体温がぐっと上がった。そうだ、これが本当の愛情なんだろう。契るだけが結婚じゃない。お互いをいたわる心が夫婦となることだとわかった気がした。今まで一真と呼び捨てだったが、一真殿と呼んでくれた。これって少しレベルが上がったってことなのか。