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エンドリア物語

「崇める」<エンドリア物語外伝107>

作者: amamitsuboshi


「【神の館】?」

「二ダウの壁門前広場に、空き店舗があるだろう」

 開店直後に桃海亭を訪ねてきたのは、魔法協会エンドリア支部の経理係のブレッド。噂好きで、面白い話を仕入れてきてはオレに教えてくれ。

「あ、あれか?」

「あれだ」

 露店が立ち並ぶ広場を囲むように、店舗が並んでいる。人が集まる場所だから、飲食店が多い。

 その中に一件だけ、空き店舗がある。

 場所がいいから色んな店が入るのだが、早ければ数日、遅くても一ヶ月ほどで出て行く。

 商品が売れないのだ。

 他の場所で人気だった店が、場所がいいからと移転してきたことがあった。店を移った途端、ぱったりと客足が途絶えた。開店してから客がひとりも来ない。これは何かあると数日で元の場所に戻った。すると、客足は戻った。

 店の大家は家賃を安くしているのだが、ここ数ヶ月は空いたままだ。

「あそこは、客が入らないだろ」

「客商売じゃないから、いいみたいだ」

「店じゃないのか?」

 ブレッドの話によると【神の館】というのはある団体の施設らしい。去年設立された新しい団体だそうだが、それなりに人気があるらしくエンドリアの【神の館】は5つ目だそうだ。

「宗教には関係しないよな?」

 オレとムーは、宗教団体を2つ潰している。オレ達のせいではないが、世界各地の宗教団体からにらまれている。

「名前に【神】がついているが、違うみたいだ。人を崇めるらしい」

「人を崇めるんだろ。宗教じゃないのか?」

「違うんだよ、それが。宗教は誰かが始めるわけだろ。開祖とか、始祖とか、色々呼ばれるが、まあ、そいつが教祖となって組織を作るんだが【神の館】は組織だけなんだ。それで、教祖はいないのかというと、【神の館】が勝手に決めるんだ」

「勝手に決める?」

「【神の館】が最初にできたのは、シェフォビス共和国のドブチという辺境の地の小さな村だ。2番目にできたのが、キデッゼス連邦にバムロ公国という小さな国だ。裕福な国が多いキデッゼス連邦の中では、珍しいくらい貧しい国で、聖女フローラと呼ばれている修道女がいたんだ。老齢の白魔術師だが神を信じ、貧しい人々に奉仕する有名な聖女だった。2番目の【神の館】に集まった人々は、その聖女を【神】にしたんだ。勝手に神にして、崇め奉って、寄付やら手伝いやらをした。最初は喜んでいた聖女も、毎日見知らぬ人々につきまとわれて、体調を崩して寝ついてしまった。バムロ公国が聖女フローラを静養のために閑静な地方に移動させようとしたら『神を奪うのか』と信者が騒いで大暴れをした。したかなく、魔法協会が乗り出して、聖女フローラは現在の場所から動かさない。その代わり【神の館】の関係者は聖女フローラに直接接触しない。という取り決めを取り交わした。いまのところ、バムロ公国の役人が両者の間に入って、問題はおきていないんだが……わかるだろ?」

「他の4カ所でも同じようなことをやったのか?」

「いや、3カ所だ。最初のドブチに作られた【神の館】には神はいない」

「何でいないんだ?」

「オレも理由は知らない」

 ブレッドが知らないと言うなら、知らないのだろう。話せないなら、腕で×を作る。

「ニダウでも誰かを神にする気なのかな」

 オレの頭に浮かんだのは、見慣れた丸顔。

「国王様かな」

 国民に人気がある。

「その可能性はあるな」と、言ったブレッドはオレの肩に、ポンと手を置いた。

「というわけで、一緒に行ってくれ」

「どこにだよ」

「【神の館】に決まっているだろ」

「行きたいなら、ひとりで行けよ」

「仕事なんだよ、仕事」

「誰を【神】にするか探れって、ことか?」

 ブレッドが、手を横に振った。

「そいつは待っていれば、いつかはわかる。魔法協会が知りたいのは『神の館の真の目的』だ。【神】にした人々に何かするのか、または【神】にした人間のうちのひとりに何かするのではないかと思っているわけだ。それを探ってこいと言われた」

 今度は、オレがブレッドの肩を叩いた。

「頑張れ」

「手伝ってくれよ」

「オレは忙しいんだよ」

「城門前広場だぜ。1時間もあれば戻ってこられる」

「1時間ぽっちで【神の館】の目的がわかるのか?」

「わかるはずないだろ。上層部からの命令だから、エンドリア支部の誰かが行って、調査報告書をあげないといけないんだよ。ガガ支部長には『形だけ』と言われているから、入って、報告書が埋まるだけの材料を見つけたら帰ってくる」

 そう言うと、オレの腕を握った。

 ひとりでは行きたくないらしい。

「オレと行くと、トラブルに巻き込まれるかもしれないぞ」

「入って出るだけだ。大丈夫だ、うん」

 自分に言い聞かせるように言う。

 ブレッドは握ったオレの腕を引っ張ったが、オレは動かなかった。オレが行く気がないとわかったブレッドは笑顔を浮かべた。

「ウィル」

「行かないからな」

「モールさんの焼きソーセージ5本でどうだ?」

 オレは足取り軽く歩き始めた。



「ブレッド。前とほとんど変わっていないぞ」

「そうだな」

 真新しい看板が掲げられ【神の館】と書いてある。黒い板に洒落たデザインの白い字だ。

 それ以外は、前と同じで普通の店舗。入り口には装飾のない木の扉で、ガラス窓がひとつあるだけ。桃海亭よりボロいくらいだ。

 オレとブレッドは、窓から中をのぞいてみた。

 受付が入ってすぐのところに作られていた。誰もいない。受付の横から奥に行くようだが、分厚いカーテンで仕切られていて見えない。

「入会ご希望の方ですか?」

 後ろから声がかかった。

 振り向くと、若い女性が立っていた。

 年齢、20代前半、裾が長い白いワンピースを着ている。細いサークレットをはめていて、神秘的な雰囲気だ。

「どうぞ」

 女性は平静を装って、入口の扉を開いてくれた。

「見学ですが、よろしいですか?」

 ブレッドが明るく言った。

「はい、どうぞ」

 女性はブレッドと視線を合わないよう、うつむいて答えた。

 どうやら、ニダウの住人ではないらしい。

 ブレッドのローブには、たくさんの悪魔除けの護符やバッチがベタベタ貼られている。額には、凝った装飾のサークレット。奇矯ななりだが、ブレッドにしたら悪魔に食われないよう必死の自衛策だ。

 ここ数ヶ月同じ格好をしているので、オレを含め、ニダウ住人は見慣れているが、初めて見たら引くだろう。

 ブレッドが入り、オレが入り、ムーが入り、扉は閉まった。

 オレとブレッドは振り向いて、黄色のレインコートを着たムーを冷たい目で見た。

 ムーは、ニコニコと笑っている。

 ブレッドはムーに言い聞かせるように、ゆっくりと言った。

「何もしないでくれ」

 ムーはVサインをした。



「こちらでお待ちください」

 案内されたのは、小さな広間。受付の横の分厚い布を潜ると、薄暗い広間だった。仕切りの壁を取っ払って、空間を確保したらしい。床には怪しげな魔法陣がいくつも描かれ、壁には東洋の曼荼羅のタペストリーが掛かっている。壁際に沿って、奇怪な神像が並べられている。

 オレは壁の神像に近づいた。

「本物なのかな?」

 ブレッドに聞いた。

「古魔法道具のプロだろ?」

「オレにわかるかよ」

「オレにだってわかるかよ。本物の神像かわからないが、魔力はついていないな」

 ブレッドが断言した。

「特殊な力とかついていないのか?」

「ないと思う」

 オレは振り向きながら聞いた。

「ムー、こいつに…………」

 床に書かれた魔法陣に、手を加えていた。

「おい、やめろ」

「間違えているから、なおしてあげてるしゅ」

「嘘、言うな」

 オレが断言すると、ムーが首を傾げた。

「ほよっしゅ?」

「オレが魔法陣をいくつ見ていると思ってるんだ。こいつはデタラメな図だ」

 魔法陣にはルールがある。ムーが本気で書く、特殊なものは別だが、簡単な魔法陣はよく目にする。ルールから大きく外れているとわかるくらいにはなってきた。

「ちぃしゅ」

 つまらなそうに言った。そして、魔法陣の変更を続行した。

「やめろって、いっているだろ」

「面白いしゅ」

「何がだよ」

「子供の落書きに、天才画家が筆を加えて、素敵な絵に仕上げる、そんな感じしゅ」

「へぇーーーって、やめろよ」

 ムーが持っているチョークを取り上げればいいのだが、魔法陣の形はできている。近づいて発動させられたら、何が起こるかわからない。

「おやおや、どうかしましたか?」

 奥から壮年の男性が出てきた。

 人当たりが良さそうな男性で、笑顔でオレ達に挨拶した。

「ようこそ、【神の館】エンドリア支部へ。支部長のターパルといいます」

 ターパルは黒いローブを着ていた。

「今日は見学をさせてもらおうと思いまして」

「どうぞ、どうぞ。聞きたいことがありましたら、何でも聞いてください」

 オレとブレッドとターパルは立っていたが、ムーだけは床に腹ばいだ。ターパルは、オレ達についてきた子供が転がっているという認識だろう。

「それでは遠慮なく」

 ブレッドが、メモを取りだした。次々に質問すると、ターパルは歯切れ良く回答してくれた。

Q、入会金はいるのですか?

A、いりません。

Q、寄付はいりますか?

A、自主的に納めたいという寄付は受け取っております。強制的な徴収は行っておりません。

Q、神様を讃える団体ということですが本当ですか?

A、本当です。

Q、奉る神様の名前を教えてくれませんか?

A、ニダウでは、エルフォッチャ様です。

Q、エルフォッチャ様は、どのような方ですか。

A、非常に素晴らしいお方です。

Q、入会したら、どのような活動をするのですか?

A、エルフォッチャ様を支える活動です。

Q、具体的にどのようなことをするのですか?

A、まだ、決まっておりません。

Q、エルフォッチャ様というのは、ニダウに住んでいる人物ですか?

A、そうです

Q、どこに住んでいますか?

A、いまはお教えできません

 ターパルは質問に答えている間、笑顔を崩さなかった。

 ブレッドは、パタンとメモを閉じた。

「嘘を言うな」

 ブレッドの目が据わっている。

「エルフォッチャなんて名前の人物、ニダウにはいない」

「何を言っておられるのか………」

「オレの記憶力を甘く見るなよ。ニダウの住人の名前は全部記憶している。エルフォッチャはいない。絶対にいない!」

 気炎を吐いている。

「記憶違いをされているのではないでしょうか?」

 ターパルがブレッドをなだめるように言った。

 態度は柔らかいが、変な奴が来た、というのが顔に出ている。

「本当は誰を奉る予定なんだ。教しえてもらうまで、帰らないからな」

 ブレッドがあぐらをかいて、床に座り込んだ。

 ブレッドの【知りたがり脳】が暴走している。

「本当にエルフォッチャ様です。名前ですから、綴りを読み違えているとか、通り名で覚えられているとか」

「なら、エルフォッチャは、名前か?姓か?」

「名前です」

 ためらうことなく答えた。

 ブレッドが、ゆっくりと立ち上がった。

「ようっし、嘘だったら死んでもらうからな」

「はい?」

「ここはエンドリア王国のニダウだ。ムー・ペトリが住んでいる。あいつに調べてもらえば、エルフォッチャが存在するのか簡単にわかる」

「お、お待ちください」

 ターパルが慌てた。

「ムー・ペトリがイヤなら吐け」

「ムー・ペトリは反則です」

「なにが反則だよ。ムー・ペトリはいい奴だ。天才のあいつなら、真実を明らかにしてくれる」

 床にへばりついているムーの肩が震えている。『天才』と呼ばれて嬉しいのだろう。

 ターパルが深いため息をついた。

「わかりました。本当のことを言います。エルフォッチャは我々がムー・ペトリに使う呼び名です。ムー・ペトリと呼ぶのは、外聞がよくありませんから」

「ニダウで奉る神は【ムー・ペトリ】でいいのか?」

「はい」

 ターパルは、笑顔で断言した。

 オレは思わず、口を挟んだ。

「【神の館】とういのは、邪教なのか?」

「いや、闇の結社だ」

 ブレッドが断言した。

「違います。違います」

 ターパルが両手を開いて、必死に振った。

 ムーが本当はどう思われているのかわかったらしい。

「本当は【ウィル・パーカー】を……………」

 そこで黙った。

 気づいたようだ。『不幸を呼ぶ体質』を奉る宗教は、ないだろう。

「間違えました。【ナディム・ハニマン】を讃えようと思っております」

 オレも、ブレッドも、衝撃を受けた。

 オレの店の居候爺さんが、他国の怪しげな団体で名前を使われるほど有名になっている。

「【ナディム・ハニマン】殿は、智勇兼備の素晴らしい方であるだけでなく、呑舟之魚の器を持っているとお聞きしております。我らが神となるにふさわしい人物であることは間違いありません」

 これでどうだというドヤ顔で、ターパルがオレ達を見た。

「【神の館】というのは暗黒神を奉るのか?」

「いや、冥界の秘密結社だ」

 オレ達の反応に、ターパルが固まった。

 人気者のハニマン爺さんを、悪く言う人間がいるのは予想していなかったようだ。

 困った顔でオレ達を見た。

 遊び好きの爺さんの、主な被害者はオレとムーとアーロン隊長だが、ブレッドも魔法協会の隠れた監視役だから間接的な被害を頻繁に受けている。言えるなら、文句の一つも言いたいところだろう。

「実は【イーノス・ロイド】殿を………………」

 オレは足で、床を思いっきり蹴った。

 ドンと音が響いた。

「嘘でも言ってはいけないことがあるって知っているか?」

「そうだ。ロイドさんにまとわりついたら、ニダウの魔術師全員を敵に回すと思え!」

 ブレッドが中指を立てた。

 老舗の古魔法道具店を営んでいるロイドさんは、ニダウの古魔法道具店の要だ。そして、ニダウに住む魔術師達の誇りでもある。

 怪しげな団体の神様にされてたまるかという気迫で、ターパルをにらんだ。

 ターパルがギッとオレ達をにらみつけた。

「それなら、お聞きします。誰ならいいんですか?」

「王様かな」

「そうだよな、王様だ」

 オレとブレッドは、うんうんと納得した。

 エンドリア国王は温厚で国民のことを誰よりも考えてくれる。

「王様はダメです」

「なんだよ。王様は尊敬されているから、この広間くらい、アッという間に人で埋まるぞ」

「王様なら、敬うも、奉るも、オレもする。それで、他国から人をいっぱい呼んでくれ。そいつらには、王様への寄付を義務づけてくれ」

 ターパルは腰に手を当てた。

「いいですか?我々は上にいる力と戦っているのです。それなのに、権力の源の王を神に据えるなどありえません」

 上にいる力と戦う。

 いきなりでてきた言葉だった。

 ブレッドの目が輝いた。

 団体の目的を突き止めた、という顔だ。

「【神の館】は支配者との戦いですか?」

「違います。他を虐げる者との戦いです」

 オレは思わず、口を挟んだ。

「それなら、エンドリア国王は違うな」

「ああ、違う」

 オレとブレッドはうなずくと、ターパルに言った。

「オレが保証します。エンドリア国王は大丈夫です」

「これで決まりですね。【神の館】は王様を讃えてください」

 ターパルは両手を開いて、横に振った。

 オレ達の一押しの国王様は、どうやってもダメらしい。

「なんでだよ?」

 ブレッドの言葉がぞんざいになった。

「王様でも魔法を使えない一般人は対象外です」

 ブレッドが目でオレを呼んだ。

 一緒に部屋の隅に行った。

 ターパルに聞こえないよう小声でブレッドが言った。

「おい、どう思う?」

 狂信的な魔術師崇拝の集まりかを聞いているのだろう。魔術師が一般人より偉い。そういう魔術師たちは多い。

 ローブを着ているからターパル自身も魔術師なのは間違いない。

「オレにわかるかよ」

「オレは、魔術師崇拝の集団に思うんだけどなあ」

 どこか自信なさそうにブレッドが言った。

「試してみるか?」

「どうやってだ?」

「ちょっと、待っていろ」

 オレは転がっているムーの側に行った。

「ターパルさん、ここに来ていただけますか?」

 疑うことなくターパルが近づいてきた。

 オレは屈み込むと、ムーが着ている黄色のレインコートをまくり上げた。ショッキングピンクの服が現れる。

「こいつが、ムー・ペトリ。極悪天才チビ魔術師です」

 ターパルが蹴った。

 ゴロゴロゴロ………。

 ムーが床を転がっていく。壁に激突して、止まった。

 ムーがピョンと起きあがった。

「なにするしゅ!」

 肩でハアハアと息していたターパルが我に返った。

「申し訳ない。蹴りやすそうに見えたもので…………」

 ユニークな言い訳に、ブレッドが目を丸くしている。

 ムーがトテトテとターパルに近づいた。

「ボクしゃん、天才しゅ!天才を傷つけたらいけないしゅ!」

 ターパルがムーの胸ぐらをつかんだ。

「天才がそんなに偉いのか!山を壊そうが、海を割ろうが、天才なら許されると言うのか!」

「許されるに決まっているしゅ!」

 ムーが怒鳴り返した。

 ターパルの怒りのゲージがあがった。

「天才なら、ファイアーボールの雨を降らすことも、アイスブリザードの竜巻をつくるのも、許されるのか!」

「もちろんしゅ」

 ブレッドが小声で、オレに聞いた。

「ムーの被害者か?」

「いや、違うと思う」

「なら、なんで怒っているんだ?」

「お前の同類だろ」

「なにいっているんだ?」

 ムーの胸ぐらをつかんでいるターパルのところに行った。

「ターパルさん」

「いま、取り込み中なのですが」

「ターパルさんは魔術師のようですが、何ができるんですか?」

 空いていたターパルの左手が飛んできた。オレは軽く避けると、ブレッドのところに戻った。

「調査終了だな」

「そんなことで団体なんて作るなよ」

 ブレッドが疲れたように言った。

「帰るか」

「そうだな」

 オレとブレッドは厚い布の垂れ幕を潜って、部屋を出た。

 魔法協会エンドリア支部は壁門前広場のすぐ横にある。オレとブレッドは支部の前で別れ、オレは店に帰った。別れるとき、報酬の焼きソーセージは、夜に店に持ってきてくれる約束をした。

 店に帰るとシュデルが商品の鏡を磨いていた。

「店長、お帰りなさい」

「何か、あったか?」

「何もありませんでした。それよりも、【神の館】はいかがでしたか?」

「暇な魔術師と暇な一般人には受けるかもな」

「暇でないといけないのですか?」

「気に入らない奴を神様にして、嫌がらせをするのが目的だぞ。暇でないとできないだろ」

「そういうことでしたか。ニダウでは難しそうですね」

「まあな」

 自分より下にいる奴を見下す。

 そういうことが快感な奴は少なくない。だから、魔術師が一般人を蔑視する。魔術師が少ないニダウではほとんどないが、他国ではよくあることだ。

 魔術師であれば優越感に浸っていられるかといえば、そんなことはない。魔力量でのヒエラルキーがある。これは努力では越えられない壁だ。

 魔力量は生まれつき決まっている。魔力が少なければ使える魔法は限られる。ブレッドのようにわずかしかなければ、魔法協会での位は死ぬまで下位のままだ。

 ブレッドも昔は少し気にしていたが、悪魔の食材とレッテルをはられてからは、悪魔に食われないよう必死で、ヒエラルキーとかどうでもよくなった。

 下位が圧倒的な多数を占める魔術師社会。上位に嫌がらせをしたくなる奴が集まって考えたのだろう。魔術師には裕福な奴が多い。一般人も取り込み、いかにも善人の集団を装ったわけだ。

「ま、暇人の娯楽だよな」

「崇められる人が迷惑なだけですね」

 シュデルが苦笑いをした。

「それにしても、何でニダウに開いたんだ?」

「ムーさんを崇めるためだと思いますが」

「ムー?」

「ニダウでその条件が整っているのは、ムーさんだけです」

「そう言えば、そうかもな」

 ターパルも一番初めにあげたのがムーだった。

 シュデルが鏡を磨く手をとめた。

「店長」

「なんだ」

「ムーさんを知りませんか?」

「あっ」




「何のための調査だ!」

 魔法協会災害対策室のスモールウッドさんが怒鳴った。

 オレとブレッドは、エンドリア支部の固い床に正座させられていた。

 オレは無関係を訴えたが、報酬が焼きソーセージでも調査に荷担したからと支部に呼びつけられた。

「私は【神の館】の目的を探れと言ったのだ!」

 ブレッドが恐る恐る言った。

「それに関しては報告書を………」

「わかっている!」

 怒りでスモールウッドの目がつり上がっている。

「なぜ、ムー・ペトリを関わらせた!」

「勝手に入ったんです。オレ達は…………」

「ムー・ペトリの保護者だろう!」

 オレはブンブンと首を横に振った。

 ムーはただの居候だ。

「この始末、どうするのだ!」

 ムーは夕方に、何もなかったような顔をして桃海亭に帰ってきた。だから、オレは何もなかったのだろうと思っていた。

 ところが、ムーが書き直した魔法陣がとんでもないものだったのだ。魔法陣の上を最初に通過した人間にかかる魔法で、命名するなら【伝染する思想】

 ムーが仕込んだ【思想】は【ムー・ペトリを崇め奉ること。布教をしてムー・ペトリを崇める信者を増やすこと】

 当然だが、あの場にいたターパルが魔法に掛かった。

 部屋を綺麗に掃除するとムー・ペトリを奉る祭壇を設置。その足で他国の【神の館】を回った。4カ所の【神の館】はムー・ペトリを奉る館となり、【ムー・ペトリを崇め奉る】信者たちが大量に出現。信者たちはムーに捧げる金品を持ち、徒党を組み、ニダウに向かっている。

「ムーの奴は、なんて言っているんですか」

 別室で尋問中だ。

「効果はターパルが掛かった日から10日目に全員同時に切れるそうだ」

 3人で【神の館】を見に行ったのが9日前。

 オレとブレッドの顔がゆるんだ。

「よかったな」

「変な集団が、ニダウに来ると困るもんな」

 スモールウッドさんが扉を平手で、バンと叩いた。

「事態の重大さがわかっているのか!」

 オレは手を挙げた。

「大丈夫です。オレも、ブレッドも、部屋が暗かったんで、ムーの書いた魔法陣を見ていません」

 思想を伝染させる魔法陣なんて、世界を統べる者たちにとっては脅威だろう。

「本当か?」

「はい!」

「もちろんです!」

 オレとブレッドは解放された。

 やけにあっさり解放されたと思ったら続きがあった。

 エンドリア支部を出たところで、支部から出てきた尋問官がオレにムーを投げつけた。

「こいつを連れて、ニダウの城門外のターミナルに魔法陣の効果が切れるまで一緒に立っていろ!」

「明日には切れるんですよね?」

「今日、到着する【神の館】の信徒がいたら、ニダウが困るだろう」

「それなら、オレじゃなくて、アーロン隊長に言ってください」

 ニダウの平和はニダウ警備隊のアーロン隊長の仕事だ。

「屁理屈を言っていないで、とっと行け」

 オレは起きあがったムーの手を引いて、トボトボとニダウの門に向かった。

「お前も行け!同罪だ!」

 ブレッドが追い立てられて、しかたなさそうにオレのところにやってきた。

「行くか」

 オレとムーとブレッドで、ニダウの門を出た。

 翌日の昼に効果は切れた。

「うまくいかないもんだな」

「ああ」

 オレとブレッドに被害はなかった。

 ムーはもみくちゃにされた。髪はむしられ、服はズタボロ。

 捧げられた供物は、正気に返った持ち主たちが持って帰った。

 ボロボロで地面に転がったムーは、オレ達を見上げると、大声で言った。

「天才の宿命しゅ!」

 天才なら懲りろよ、と、思ったオレだった。



次回の更新は11月11日です

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