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第6話

和泉守と陸奥守は、事前に会話がなくとも互いの立ち位置を十分に心得ていた。

本人たちがどう考えているのかはわからないが、自分にはそう見えた。

実際に和泉守は縦横無尽に動き回りつつ敵と刃を交え、陸奥守は自分を守りながら拳銃と刀を自在に操っている。






不意に視界が揺れた。

強い眩暈を感じて、床に両手をつく。

眩暈によって生じた吐き気を、歯を食いしばって耐えた。

それに最初に気付いたのは陸奥守だった。

敵を牽制しながらも後ずさりし、そっと声をかけてくる。


「体調が万全でないのに無理をさせてしもうたか。すまんのう」

「…………」


それに首を横に振って応え、肚に力を入れて顔を上げた。




自分は大丈夫だから、目の前の敵を滅してください。




口は利けなくとも必ず伝わると信じ、陸奥守へ視線を向けた。

その視線に気付いた陸奥守が肩越しに振り返る。


「…………主の願い、よお分かった」


瞬きの間に意志を読み解き、にっと笑みを浮かべて見せた。

そして正面へと向き直る。


「ほいたら、おんしは主をよおく守っちょれ。怪我なんぞさせたら……」

「?」


誰に言っているのか最初はわからなかったものの、不意に背後から現れた人影を認め、目を見開く。


「それが元審神者候補の私に言う台詞か?」


口を開いたのは内閣府時間遡行取締局という部署に籍を置いている土方だった。


「これでも私は様々な訓練を受けていた。時間遡行軍に後れを取るようなことはない」

「じゃがのう、人はわしらより――――」

「おい、陸奥守!」


じゃれはじめた陸奥守へ、和泉守の怒声が割り込む。


「遊んでんじゃねえぞ!!」

「にゃはは、叱られてしもうたのう」


舌をちろりと出す。

だが、すぐさま表情を引き締めると異形へと向き直る。

その背中を見つめていると、土方が声をかけてきた。


「大丈夫か?」

「…………」


その問いかけに頷くも正直、きつい。

今も眩暈は続き、吐き気をこらえる始末だ。

陸奥守が言うように、彼らを顕現させた影響なのだろうか。

土方が言うように訓練を積めば、影響は少なくなるのだろうか。

疑問は尽きない。


「今はひとまず体を休ませることだ」


君の質問には必ず答えるから。

その一言で、緊張の糸が切れたようだった。

彼らにも話したいことがあるのに…。

そう悔やみながらも意識を手放してしまう。






次に目を覚ました時には、別の場所に運ばれていたようだった。

日本家屋の、比較的新しい木の香りがする部屋だった。

何度か瞬きをし、手を握ったり開いたりを繰り返す。

もう体の方はなんともないようだ。

そう判断して、体をゆっくりと起こした。

部屋の中を見回すと、片隅に薄茶色の丸っこい何かが置いてあった。


「…………?」


なんだろうと思いながらも観察していると、それはどうやら生き物のようだった。

規則的に動くのは、恐らく呼吸をしているからだろう。

と、その時だった。

見つめられていることに気付いた生き物が、ゆるゆると動き出す。

まず出たのがふわふわの尻尾。

ついで獣の耳。

どうやら野生の狐のようだ。

狐は自分が見つめているのにも関わらず、ぐぐっと全身を伸ばした。

その伸びをする仕草に、なぜか癒される。

ただ狐らしくない模様が後ろ脚や額にあるのが気にかかった。


「…………」


伸びを終えた狐がちょこんと座り、じっと自分を見つめてきた。

その瞳をこちらも見つめ返す。




しばしの沈黙ののち……。




狐が笑みを浮かべた。

まさか笑みを浮かべて見せるとは思いもよらず、ぎょっとして大きく後ずさる。


「ああ、そのように驚かなくともよろしいのに」


ついでその口から人語が飛び出した。


「私はこのたび審神者様のお手伝いをさせていただくことになりましたクダギツネの“こんのすけ”といいます」


こんのすけと名乗ったクダギツネは、絶句するこちらの様子を気にすることなく話を続けた。


「ここは本丸です。ここで審神者様は刀剣男士たちへ出陣の命を発します」


それによると、この本丸は強力な結界によって守られているそうだ。

作ったのは政府。

この本丸を拠点とし、“正しい歴史”を守るために各時代へ“刀剣男士”と呼ばれる付喪神たちを送り出す。

それが“審神者”と呼ばれる自分の役目。


「今、この本丸にはふた振りの刀剣男士が顕現しております」


その時、襖を叩く音がした。


「こんのすけ、入るぞ」


声をかけて襖を開いたのは和泉守だった。


「お。目を覚ましたか」

「一週間も目を覚まさんかったからのう」


ついで入ってきたのは陸奥守だ。

二人はそれぞれ思い思いの場所に座る。


「審神者様。私は審神者様と刀剣男士たちとの間に立ち、彼らをサポートします」

「…………なあ、こんのすけ」


話は事前に聞いていたのだろう。

和泉守が言いにくそうに、こんのすけへと口を開く。


「サポートっつったって、今の主は体調が万全じゃねぇんだ。そう急かすこたぁねえんじゃねえのか?」

「政府もせっかちじゃのう」


陸奥守も同意した。


「時間遡行軍が主を襲う前に、主を保護する事もできたろうに」

「それは私に言われてもお答えできかねます。後で担当者に架電しておくことにしましょう」


こんのすけがそう言って、架電内容を頭の中に書き加えた。


「それよりも、審神者様の食事の準備はできましたか?」

「味見はしたが……本当にこんなのでいいのか?」


先ほどから何か食べ物の香りはしていたのだが、彼らが作ってきたのだろうか。

それよりも人として顕現したことがない彼らが作れたのか?という疑問が生じた。

和泉守が困惑しながらも出してきた食べ物を見る。

小さい土鍋には恐らくは粥なのだろう、白いものが入っていた。


「粥は体調を崩すなどして食べ物を受け付けない人にとっては基本食となります。少しずつでも食べて体力をつけていただきましょう」

「…………」


土鍋を盆ごと受け取り、匙で掬う。

本当に真っ白だった。

卵やネギとか入れてくれていた方がよかったのになあ、と頭の片隅で思いながらも、一応作ってもらったことに感謝し、口をつける。


「…………」


味が全くなかった。

本当に米を煮立たせただけだったのだ。

佳境に入ってきました。

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