第5話
「…………」
あまりにも突拍子もない話だった。
「君を襲ったやつらを覚えているか?」
問われ、咄嗟にあの異形たちのことを思い出す。
「やつらは歴史修正主義者を名乗る者が生み出した刀などの付喪神だ」
「…………」
付喪神と言われ思い浮かぶのは、あのふた振り…和泉守兼定と陸奥守吉行だった。
そういえば彼らはあれからどうしたのだろうか。
話を聞いていたつもりだったが、どうやら考えの方に意識が向いてしまっていたようだ。
土方が話をするのを一旦止める。
「目を覚ましたばかりで、こんな話をすべきではなかったか」
何を勘違いしているのか。
一方的に話を打ち切り、また来ると言って彼は病室を出ていってしまった。
「…………」
とは思うものの、やはり目を覚ましたばかりなのだろう。
しばらくすると猛烈な睡魔が襲ってきた。
抗うすべもなく、再びまどろみの中へと沈んでいった……。
夢うつつの状態のまま一体何日過ごしたのだろうか。
土方はたまに病室を訪れ、様子を確認して帰っていく。
あのふた振りの事を聞いてみたいが、声を出すことはいまだにできないでいる。
「…………」
部屋の中に人の気配を感じ、重たい瞼をゆっくりと押し上げる。
自分をじっと見つめる男がそこにはいた。
墨染色の和服を纏った男だ。
誰だろうと、ぼんやりしながら見つめていると、男が口を開いた。
「あの時に死んでおけば、苦しまずに済んだのにな」
その声に覚えがあった。
いや、覚えなどではない。
自分に問とっては身近な存在だったはずだ。
男の正体に思い至ると、目を見開いて飛び起きる。
「…………」
名を呼ぼうとするも、声を出すことができない。
眉根を寄せ、喉元に手をやる。
「技を行使して喉をやられたか」
「?」
目の前の男の顔を仰ぎ見た。
男は口元に笑みを浮かべ、ゆっくりと両手を広げる。
「なぜ知っていると? お前も薄々気付いているだろう?」
言った直後、結界が二人を中心に張られるのを感じとった。
「?!」
いつの間にか部屋の中には、男の背後に、あの異形達が数体潜んでいたのだ。
「最後にお前の顔を見ることができてよかったよ」
不意に男が満面の笑みを浮かべた。
その瞳に狂気の色が浮かんでいるのが見え、戦慄する。
記憶の中の男は、自分に対して甘く、そして優しかった。
それは歳が離れているせいでもあったのだろう。
幼い頃からよく膝の上で歴史書を読み聞かせてくれていたのを今でも覚えている。
とにかく男は日本史が好きで、大学は勿論のこと、大学院までいった程だ。
だが、数年前に突如として行方知れずとなった。
「殺れ」
無慈悲な一言が耳に突き刺さる。
男が身を翻すと同時に、異形達が一斉に得物を抜き構えた。
「っっ」
咄嗟にその背に向けて声をかけようとしたが、声は出ない。
中途半端に出された手が握り込まれる。
男の姿は、そのまま扉の向こうへと消えた。
次の瞬間、それを待っていたかのように異形達が襲い掛かってきた。
「!」
反射的に体が動いた。
ベッドから転げ落ちるように下りた直後に、ベッドは真っ二つに破壊された。
そのまま転がりながら異形達から距離をとる。
声も出ない今、助けを呼ぶ方法もない。
いうなればこの状態は、絶体絶命というものなのだろう。
しかし、不思議と死の予感はなかった。
どちらかというと、助かる予感の方が強い。
大丈夫だ、と自分に言い聞かせ、異形達を見据えながら立ち上がる。
両手を翳し、声を出せない代わりに心の中で彼らの名を呼んだ。
結界が張られた直後より、彼らの声が聞こえていた。
名を呼べ、と。
名を呼べば、どこにいようと傍に行くことができる…。
自分はその言葉を信じた。
名を呼んだ瞬間、結界を貫いて何かが降り立つのを感じた。
桜吹雪が乱れ舞う中、立ちあがったのは二人。
「ようやく名を呼んでくれたか」
羽織をはためかせ、異形達へと向き直るのは和泉守。
その表情は満面の笑顔だった。
名を呼ばれたのに満足しているのだろう。
「奴らはわしらに任せちょけ」
対して一歩下がって、側面の敵へと視線を向けたのは陸奥守だ。
こちらは拳銃を手にしている。
「しっかし、こんな場所まで出張ってくるとは思わんかったのう」
間合いをはかりながらぽつりと呟きを漏らす陸奥守は、一線を越えた異形に対し、発砲した。
発砲音が轟き、空気を揺らす。
「主は狙われる理由に心当たりはあるがか?」
「…………」
問われ逡巡するも、首を横に振る。
狙われる理由は一つ。
それは……。
声を出せない状態でよかったと胸を撫で下ろした。
そして、昔からの癖に感謝した。
“付喪神と会話することができる”という特殊な力を持っていたおかげで、喜怒哀楽といった感情を無意識に隠すことができる。
その為、自分がついた嘘に彼らは全く気付いていないだろう。
「陸奥守」
こちらに背を向けていた和泉守が声を上げた。
「とにかくやつらを散らすぞ」
それが戦闘開始の合図だった――――