第4話
「まずはてめえからだ!!!」
刀を構え、走り出した和泉守は、すぐさま異形一体の胴を薙ぎ払った。
薙ぎ払われた異形は、声も上げずに霧散する。
「…………」
くらくらする頭を押さえながら起き上がり、彼が次々と異形を倒してゆくのをぼんやりと見つめる。
何が起こったのかはわからなかったが、恐らく青年の言う“刀に宿る付喪神に人身を取らせる”技が成功したのだろう。
「これも頼む!」
再び声が掛けられ、青年が再び何かを投げてよこした。
慌てて受け取ると、またもや刀だった。
「和泉守兼定だけでは心許ない。それにも力を与えてくれ」
「じゃあ、あなたは?!」
そうだ。
青年はこの刀を使っていたのだ。
手放すということは、丸腰になるのではないだろうか。
だが、その心配をよそに、青年は笑みを浮かべて見せる。
「私にはこれがあるから大丈夫だ!」
と見せたのは拳銃だ。
「それよりも早く、それを!」
そう言うと再び駆け出してゆく。
改めて投げ渡された刀へと視線を落とす。
周囲には敵はいない。
「…………陸奥守吉行…?」
和泉守兼定の時と同様に意識を集中させれば、脳裏に銘が浮かんだ。
「あなたはあの坂本龍馬の愛刀だったんですね」
元主を想う強い心に、自身の心を揺さぶられながらも、彼を顕現させるべく深く意識を集中させる。
再び体から燐光が舞い、それが桜吹雪と化した。
今度は刀をしっかりと見つめ、言の葉を紡ぐ。
「ともに戦ってください」
次の瞬間、刀は桜吹雪の中に溶け込み、人身を取る。
彼が陸奥守吉行だ。
表情は、こちらに背を向けている為見えないが、一番目を惹いたのはその髪型だった。
和泉守兼定は癖のない髪をしているのに対し、陸奥守吉行は癖の強い髪だ。
また動きやすさを考慮しているためか、足元もすっきりとしている。
「おんしが新しい主がか?」
問いかけを投げかけられ、改めて陸奥守吉行へと視線を向ける。
「主……?」
「自覚はないようじゃの。まあ詳細はわしらよりも、あそこで戦こうとる政府の人間に、後から聞く方がええきに」
肩越しに振り返ってにっかりと笑みを浮かべて見せる。
その手には銃が握られていた。
「ほいたら、いくぜよ!」
陸奥守はそう宣言すると銃を構え、狙いを定める。
狙いを定めたのは一秒も見たない時間であり、すぐさま引き金を引いた。
轟音が空気を震わせ、弾丸が異形の一体を貫く。
「…………」
彼らが次々と敵を倒してゆくのを見ながら、ほう、と溜息をついた。
それとともに全身の痛みが強くなる。
自身の体を見下ろすと、そこかしこに裂傷やら擦過痕ができているのが見えた。
かなり激しい戦闘であったが、これだけで済んだのは僥倖というものなのだろう。
ぱた…ぱた…
紅い何かが服に滴り落ちてくる。
手で拭うと、それが血だとわかった。
どこかを切ったのだろうかと思って、頭に手をやっても血は出ていない。
首をかしげている間にも、滴り落ちてくる血の量が多くなってきた。
「っっ」
突然襲ってきたのは、激しい痛み。
肺腑を突き刺すような、呼吸すら満足にできないような痛みだ。
痛みに呻き、呼吸をしようと咳き込んだ。
途端、喉元にせりあがってきたものが吐き出される。
びしゃ、と地面を斑に染めたのは鮮血だった。
驚きに目を見張るも、こらえきれず何度も血を吐く。
「主?!」
血を吐いたのに気づき、駆け寄って来ようとする和泉守。
その姿を、意識が朦朧とする中で認め、大丈夫だと言おうして、意識が途切れた―――
次に気付くと、記憶にない立派な部屋のベッドの上だった。
ここが自宅の自身の部屋ではないことは、ベッドにいるという時点でわかった。
ぼんやりと天井を見つめながら、今まで何をしていたのかを思いだそうと眉根を寄せる。
そこへ、扉が開いて黒のスーツに身を包んだ青年が入ってきた。
「ああ、目が覚めたか」
青年はそう言うと、ベッド脇に設置されていた押しボタンを押す。
僅かな時間差で、女性の声がし、青年は、彼が目が覚めたので医者を寄越してほしい、と告げているのが聞こえてきた。
その会話の内容で、ここが病院であることがわかった。
ただ、窓側は薄いカーテンで閉め切られており、外の様子を窺い知ることはできない。
「手術は必要なかったようだが、しばらくは絶対安静だそうだ」
「…………」
声を出そうとしたが、出るのは空気の音だけ。
「技の行使の反動で声帯をやられてしまったのだろう。肺の方は時間遡行軍の攻撃のせいだな」
まあ、どちらもそのうち治るだろう。
さらりと他人事のように告げる。
「ああ、申し遅れた。私は内閣府時間遡行取締局に所属している土方だ」
土方と名乗った青年は、至極まじめな表情だった。
「恐らく君とそう歳は変わらないだろうから、敬語は不要だ」
「…………」
時間遡行取締局とは、近年作られた組織であり、その名の通り“時間”に干渉することを取り締まる部署である。
それよりも、何よりその名前が気になった。
土方。
あれが夢でなければ、自身が一番最初に顕現させた刀の付喪神の元持ち主が、土方という名前だった。
その子孫か。
そんな心の声を知ってか知らずか、枕元の椅子に座っている土方は、その間にも話を続けている。
そこへ、ようやく医師と看護師数名が部屋へと入ってきた。
そこから状態の確認やらが始まり、その間は話が途切れた。
10分程して医師たちが部屋から退出すると、土方は再び椅子に座る。
「さて、満身創痍の君にこんな話をするのは心苦しいが、こちらも時間がないんだ。単刀直入に言おう」
部屋に入ってきたときと同じ、至極真面目な表情で口を開いた。
「物の心を励起し、付喪神として顕現させる技を持つ、君の力が借りたい」