第3話
私にとって付喪神という存在は、幼い頃より身近であった。
その為なのだろう。
家の者からは、常日頃より言動に気をつけるよう言い聞かされて育った。
「受け取れ!!!」
まさに異形の得物が振り下ろされようとした瞬間に、誰かの声がし、何かが投げ込まれる気配がした。
手に取ったのは刀。
しかも百年以上は経過している、付喪神が宿った刀だと瞬時に理解した。
だが、その瞬間にも得物が振り下ろされる。
「!!」
咄嗟に一振りの刀を横に構え――――
得物同士が火花を散らし、激しくぶつかり合った。
「ぐっっ」
思わぬ力の強さに、膝をつく。
このままでは押し切られてしまう。
そう考えた瞬間、脳裏に“死”という文字が浮かんだ。
だが。
誰かが横合いから異形に体当たりをしたのを見た。
「?!」
異形も驚いたのだろう。
受身を取ることができないまま、吹っ飛んだ。
「さっさと立て! ここで死にたくはないだろう!!」
ぼんやりとする間もなく、無理やり手を取られ、立たされる。
立ち上がらせたのは、黒のスーツに身を包んだ青年だった。
その手には、一振りの刀が握られている。
その刀にも付喪神が宿っている気配を感じた。
「…………ええ、と」
これはいったい。
聞きたいことがありすぎて、思考が止まってしまう。
「話は後だ。私が時間遡行軍を食い止めている間に、それを顕現させてくれ」
青年がそう告げた。
「顕現?」
「君は付喪神と話をすることができるのだろう? その力を極限まで高めて与えてやれば、刀に宿った付喪神に人身をとらせることができる!」
その会話の間にも次々と異形たちが襲い掛かってくる。
それを時には手にした刀を使ってあしらいながら、青年が続ける。
「奴らを斃せるのは同じ付喪神だけだ! 時間がない! 急げ!!!」
人であるがために、その力は無尽蔵ではない。
それに……。
彼はそう言いたいのだろう。
だが……
「そんなことはでき―――」
「できないとは言わせない!」
また一体、叩き伏せる。
その間にも、次々と異形達が中空から現れてくる。
「君がこうして時間遡行軍に襲われているのは、奴が君を敵だと認識したからだ!」
「………奴…?」
上空が不意に陰った。
視線を上げると、異形が一体、背後に立って得物を上段に構えているのが見えた。
それが振り下ろされると同時に、咄嗟に横へ飛んでよける。
目標を見失った得物が地面をえぐり、盛大にアスファルトや土塊を飛ばした。
「っ」
アスファルトの破片が体に当たり、痛烈な痛みを感じる。
そこへ別の異形が得物を振り下ろしてきた。
それを間一髪、横に転がってよけた。
だが、このままでは体力を消耗してしまうだけだ。
他に何かいい手立てはないものか。
青年の方へと視線を滑らせると、彼の方も手一杯だという事がわかった。
「………力を高めて与えれば…………」
手にしている刀へと視線を落とす。
意識を刀へと集中させれば、刀の銘とともに、その刀の元の主が辿ったであろう歴史が脳裏に浮かび上がった。
和泉守兼定
「最後の主は……新選組副長・土方歳三」
三百年以上も昔の日本・幕末期に活躍した新選組。
その副長が持っていた銘刀が和泉守兼定。
刀身から伝わってくる和泉守兼定の想いが、自身の心を大きく揺さぶる。
まるで“彼”がこの身を……乗っ取ろうとしているかのようだ。
「………っっ」
彼の想いに同調してしまいそうになった意識を無理やり引きはがす。
その時、背後に殺気が感じられて、慌てて今度は前へと跳んだ。
その直後、大きな音がしてアスファルトが弾け飛んだ。
「うわっっ」
弾け飛んだアスファルトの破片が背中などに当たり、前のめりに倒れ込む。
そこへ再び別の異形が得物を振り下ろした。
咄嗟に身を反転させると刀を構え、得物を受け止めた。
それを見た青年が、離れた場所から駆け寄ろうとしたが、異形に阻まれて駆けつけることができずにいた。
なんとか得物を受け止めたものの、さすがに押し返すほどの余裕はない。
焦る心を何とか落ち着け、再び刀に意識を向ける。
再度意識を向けると、今度は刀が何かを叫んでいるのが聞こえてきた。
「……ならば、ともに戦いましょう」
言葉の意味を理解し、口の端を持ち上げた。
そうして意識を研ぎ澄ます。
目の前に敵はいるものの、今はまだ力が拮抗している状況だ。
いける。
確信を持った。
すぐさま、自身の中にある力を一つに集約するイメージを作り、次第にそれを凝縮させてゆく。
ふわりと燐光が舞った。
燐光は次第に強く輝き、桜吹雪へと化す。
桜吹雪が刀を飲み込んだと感じた瞬間、手の内にあった刀の重さがなくなった。
「重いって言ってんだろ!!」
聞き覚えのない怒声が響き、同時にのしかかってきていた敵が後方へと吹っ飛ぶ。
自身と敵の間に誰かが割って入ったのが見えた。
だがその姿恰好は、現代のものではなかった。
祖父や祖母がTVでよく観ている時代劇の、その中で着用されている衣装によく似ている。
ただ……特徴のある羽織には見覚えがあった。
浅黄色に白のだんだら模様……
刀を手にした時に流れ込んできた、元主である土方歳三がいた新選組の隊服だ。
「やい! てめえら!!」
その声に、異形達は勿論の事、スーツのいたるところを斬り裂かれつつも奮戦していた青年も振り返った。
「よくも舐めた真似してくれたな!」
どうやら彼はかなり立腹しているようだ。
それもそうだろう。
何度も打ち下ろされた得物を受け止め続けていたのだから。
「てめえら全員、ぶっ殺してやる!」
これが、私が“和泉守さん”と呼ぶ、和泉守兼定との出会いでした。