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第2話

「そんな顔をしなくてもいいでしょう?」


手を伸ばして、陸奥守の片頬を摘まんだ。

そのまま横へと引っ張ってやる。


「ほら、笑ってみてください」

「や……やめっ」


引っ張られ続ける陸奥守は、困った表情でなされるがままだ。

だが、痛いのだろう。

僅かに腰が引けている。


「少し疲れが出ただけだと薬研も言っていましたし、大丈夫ですよ」

「ほうか……」


その言葉を聞き、安心したのだろう。

陸奥守の肩から力が抜けたように思えた。


「しっかし、主は無茶をするきらいがあるからのう」

「そうですか?」


とりあえず今までの所業とやらを思い返してみるも、無茶をしたという記憶はない。

気が済んだのか、頬を摘まんでいた手を離し、布団の中へと戻す。

その布団を、陸奥守は甲斐甲斐しく肩まで引き上げた。


「わしらが何遍言うても聞く耳持たんかったじゃろう」

「…………ああ、そういえば…」


そんなこともあった気がする。


「ほんに、主は―――」


その時だった。

狐のような生き物が、何もない中空から突如として現れたのだ。

審神者の補佐的な役割として、政府から与えられた“こんのすけ”である。

重さを感じさせることなく畳の上に降り立ったこんのすけは、首についた鈴を鳴らしながらその場に礼儀正しくお座りした。


「お加減が悪いところ失礼します」

「また政府からの出陣命令がか?」


眉根を寄せた陸奥守が、首を垂れたこんのすけに、そう問い掛ける。


「いえ」


その問いかけに首を横に振り、審神者へと視線を向ける。


「政府の専任担当者から私的な入電が入っていますが、読み上げても?」

「…………何というか、その私的な、というところが想像しやすいんですけどね…」


恐らくは、倒れてる暇はない、とか…薬研にすぐ効く薬を開発させろ、とか、そういう類の内容なのだろう。


「あの人もどんどんと注文を付けてくるようになりましたね……」


最初の頃を思い出し、なんとなく遠い目になった。


「ほんじゃ、主。わしは席を外すきに」


私的な内容であることに遠慮したのか、陸奥守が腰を上げた。

襖を開けて出ていく彼に、言伝を頼むべく口を開く。


「和泉守さんに、心配はいらないと―――」

「ああ」


承知していると後ろでに手を挙げ、その姿は廊下へと消えた。

パタン、と襖が閉じられ、階下へと降りてゆく足音が聞こえる。


「では、こんのすけ。内容を読み上げてください」


仰臥した状態のまま、伝えた。


「では、読み上げます」


そう前置きして、こんのすけは内容を一字一句忠実に読み上げたのだった――――。






「以上となります」

「…………」


感想は何もない。

ただただ今は、深いため息をこぼしたいくらいであった。


「審神者様。大丈夫ですか?」


ぐったりとした審神者を見かね、こんのすけが首を傾げながら尋ねる。


「具合が悪くなったようであれば、薬研藤四郎を呼んできますが?」

「いえ……大丈夫です」


あまり彼らに心配をかけさせたくないのが本音である。

ただ……その私的な入電の内容に、強烈な一撃を喰らったのは事実。


「…………これが夢であったならどれだけよかったか……」


ぼそりと呟き、布団を頭から被る。

だが、これだけは忘れずに言う。


「こんのすけ。ありがとうございました」

「いえ。これも仕事の内ですから」


では失礼します、と言うとすぐさまその姿は宙に掻き消えた。

不思議な生き物だと今でも思う。

いや、生き物なのだろうか。

人語を解し、人語を話す。

そして前足で器用に操作パネルを使いこなすのだ。

こんのすけと出会ったのは、結界内に建設された本丸という場所に来てからだった。

最初は野生の狐がいるな、と思っていただけだったが、いきなり人語で喋りはじめたものだから驚いた。


「それにしても……」


誰もいなくなった部屋の中、布団から顔を出しながらぽつりと呟きを漏らす。


「どうしてあの人は、あんなことを平気で言ってくるんでしょうか」


聞かなかったことにしてしまいたい衝動に駆られるのを押し殺した。


「また何か言ってきたみたいだな」

「ええ、そうなんですよ…………は?」


思わず言葉を返し、途中で気付く。

声のした方へと視線を向けると、何時の間に襖が開いていたのか、そこには和泉守が立っていた。


「陸奥守から聞いた。あの坊ちゃんから私的な入電が入ったってな」

「いまだにあの人の事を坊ちゃんと呼ぶのは、あなたくらいなものですよ」


本人に聞かれたら、また何を言われるか分かったものではない。

だが、和泉守が彼の事を快く思っていないのは知っていたため、これまでもこれからも何も言うまいと決めている。


「ふん」


鼻を鳴らした和泉守は、どかりと腰を下ろした。


「後で薬研が胃腸にいいものを持って来るって言ってたぞ」

「…………薬研は本当に手が器用ですからね」


薬研が来るまでは、といつになく遠い目になっていたようだ。

その頃のことを思い出したのか、和泉守がばつの悪そうな表情をしてそっぽを向いた。






そう……あの頃は本当に大変だったのだ。

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