第1話
私が生まれた時代は、過去の世界を覗く事ができる程に科学発展を遂げており、史実は事実であったり、捻じ曲げられた真実であることが次々と解明されていくような時代であった。
その為、時の政府は過去すべての時代において監視の目を光らせていた。
過去を覗き見できるようになれば、その過去を修正したいという輩が現れることを危惧していたからだ。
そして、それは現実となってしまった。
“歴史修正主義”を掲げる者が現れたのだ。
その者は、無銘の付喪神を次々と顕現させ、過去へと送り込んだ。
付喪神たちの目的は……歴史の要を抹殺する事。
例えばの話。
その者たちによって抹殺された人間の子孫たちはどうなるのか。
想像すれば容易いことである。
歴史から消え失せるのだ。
その痕跡すらも、最初から存在していなかったかのように。
政府はその事実を知り、大いに戦慄したという。
そして対策会議を連日連夜執り行い、私という存在に辿り着いた。
その頃の私は普通の学生であった。
勿論、普通の、というわけではないのだろう。
とある家系に生まれ、生まれつき付喪神と会話することができる能力があるだけだ。
ただそれだけだった。
太刀を持った異形達に襲われたのは、“歴史修正主義者”という言葉が世間を賑わせはじめた頃だったと思われる。
降って湧いたかのように突如として現れた彼らを前に、何も持たない私はなすすべもなかった。
今思い返してみれば、この“私”という存在が、歴史修正主義者にとっては特に邪魔な存在だったのだろう。
「…………」
意識が浮上したのに気づき、瞼をゆっくりと押し上げた。
視線の先の梁が、僅かに歪んで見える。
「…………あ、れ…?」
声を出そうとして、失敗する。
どうやら咽喉の調子が悪いようだと気づいた。
布団の中で、昨日やったことを思い返してみた。
と、その時だった。
部屋の外から、襖越しに声が聞こえてきた。
それは和泉守と同じ時期に顕現させた、もうひと振りの方だ。
彼も、やはり元主の性質や影響を色濃く受け継いでいるのだろう。
朝からでもテンションがやたらに高い。
「主ぃ~?」
しかし、いつまで経っても返事がないのを訝しんだのか、声の主の語尾が疑問形になってくる。
そこへ別の声が割り込んでくる。
「おい! お前、なにやって――」
大声を出そうとしたのだろうが、途中で声が聞こえなくなった。
どうやら起こしてしまう事に気付いて声量を咄嗟に落としたのだろう。
だが、その後も二人は声を潜めて話し込んでいる。
ぼんやりと二人のやり取りを聞いている内に、どうやら熱が上がってきたようだった。
思考がまとまらなくなってきた。
そんな時だった。
廊下とを隔てる襖が静かに開き、隙間から和泉守と陸奥守の顔が覗き見えたのだ。
「まだ寝ちょるんか」
「…………いや…」
ホッと胸を撫で下ろす陸奥守に対し、和泉守はその表情を徐々に険しくしてゆく。
「主」
静かな声音で呼びかけられ、反射的にそちらの方へと視線を向けてしまった。
視線の先にいた和泉守の視線と合ったような気がした。
このような時の和泉守には、嫌な予感しかしない。
慌てて起き出そうとしたが、その前に和泉守に頭を押さえつけられてしまう。
「うわっ」
何時の間に、と考えるよりも思わず情けない声が出た。
だが、そんなことには構わずに、和泉守は容赦ない力でぐいぐいと押さえてくる。
「体調を崩してる奴は、おとなしく寝とけっ」
「しかし、これでも私は―――」
「問答無用!!」
何か言わなければと口を開こうとした次の瞬間、和泉守の容赦ない一撃が落ちた。
肩口に痛みが走ったと感じた直後に、意識が遠くなり―――――
気付いた時には、すでに日が傾きかけていたようだ。
障子に夕日の赤い光が当たり、部屋の中は次第に暗くなってゆく。
「よお、大将」
のんびりとした声が枕元から聞こえ、そちらの方へと視線を向けた。
「………薬研…」
「寝る間を惜しんで仕事をするのはいいが……いや、厳密に言うと良くはないが」
彼は、周辺に置いてあった治療道具を片付け始めながら、語る。
「倒れられたら困るのは誰だかわかってほしいものだ」
薬研藤四郎。
最初のふた振りを顕現させた後に、政府の人間から助言され、顕現させた内のひと振りだ。
この助言というのがまた理由のわからないもので、審神者という職業柄、必ず必要になってくるからさっさと顕現させておけ、だったかと思われる。
ただ、この助言には続きがあった。
それに、君の性質上の考慮も入れてだが。
いまだにその助言の続きが謎なのである。
この意味を知っているのは、恐らくはその場にいた和泉守と陸奥守だけだろう。
「とりあえず熱は下がったようだが、今夜だけはおとなしく眠っていた方がいいと思うぞ」
道具を片付け終えた薬研がそう言って立ち上がった。
「…………忠告、ありがたく受け取っておきますよ」
「ん」
彼が部屋から退出すると、入れ替わりに陸奥守が入ってきた。
今までずっと部屋の外で待っていたのだろう。
彼も存外、心配性だったようだ。
枕元に歩いて来ると、腰を下ろす。
「…………」
彼が何を言おうとしているのか、容易く想像できた。