序
2017年7月より本放送が始まる『活撃 刀剣乱舞』。
著者が、第1話先行上映会を見てから思わず書いてしまった話となります。
ふと瞼を上げれば、太い梁が薄暗い闇の中、ぼんやりと見えた。
溜息をつきながら、布団から起き上がる。
そこはいつものようにがらんとした……殺風景な部屋であった。
「…………また、あの夢ですか…」
最近は見ることのなかった夢だ。
「っ……」
胸にちくりとした痛みを感じ、軽く眉根を寄せる。
しばらく深くゆっくりとした呼吸を繰り返すと、その痛みは治まった。
この胸の痛みの原因は、自分でもわかっているつもりだ。
障子戸へと視線をやれば、わずかに明るかった。
布団から出て、障子戸を開ける。
視界に飛び込んできたのは、星が降ってきそうなほどの満天の夜空と、煌々と照る月であった。
その美しさに、思わず息をのむ。
「そうか……。ここは政府が作った結界の中…」
自分が今、どこにいるのかを思い出し、唇を嚙みしめる。
約半年程前に、自分はとある事情により、政府に保護された。
その時は満身創痍で、喋ることも、ましてや立ち上ることすらもできなかった。
そんな自分に、政府の要人は告げた。
【付喪神を操る術を持つ、君の力が借りたい】
そして知らされた。
自分の知る者が歴史改変に加担していることを。
現在、その者の行方はようとして定かではない。
自分の手へと視線を落とす。
「政府の人間も私を買いかぶりすぎですよ。私は付喪神を操ることなどできやしないのに…」
溜息をつきつつ、視線を戻そうとして、止まった。
誰かに見られていることに気付いたのだ。
再び視線が動く。
「よお、主」
思わぬほどの近さから、名を呼ばれた。
慌てて声の方へと視線を向けると、屋根の上にすらりとした人影が立っているのが見えた。
「どうしたんだ? 体調が悪くてまた眠れねえのか?」
心配する風でもなく、面白がっているような声音に聞こえる。
「そういうあなたはどうしたんですか? 和泉守さん」
外へ出ると手すりへと寄りかかり、そう声をかける。
「確か昨晩も夜中まで屋根にいましたよね?」
「…………そこは気付かない振りをするところだろーが」
彼の性格は十分すぎるほど知っている。
ぶっきらぼうに見えるが、その実は懐に入れた者には甘い。
確かに昨日は体調が優れなかった。
しかし、周囲には上手く隠し通せたはずだった。
「体調が悪いって正直に言えば、あいつらだってわかってくれるだろうが」
月を背にしている為、表情を読み取ることができない。
だが、その声音が想像をたやすくしてくれている。
彼は今、ぶすくれた表情をしているだろう、と。
ちなみに彼の言う“あいつら”とは、政府の人間の事だ。
「まあまあ、落ち着いてください」
「本当、主は人がよすぎるのが玉に瑕だな」
和泉守が屋根の上を歩いて端近へと寄ってくる。
「まあ、それも含めての主なんだろうが」
「あなたにそう言われると、少し複雑な気がしますが……」
苦笑を漏らしながらも、彼が自分のことを心底心配していることは分かった。
このままここにいてはますます心配をかけかねないだろう。
そして、再び寝込んでしまった場合には、もれなく半日以上の小言がついてくる。
……あれはつらい。
…………寝込んだ際の小言は、非常につらい。
先日のことを思い出し、思わず遠い目になる。
「ん? どうした?」
こちらの表情を読んだのか、和泉守が問うてくる。
「いいえ、なんでもありません」
にっこりと笑みを浮かべて見せ、彼の肩越しに見える月へと視線を向けた。
「今夜はいい月が昇りましたね」
「あ……ああ、そうだな」
彼も肩越しに振り返って、月を仰ぎ見た。
改めて彼の姿をまじまじと見つめる。
彼の名は和泉守兼定。
自分が最初に顕現させた内のひと振りだ。
《一人》ではなく《ひと振り》としたのには理由がある。
彼が人ではなく、刀の付喪神であるから。
「そろそろ寝ます」
和泉守の背中にそう声をかけた。
「そうか」
彼の視線がこちらへ向く。
「間違っても腹出して寝たりはすんなよ」
「誰かさんと違って、私は寝相がいい方ですから」
吹出しそうになりながらも、そう言い返してやれば、彼が頬を膨らませたのが分かった。
「では、おやすみなさい」
そそくさと部屋へと戻る。
その後も、しばらくは彼の気配が屋根の上から動く事はなかった。
布団に潜り込み、薄ぼんやりと闇の中に浮かび上がる梁を見上げながら、明日のことを思う。
明日はどのような日になるだろう、と。