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輪廻転生  作者: 香月薫
第4章
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第92話  割れたカップとソーサー1

 セルリアン王宮の、広大な庭園の一角にある白い東屋に、藤のかごをしっかりと抱え、リーシャが沈痛な足取りで辿り着いた。

 寄り道せず、まっすぐに足を運んだ。


 アメスタリア国でも、広大な敷地である王宮に、リーシャが逃げ込める場所など限られている。

 顔を上げれば、すぐ近くに侍従や侍女、ボディーガード、貴族たちの姿が見て取れ、誰かの存在をすぐさまに感知できたのだった。

 一人になれる場所など、ほとんどない。


 この白い東屋は、頻繁にラルムと会う場所であり、互いに、この美しく静かな場所で、写生をして過ごした場所だった。

 そして、誰にも知られず、一人になりたい時に使う、逃げ込む場所だ。


 白い東屋の周囲に、季節の花々が植えられており、今にも妖精が、顔を出すような雰囲気を匂わせている。

 だから、写生のイメージを、膨らませられる空間が気に入って、たびたび訪れ、白い東屋で描いていたのだった。


 大理石でできている椅子に腰掛け、太ももの上に、籐のかごをそっと置いた。

 一つの大きな嘆息を零した。

 その顔は、今にも泣きそうなくらいに、歪んでいる。


 視界に映るのは、元には戻せない、哀れな欠片たち。

 まるで、パズルのピースのように、いくつにも割れていたのだ。


 右手で、一つの欠片を取り出す。

 もう一方の手で、隣接する欠片を探し出し、合わせてみた。

 描かれていた模様と、ぴったりと符合する。

 だが、手を緩めると、瞬く間に二つに分かれてしまう。

 そこで、もう一度、小さな嘆息を漏らした。


「やっぱり……、くっつかないか」

 両手に持っている欠片と、籐のかごの欠片たちに、視線を落とした。

 決して、蘇ることができない代物。

 脳裏に、鮮やかな原形が映し出されていた。

 二度と、その形は戻ってこない。


 唐突に、決まった挙式に、間に合わせるために、時間が少ない中で、丹精込めて父ポルタが絵付けしたカップとソーサーだった。

 新婦が用意する品物を、すべて王室で揃えて貰い、ポルタたちは、何も用意するものがなかったのである。

 その最中に、嫁に出す娘のために、少しでもできる、ささやかな結婚祝いのプレゼントだったのだ。


 手に持っていた欠片が、零れ落ちるかのように、籐のかごへと吸い込まれていった。

 陶器と陶器が当たる、虚しい響きが木霊する。


「元に、戻せないのかな」

 籐のかごを持つ手に、力がこもる。

「リーシャ」

 背後からの声に、こもる力が緩んだ。


 咄嗟に、瞳の涙を拭き、笑顔を作って振り向く。

 見慣れた優しい笑顔のラルムが、立っていた。


 王宮に、王太子夫妻が戻る時間帯を踏まえ、王妃エレナのお見舞いと称し、ラルムは王宮に顔を出したのである。

 王太子夫妻が住まう仮宮殿近くや、リーシャが足を伸ばしそうな宮殿の近くを回ったり、庭園を歩いて、リーシャの姿がないかと捜していたのだった。

 会えないかもしれなくても、自然と、足は探し回っていた。

 いくつかの場所を歩き、ようやく何度か会っている白い東屋で、姿を見つけることができたのだ。


 振り向いた顔を見た途端、泣いていたことに気づく。

 うっすらと、涙の跡が残っていたのである。

 その前から、何かあったことは察しができていた。

 うな垂れている背中を、見つけた瞬間からだ。

 何度も、落ち込んでいる姿を、目にするたびに、自分の不甲斐なさを後悔していた。


(僕に力があったら、こんなことにならないのに……)


 けれど、表情に、そんな思いが隠れていることを見せない。

 会えた喜びで、心をいっぱいにし、気持ちと表情を、瞬時に切り替えて覆い隠す。


「何かあったの? リーシャ」

「……」

「話してみて。少しは、ラクになるかも知れないから。僕には、聞くことしかできないけど?」

「何でわかるの? ラルムには隠し事は無理ね」


 すぐに、自分の気持ちを、感じ取ってくれる居心地のよさに癒される。

 気持ちが通じるラルム。

 何度も助けられ、どうしてアレスとは違うんだろうと、巡らせてしまう。

 気持ちが通じ合えばいいのに、そうすれば、きっとこんなことにはならないのに……と、無謀と思える願いを抱くのだ。

 互いに、似たもの同士の思考に、気持ちがラクになっていく。


「落ち込んでいること?」

 視線が彷徨った後、コクリと頷いた。

 心配をかけたくないのだ。

 いつも心配かけているのに、これ以上は、ダメな気がしていた。


「顔に、描いてあるから」

 自分の顔を、両手で触り始めるリーシャ。

 そんな無垢な姿が好きで、笑顔でいてほしいと願う。

「で、何があったの? 僕には言えないこと? だったら、聞かないけど」


 勢いよく顔を横に振る。

 話せない訳でない。

 いつもケンカし、その愚痴を聞いて貰っているのだから。


「違う……」

 口が重い素振りが気になる。

 沈む顔を覗き込むように窺った。

 そして、籐のかごに、入っている陶器の欠片も気になっていたのだ。


「アレスと、またケンカ?」

「うん……」

 返事しただけで、黙り込んでしまった。


 ケンカの原因を思い起こすと、心に、グサリと、突き刺さるのを憶えた。

 そのせいか、話すことを躊躇っていたのである。

 そんな様子を、敏感に感じ取り、話題を切り替える。

 これ以上、落ち込んでほしくなかった。


「そうだ。イルたちが、心配していたよ」

「イルたちが?」

 伏せていた顔を上げ、迷いもなく、ラルムの顔を窺っていた。

 つい数日前に、会ったばかりの、懐かしい友達の名に、心が浮き立つ。


「課題の油絵、遊んでいて、描けていないんじゃないかって」

「えっ! それは……」

 一瞬、勢いに任せて、立ち上がりそうになり、そして、口ごもる。

 瞬く間に、曇よりと、落胆の色が浮かんだ。


「できてない?」

「う……」

 実際に、課題の油絵は仕上がっていない。


 いろいろと忙しかったり、気分が乗らず、別な油絵を描いたりし、提出期限が切れている課題の油絵に、取り掛かっていなかった。

 結婚前は、提出期限ギリギリで、いつもどうにか提出していたが、結婚して、日々忙しくなるようになってから、提出期限を守れるどころか、いつも遅れて、出すようになっていたのである。

 担当の教師からも、催促されていた。

 けれど、まだほとんど描き上がっていない。

 下書きを、ようやく終えたところだった。


 渋面の顔を見て、クスクスと笑い始める。

 笑われているのがわからないと、覗き込むように顔を近づけた。

「んっ? どうして笑っているの?」

「だって、引っかかるから」

「えっ?」

 まだ、笑っているラルム。


「……騙したの」

 ようやく、騙されていたことに、気づいたのだった。

 それまで、真剣にどうしようかと、徹夜して終わらせようかと、考えあぐねいていたのだ。


 可愛く、口を尖らせた。

 そんな微笑ましい姿に、小さく笑う。


「イルたちが心配していたのは、ホント。課題の油絵じゃないけどね」

「……そう」

「うん」

 いったん外した視線を、口角を上げているラルムに傾ける。

「課題だって、やろうとは思っているのよ。でも、何かと、忙しくって」

「わかっているから、大丈夫。先生にも、何かと忙しいと話してあるから、少しは、大目に見てくれると思うよ」

 何気ない気遣いに、感謝しても仕切れない。


(アレスには、ない気遣いよね。アレスにもあったら、どんなにいいか……)


「ホントに? いいって、先生が?」

「はい。でも、急がないと、不味いからね」

 じっと、翡翠の瞳を窺っている。

「わかった」

「手伝うことは、あるかい」

「……そうだな……、今度の数学の小テスト、どこ出るか、ポイント教えて。元々、成績よくなかったのに、また落としそうなの……。だから、何とか、点数を上げとかなきゃ」


 連日のパーティーや、公務の行事の参加、ハーツの訓練に、お后教育の勉強、課題の油絵など、やらなくてはいけないことがたくさんあって、数学などの一般科目まで、手を伸ばせなかった。

 リーシャの成績は、下降を辿っていたのだ。

 同じようなことをしているにもかかわらず、アレスとラルムの一般科目の成績は、常に上位をキープしている。


「いいよ。僕でよければ」

「ありがとう。そうだ、パパから、聞いた話だけど、パパって、元々医大に行っていて、頭がよかったんだって。全然、知らなかったよ、だって、パパったら、話してくれないんだもん。全然、想像がつかない、そう思わない?」

 メイ=アシュランス子爵邸で、聞いた話の顛末を語ったのだ。


「医者だったの?」

 軽く、瞠目しているラルム。

 何度か、ポルタと対面したことがあった。

 だが、医者のイメージが描けない。

 とても温和で、のんびりしているイメージが強いため、全然、想像がつかなかった。


「医者にはならなかったみたい。血がダメで」

「血が? 確かに、医者が、血がダメだと、ダメだよね……」

 まだ信じられないといった顔だが、そんなラルムに気づいていない。

 そのまま、話を続けていく。

「そうでしょ? 致命傷よね」

「う、うん」


「何で、医大に行ったのかな?」

「そうだね。でも、それほどに、行きたかったんじゃないのかな……」

 どこか、あやふやな返答しかできない。

 あれ以来、両親たちと、きちんと話せていなかった。


(おばあちゃんと、同じ道を歩みなかったからかな? ……よくわからないな)


「血がダメだって、わかっていたなら、最初から、医大なんかに、行かなければよかったのに。そう、思わない? パパって、ホント、のん気なんだから。それでね、絵付け職人になっただって、最初から、絵付け職人になっていれば、よかったのにね」


(血がダメだって、わかっていて、どうして医大を受けたんだろう……?)


 同じように、ラルムも疑問を抱いていた。

「へぇー。面白い経歴だね」

 ある意味で、感心していた。

 人は、見かけによらないと。

 どうしても、白衣を纏ったポルタの姿が照らし合わなかった。

 ダイニングルームで、お茶を飲んでいる情景しか浮かばない。


「聞いた時は、ユークも、私も、びっくりしたんだから」

 目を大きく見開いてみせる姿に、クスッと、笑みが零れる。

「何となく、想像できる」

「ホント?」

「うん。アレスも、驚いていたんじゃないのかな」

 何気なく、口にするラルムに促され、その時のことを、思い出していた。

 医大に通っていた事実に驚かされ、あまりアレスの顔を、見ていなかったと気づく。


(驚いていたのかな……)


「普通だった気がするけど……」

 徐々に、アレスのことを考えていたら、先ほどの諍いを思い出し、顔を曇らせていった。

「リーシャ?」

 俯いてしまった顔を上げ、自嘲気味にリーシャが笑ってみせた。

「ケンカしちゃった。また」


 何も言わず、ラルムはただ頷いてくれた。

 それを皮切り、ケンカの一部始終を語り始める。

「アレスったら、酷いのよ」

 隣にいるラルムでなく、まっすぐに前を向いていた。

 そして、できるだけ、軽快に装っていたのだった。


「パパが、結婚のお祝いに、絵付けしてくれたカップとソーサー割っちゃって、挙句に、謝らないで、同じものを探せばいいだろうって」

「アレスが、そんなこと、言ったの?」

「うん。酷くない?」

「酷いね」

「確かに、同じ絵柄のものがあるかもしれない、でも、その時のパパが思いを込めた気持ちは、戻ってこない。そうでしょ?」

 明るい調子は長く続かない。

 話していくうちに気持ちが沈み、声音が、それに比例するように小さくなっていく。


「そうだね」

「たった一言、ごめんが、言えないの」

「……」

「ホント、アレスって、バカよね」

「……リーシャ……」

「その時、謝っても、たぶん許せなかっただろうけど……、ごめんと言って貰えば、少しは違ったのにね」

 哀しい顔を上げ、そのまま笑った。


 痛々しい表情に、ラルムの心は締め付けられるように痛む。

「王太子としての立場を重んじるように、育てられたから……、だから気にしないで」

「王太子も、大変なのね」

 さらに、哀しく笑う。


「見せて」

「んっ?」

「籐のかご」


 籐のかごを受け取って、割れ具合を自分の目で確かめた。

 見事と言っていいほどに、綺麗にかごの中で、散乱している。


「どうするの? このままかごに、入れておくの?」

 この後のことを尋ねた。

 上手くいくかわからないけど、ラルムには秘策があった。


「どうしようかって、思っている」

 捨てろと言われたが、どうしても、捨てることなんてできない。

 けれど、このままにしておくにも、無理があるような気がして。

 そこで、思考が止まっていた。


「だったら、少しの間、貸してくれる?」

「いいけど、どうするの?」

「ちょっとね」

 割れた欠片が入ったかごを、ラルムに預けたのだった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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