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輪廻転生  作者: 香月薫
第4章
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第91話  帰宅後の憂鬱2

「誰も来るな。二人だけにしろ」

「……」


 命令されては、誰も下がるしかなかった。

 王太子であるアレスに、逆らう人間はいない。

 それに、何事も逆らえぬほど、アレスの表情が冷たかったのだ。


 部屋に入っていき、完全に二人だけになった。

 不安が拭えない。

 何度も、廊下の方へ、視線を巡らす。


 さすがに、この状況で、二人になりたくなかった。

 助けを求めるように、見つめていた。

 無頓着なリーシャでも、危機感を抱いていたのである。

 でも、素直に身勝手なアレスに、謝りたくなかった。

 その仕草が、さらにアレスの癇に障っていたとは知らずに。


 何度も、視線を侍従や侍女たちが、控えているだろうと思えるドアへ注いでいる。

 いつでも対応できるように、少し離れた場所で、ウィリアムたちが控えていたのだ。


(何で、すぐに折れちゃったのよ……)


 命じられれば、ウィリアムやユマたちは下がるしかない。

 わかっていても、止めてほしかった。


「一人で、行くつもりだったのか」

 咎めるような声音に、怒りが収まらないのを感じている。

 怯えた顔を覗かせながら、アレスの方へ傾けた。

 でも、まともに、見ることが叶わない。

 伏し目がちに、訴えていた。

「だって……、会いたいの」


「ダメだ」

 不快感を滲ませながら、吐き捨てた。

 理不尽な返答に、恐怖の色が褪せていった。


 冷たく、冷え切っている氷柱が、リーシャの心の中に立っていく。

 願いを拒絶するたびに、何本も突き刺さっていった。


「どうしてよ……」

「立場を弁えろ。リーシャ」

「立場……」

 うんざりする響きに、顔を曇らせる。

 その言葉は、聞きたくなかった。

 最近、よく耳にしていたせいもある。

 アレスからも、ユマからも、それに、セリシアからもだ。


「お前は、王太子妃なんだぞ。勝手な真似ができると、思っているのか、自覚を持て」

「……」

「自覚が、足りなさ過ぎる」

「だって……」

 反抗の態度を崩さない。

 身勝手なアレスに、むくむくと、対抗心が育っていったのだ。


「今後……」

 挑むかのような眼差しを、アレスに注いでいる。

 それに対し、アレスも揺るがない確固たる意思を傾けていた。


「勝手に、両親に会いに行こうとするなら、あれは使えないようにするぞ」

「な、何で、そんなことするのよ」

「いやなら、勝手に、両親の元へ行こうとするな」

 無謀なことをしでかす恐れがあったために、脅迫して押さえ込んだ。

 時間をかけ、説得する気がなかった。

 すぐにでも、思い止まらせたかったのだ。


「ひ、ひ、酷いよ」

「酷くはない、命令だ。必要最小限の移動しか、許さない」

 はっきりと、言い放った。


 烈火のごとく、リーシャの胸が熱くなっていく。

 だが、頭の中は、凍えるほど、寒くなっていったのだ。


「許さないって、そんなのないよ」

「常に、ボディーガードを傍につけさせて、行動範囲を狭める」

 容赦ない言動が続いていた。

「横暴よ。そんな権利、アレスにはない」

「横暴だと? 僕のどこが、横暴なのだ。ただ、義務を果たしているに、過ぎない。勝手に、振舞われて、恥ずかしい思いをするのは、夫である僕だ。そうさせないために、夫として努力をしているだけだ。それすら、わからないのか」

 意地悪い笑みを、アレスが覗かせていた。


「私は、私よ。私が決める」

「できるとでも、思っているのか? 動かないようにする、それは可能なことだ。リーシャ、忘れたのか? 僕は、この国で、二番目に偉い王太子だ。だから、僕には妻であるリーシャの行動を、自由に決める権利がある。これで、僕は恥をかくこともなくなる」

「人の心よりも、アレスは体面が、大事なのね」


 徐々に、悲しくなっていくリーシャ。

 人の思いよりも、何よりも品格や体面を気にする王室。

 そんな王室が、非常に重かったのである。


「当たり前だ」

 まっすぐに、視線がアレスに傾けられている。

「僕に、恥をかかせるな。これ以上の恥を、かかせられれば、アカデミーには行かせない。ここで、お后教育をして貰う。ここに訓練場もあるし、困らないだろう」

 冷酷な言葉を浴びせた。


「……酷い。酷いよ、アレス」

「そうなりたくなかったら、王太子妃らしく振舞え」

「……」

 睨み合う両者。


「バカ」

「何とでも言え。僕の意志は、変わらない」

 揺るぎない決意が漲る視線となって、傾けられている。

 結婚して間もなくても、リーシャは理解できた。


(絶対に譲らない……。こういう時のアレスは)


「……」

「絶対に、使うな」

 死刑を告げられたかのような響きに、身体がフリーズしている。

 黙ったままでいるリーシャを睨み、くるりと、身体を回転させ、きびす返した。

 荒々しい所作で、アレスが立ち去ろうと歩き出すと……。


 小さな卓に軽くぶつかってしまい、上に置いてあった二組のカップとソーサーが落ちる。

「!」

 二組のカップとソーサーが、跡形もなく、割れてしまった。


 一人で、部屋にこもっている際に、飾ってあった場所から出し、眺めていたのだった。

 片づけないで、部屋を飛び出してしまった。

 それが、割れてしまったのだった。


 立ち止まっているアレス。

 胡乱げに、割れたカップとソーサーの残骸に視線を落としている。


 呆然としているリーシャだった。

 咄嗟に、駆け寄ることができない。

 あまりの出来事に。

 頭の中が、割れた衝撃で、真っ白になっていたのである。


「……あ……」

 やっと、自分の半身を失ったような顔で、駆け寄っていった。

 立ち尽くしているアレスを押しのけ、跡形もない欠片の前で、崩れ落ちるように、ぺしゃりと座り込んだ。

 一生懸命に、散り散りになった欠片を拾い、くっつけようとしている。

 割れたものが、くっつくはずがなかった。


 アレスの立ち位置から、リーシャの表情がよく窺えない。

 割れているものを直そうとする思考が、アレスに理解できなかった。

「何をしている? 侍女を呼んで、片づけさせろ」

「……」

 か細い呟きに、アレスは聞き取れない。

 訝しげに、見下ろしている。


「何を、言った?」

「……捨てるの?」

「使い物には、ならないだろう」

 当たり前の現状を、簡潔に述べた。


 リーシャが、傷ついたことも知らずにだ。

 結婚前に使っていたものを、全部持ってこられなかった。

 こちらで、すべて用意してありますと、言われてしまって。

 過去の思い出に、浸れる数少ない代物だったのだ。

 二組のカップとソーサーは。


「……パパから貰った、結婚のお祝いなのよ」

 表情を垣間見ようとするが、髪が邪魔し、窺うことができない。

「だから、何だと言う? 割れたものを飾るのか? 部屋の装飾に、合わないだろう? お前本当に、美術科専攻なのか? 美意識が問われるな」

「……」


(そういう問題じゃないのに……。結局、私とアレスとでは、育った環境が、あまりにも違うから、分かり合えないのかもしれない……。……何で、こんなに悲しいんだろう)


 いっこうに下を向いたまま、リーシャは顔を上げようとはしない。

 じっと、集めた欠片の一部を抱え、座り込んでいる。


(いつまでそうやって、座り込んでいるつもりだ?)


 割ったことに対し、多少の罪悪感を憶えていた。

 けれど、沈んでいる様子に、そこまでする理由がわからなかったのだ。


 面倒だなと、一つの長い息を吐いた。

「いつかは、割れるものだ」

「……」

「同じものを用意させる。これでいいだろう」

 これで解決したと言った声だ。


 何の反応も、示さない。

「……」

「おい。聞いているのか?」

 かける声が、乱暴に変わっていった。


 早く、顔と声が、聞きたかったのである。

 そうして、何かを確かめたかったのだ。

 だが、何を確かめたいのか、アレスはわからなかった。


「これ……、パパが絵付けしてくれたものなの」

 呟くような小さな声だ。

「だったら、似たようなものを探させる」

 伏せていた顔を上げ、鋭い双眸で睨めつける。

 憤慨している顔を、見入っていた。


「これは、世界でたった一つしかないものよ。どうして、それがわからないの?」

 視線を外さず、何事か把握できないアレス。

 そんな姿を、まっすぐに捉えているリーシャだった。


「パパが、私たちの結婚のお祝いに、心を込めて、一生懸命に、絵付けしてくれたものなの」

 ただ、リーシャを見下ろしている。

「もう二度と、同じものがないものなの! 心のこもっているものを、アレスは割ってしまったの! パパが、ひと筆ひと筆、心を込めて、描いた思いを、割ってしまったの。それなのに、同じものを用意させるですって! パパが、その時に思いを込めたものは、その時でしかないのよ。……二度と、戻ってこないの。何で、わかってくれないの!」

 最後の方は、大粒の涙を流していた。


 呆然と、アレスは見ているしかできない。

 どう対処していいのか、純粋にわからなかった。

 割れたもの、壊れたものに対し、何の興味も、これまで抱いたことがなかった。

 何の感慨を抱く前に、周りの侍従や侍女たちが、片付けていったからだ。


 静かに、リーシャは立ち上がり、小さな籐のかごを持ち出し、残骸の欠片を、一つ一つ拾い上げ、その籐のかごに入れていった。

 その一部始終を黙って、アレスが眺めている。

 拾い集めると、リーシャは何も言わず、部屋から出て行ってしまった。

 その後ろ姿を、引き止めないで、ただ見送っていた。


 思い描いていた情景にはならず、リーシャを喜ばせるどころか、怒らせたり、泣かせたりし、逆の方向へ、進んでしまったのである。

 けれど、それを止める術を知らず、ただ黙って見ているしかできない。



読んでいただき、ありがとうございます。

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