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輪廻転生  作者: 香月薫
第4章
97/439

第90話  帰宅後の憂鬱1

「はぁ……」

 ソファに、どっかりと座り込んで、大きな嘆息を零した。


 自分の部屋に、リーシャ一人しかいない。

 誰とも、談笑する気すら起こらなかった。

 ただ、遠くを眺めている。


 たった一泊しかできず、家族とのささやかな団欒が、あっけなく終えてしまったのだ。

 ケンカ中の相手アレスと共に、自分たちが住まう仮宮殿に戻っていたのである。

 憂鬱なことを思い出し、顰めっ面し、さらに気分の悪さを味わっていた。

 二人で宿泊していた部屋で、言い合いをした記憶が蘇っている。


「アレスのバカ……」

 萎むような呟きを漏らした。

 普段と変わらない、ケンカだったのかもしれない。

 だが、ずっとリーシャの心を縛り、痛みを与え続けていた。


 今回のケンカの原因は、恋しいと思いを馳せる両親のことで、全然リーシャの思いを知ろうとも、触れようともしない、アレスの無神経さに、怒りの矛先があったのである。

 でも、時間が経つに連れ、アレスと言う存在が遠くに感じていた。

 そのたびに、哀しくなって、侘しくなって、気鬱な気分を膨らませていたのだ。


 メイ=アシュランス子爵邸からの帰りの岐路で、互いに無言を通していた。

 言い合いをし、部屋を飛び出していったまま、リーシャは庭園をあてどなく歩き、一人で過ごし、帰る時間まで潰していたのだった。

 ケンカしたばかりのアレスと、一緒の部屋にいたくなかった。

 それに、不安定なままで、ユークたちと顔を合わせる自信がなかったのだ。

 泣き言が湯水のごとく、溢れ出てしまいそうで。


 帰る気がしないまま、ユークたちと別れ、車に乗り込んだのである。

 重苦しい空気が、悶々と、車内に漂っていた。

 狭い車内で、どす黒い暗雲が立ち込めていたのだ。


 いつもとは違う雰囲気に、運転手やボディーガードが、何度もバックミラーで、発生源である後部席の二人の様子を窺っていたのである。

 その顔は、居た堪れなさが滲んでいた。

 でも、腹の虫が収まらないリーシャが、気づくはずがない。

 いつものように、黙っているアレス。

 だが、全身から放たれる負のオーラを、纏っていた。


 隣に座るリーシャは、そんな状況に陥った際にも構わず、常に話しかけていたはずだった。

 けれど、同じようなオーラを放出させながら、口を固く結んで、一言も発しようとはしない。

 普段とは違う意味で、状況が飲み込めない、運転手とボディーガード。

 車内に、居場所がなかった。

 互いに視線を、チラッと合わせる。

 願いは一つだった。

 早く仮宮殿についてほしいと。

 そうしなければ、窒息死しそうなほど、空気が息苦しかった。


 定刻通りに、二人が乗った車列は、仮宮殿の前へ到着した。

 陰鬱な状態のまま、自分たちの部屋に戻っていったのである。


 クララたちに着替えを手伝って貰い、そして、着替えを済ましてから、ひと時の休憩を、まんじりとしない気分のまま、リーシャが過ごしていた。

 お后教育の予習も、復習も、美術科の課題の油絵も、ハーツマニュアルを読むこともしてない。

 ただ、やる気がないまま、時間を費やしていたのだった。

 大好きな居眠りすら、したいとは思わなかった。


 侍女たちを、無理やり退室させたので、誰も残っていない。

 とにかく、一人になりたかった。


 さらに、大きな嘆息を吐いた。

 もうすでに、何度目かわからないほどだ。

 政略結婚を決意してから、ずっと我慢してきたある思いを、どうにか止めている。

 だが、それが一気に外れたかのように、心の奥底から、家族に会えない寂しさが溢れ出していた。


(自分で、決めたこと。ここにいなくっちゃダメ、絶対にダメ……)


 何度も、堰止めようと試みるが、止まる気配がない。

 ここから逃げ出したくって、堪らなかった。

 次々に、制御を失った噴水のように溢れ出す。

「家に、帰りたい……」

 我慢し、飲み込んでいた思いを、結局、呟いてしまった。


 つくづくダメな自分に、がっくりと肩を落とす。

 結婚前に住んでいた家に、帰りたくって、どうしようもない。

 心が激しく、家族の温もりを求めていたのである。

 顔を合わせ、触れ合っていたのに、王宮の住人になって以来、両親にも、弟のユークにも、自由に会うことも叶わずにいた。

 でも、この状況下に置かれている立場を考えれば、帰れないことも、痛いほど理解していた。


(パパ……、ママ……)


 伏せていた視線を、僅かに上げる。

 注がれる視線の先は……。


 部屋の外、さらには奥へと、意識が飛んでしまう。

 瞳に浮かぶのは、ただの壁……。

 そこの場所は、秘密の通路の入口だった。


 アレス以外、誰も知らない場所だ。

 以前に、アレスと二人きりの時に見つけ、何度も、迷路のように入り組んでいる秘密の通路を、二人で開拓し、探検した場所だった。

 思い出深い場所だ。


 その秘密の通路を使い、深夜に厳重な警備を掻い潜り、王宮を抜け出し、治安の悪い裏街まで、こっそりと足を伸ばしたこともあったのだった。

 たくさんの思い出が、詰まった場所。

 アレスと、繋がっている場所でもあった。

 ふと、探検したこと、二人で王宮を抜け出した思い出が蘇っていた。

 とても楽しかった記憶の断片である。


「全然わかんないな。アレスって、どんな人なの?……」

 ひじ掛けに腕を置き、頬杖をする。

「あの時は、よかったのに……」

 無表情に佇むアレスを、遠くに感じるほど、その表情は物憂げになっていく。


 わかりたいと願っているのに、わからない。

 手を伸ばそうとすると、その手を払って、どこかへ行ってしまうのだ。

 そう感じると、暖かいものを求めてしまう。

 二つの幻影……。

「パパとママに、会いたいよ……」


 両親の温もりが恋しくって、恋しくって、しょうがない。

 二人に、強く抱きしめて貰いたかった。

 大丈夫だと……。

 温もりを求めていた。


(あの秘密の通路を、使えば……)


 一心に、その方向へ、熱い視線を注ぐ。


(誰にも知れずに、ここから……)


 突然、勢いよく立ち上がった。

 意識しないままに。

 自然の流れに身を任せるように、ドアノブに手をかけ、ドアを開けて、一直線に飛び出していった。

 目指すゴール目掛け、一心不乱に、その歩みを進める。

 そのゴールの手前で、いきなり立ち止まった。

「リーシャ」


 両親のことしかなかった頭が、現実へと引き戻った。

 背後から、アレスによって、呼び止められたのだ。


 廊下を歩いているリーシャの姿を見かけ、よからぬことが起こる予兆を憶え、アレスが呼び止めたのだった。

 普段だったら、そんな真似は決してしない。

 ただ、興味がないとばかりに、見過ごしていただろう。

 厄介ごとに、巻き込まれるのが、いやだったからだ。

 けれど、一瞬だけ垣間見えた顔が、どこか遠くへ行きそうな気配を匂わしていた。

 だから、自分でも信じられないままに、声をかけたのである。


「どこへ行く?」

 冷たい声音のせいで、ビクッと、身体を震わせていた。

 立ち止まっている元へ、鷹揚な足取りで辿り着く。

 そして、虚を突かれた顔を覗かせている前で、立ち止まった。


「どこへ行くと、尋ねた。なぜ、答えぬ」

「……えーと、あの……」

 激しく翡翠の目が泳ぐ。

 酷く、考えあぐねいでいたのだ。

 この場を、やり過ごせる言い訳がないかと。


 辛抱強い器量は、アレスに備わっていない。

 待てぬとばかりに、乱暴に噛み付く。

「答えられないのか!」

「別に、そんな訳じゃないけど……、ただ……」

 そう答えながら、何かを彷徨う目をしていた。


 連想できる思惑に、拳を握り締めたい衝動を抑える。

 常に、冷静にして置かなければと、心の声が訴えかけていた。

 狼狽が隠せないリーシャ。

 気づかれないように、小さな息をアレスが吐く。

「……ただ、どうした? この先には……あれがあるな」

「……」

 逃げ場を失っていく状況。

 ワナワナと、リーシャの唇が震えている。


 知られたくなかったことを、知られてしまったのだ。

 ばつが悪い表情に、イラつくアレス。


(何か、言い繕うこともできないのか? こいつは)


「散歩でもあるまい、何をしている」

 自分でも気づかぬうちに、語気が強まっていた。

 冷静になれと言う心の声が、小さくなっていたのだ。


(勝手に抜け出す真似は、絶対に許せない)


 見下ろす眼光に、冷たさがこもる。

 逃がすつもりがないと。

 意思にそぐわぬまま、結婚した相手だが、自分の所有物なのである。


「ただ……ブラブラと」

「嘘を言うな」

 ビクッと、冷たい響きに、身体が動く。

 懸命に策を講じようとするが、頭は真っ白だ。


「別に、嘘だなんて……、ただね、ちょっと……」

「この先に、あれがある。あれを、使おうとしていたな」

「ま、まさ……」

「黙れ!」

「……」

 気圧され、言葉が出てこない。


 誰に、話を聞かれているかわからないので、秘密の通路のことは、決して言葉に出さなかった。

 あれと言って、やり取りしていたのである。

 現段階では、二人しか姿がなかった。

 けれど、仮宮殿にも、多くの侍従や侍女が出入りしている。

 いつ何時、姿を見せるのか、わからない状況なのだ。


 何度か、口を開きかけるが、すぐに口が閉ざしてしまった。

 険が含む眼差しに、居た堪れない。

 それほど、眼光鋭い視線を、アレスが巡らせていたのである。


「言ったはずだ。あれを、一人では使うなと」

「……」

「遊ぶためか」

「違う、そんなんじゃない。パパとママに、挨拶できなかったから……」


 懇願するように、冷え切ったアレスを見上げる。

 両親のことを口にした途端、険の鋭さが身を隠し、冷たさが増していた。

 その表情に怯え、口を固く結んでしまう。


「やはりな。一人で行こうとしていたな」

 誘導尋問に引っ掛かり、しまったと言う顔を滲ませている。

 以前に、一人で使うなと、強く約束させられていた。

 二人で秘密の通路を、探索した際に、リーシャが何度も迷子になった経緯があったからだ。

 背後からついてくるようにと、言われたにもかかわらず、それを忘れ、赴くままに足を進めていって、アレスとはぐれてしまったことがあった。


 咄嗟に、リーシャの腕を、強く掴む。

「な、な、何するの?」

「……」

 さらに、掴む手に力がこもった。

 見下ろす目は、酷く怖い。

 冷淡、そのものだ。


「来い」

 引きずるように、強引に引っ張って、歩き出すアレス。

 少しでも、秘密の通路から、遠ざかりたかったのだ。


「ど、どこに行くのよ」

「うるさい。黙っていろ」

「ア、アレス……、は、は、離してよ」

 抗議するが、聞く耳を持たない。


 秘密の通路とは、違う方へ、歩みを進めていた。

 無理やりに、引っ張っていく先は、リーシャの部屋だった。

 やめてと訴える声に、耳を貸さず、騒ぎを聞きたてたウィリアムや、ユマたちが、何事かと、次第に集まってくる。

 これまで見たことがない光景だ。

 ただ、ユマたちは戸惑い、すぐに次の対応を取れずにいた。


 憤慨している様子のアレスを諌めようと、口を開こうとするが、アレスは他の者たちを封じるために、先手を打つ。

「誰も来るな。二人だけにしろ」

「……」

 威圧する眼光も、忘れない。

 誰一人として、逆らう者がいなかった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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