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輪廻転生  作者: 香月薫
第4章
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第89話  メイ=アシュランス子爵邸に訪問5

 深い眠りから僅かに醒め、ゆっくりと、完全に覚醒していない重い身体を、ベッドからノソノソと起こした。

 ぼーとしまま、身体が前後左右に揺れる。

 ユマたちお付の侍女が、これまでリーシャを起こしていた。

 だが、一人で目覚めるまで、眠りに落ちていたので、起こされる前に起きたと、徐々に顔が綻んでいく。

 そんな表情は、すぐに消えてしまう。


「……ここは……、どこ?」

 見開かない薄い目で、見慣れない光景を眺める。

 これまでの部屋と、違っていたのだ。

 首を傾げ、何度か、瞬きを繰り返す。

「また、移動したんだっけ?」


(どうしたんだろう? ユマたちが来ないな……)


 起こしにこないことを、不審に感じる。

 毎日のように、寝起きの悪さのために、起こされていたからだ。


(ユマたちが寝坊? あり得ないな、それは。……じゃ、何で?)


 段々と、これまでの記憶が、覚醒していった。

 そして、アレスと共に、ユークの養子先であるメイ=アシュランス子爵邸に、宿泊した記憶が呼び起こされていったのだ。


「あっ、そうだ……。パパたちに会いに来たんだった……」

 ようやく見慣れない光景に、合点がいった。

 寝起きの悪さのせいで、すっかり飛んでいた。

 両親や弟と会えた記憶に、頬が上がり、ニンマリと微笑んだ。


 まだ、呆然としている頭を、隣のベッドに傾ける。

 ベッドの中身は、もぬけの殻で、寝ていたはずのアレスの姿が、どこにもない。

 眠れないかもしれないと、不安を抱いていたが、いつの間にか、寝息を立てて、深い眠りに陥っていったのだった。


(意外と、眠れるものなのね……)


 素朴な感想を、抱いたのである。

 慣れないことに緊張し、眠れないと思い込んでいたのである。

 それが、両親に会えたことで、ぐっすり眠ってしまったのだった。


「いない……。どこにいっちゃったんだろう?」

 静かな雰囲気に、部屋のどこにもいないことを感知した。

 いつも一人で行ってしまうアレスに、冷たい風を感じずにはいられない。

 置いてかれるから探し、腕を取ろうとしても、すり抜けられてしまうのだ。

 掴めそうで、掴ませてくれないのが、アレスだった。

 それが、とても寂しく悲しかった。


 靄が取れた頭で、時計を確かめる。

「!」

 それは、ありえない時間だった。

「嘘!」


(アレスがいなくても、当たり前じゃない)


「何て時間なの! 九時過ぎてるじゃないの……」

 普通に暮らしていた際は、少し寝過ごしたかと、思う時間帯だが、王宮で過ごすようになり、朝早くから起こされていた身分にとっては、考えられない時間だった。

 結婚前の生活では、十時、十一時過ぎまで、惰眠をしていたが、結婚して以来、生活スタイルが、がらりと変貌してしまった。


 恐ろしい時間に、すっかり頭の中が、冴え切っている。

 脳裏にある女性の姿が、しっかりと描かれていたからだ。

 この場に、ユマの姿があったならば、それは鉄仮面の形相で、立っていたに違いない。

 ジリジリと、鬼気迫る恐怖が、目覚めたばかりのリーシャを襲った。

 いないとわかっていても、ちゃんとしなければと言う意識が働く。


 飛び起き、真っ先に部屋から出ようとするが、夜着のままだったことに気づく。

 見るからに、挙動不審の動きだ。


「着替えなくっちゃ」

 着替えようと、自分の服を探す。

 着替えが、どこにあるのか、わからない。

 最近は、侍女たちが用意してくれていた。

 そのせいもあって、結婚前までは自分のことは、自分でしていたはずなのに、その場に立ち往生し、あたふたと戸惑うのだった。

 これまで、できていた日常生活が、本人も気づかぬうちに、苦手になりつつなっていった。


「どこ? 着替えは」

 どうにか、着替えを探し出して、着替える。

 簡単に、身支度を確かめてから、勢いよく階段を、駆け下りていった。


 両親や弟の姿を捜し、部屋と言う部屋を開け、隈なく探していく。

 部屋に、誰もいないと知った途端、軽くショックを受けた表情になった。

 諦めきれず、次の部屋にいると、意気込んで入っていったのだった。

 残り少なくなったある一つの部屋で、ユークとシエロが楽しげに談笑していたのである。


「パパと、ママは?」

 息を切らせながら、問いかけた。

 表情の半分は、ホッとした顔だ。


「帰ったよ」

「えっ……もう?」

「……うん……」

 一気に沈んだ顔に、ユークの返答が鈍い。

 心苦しさが、あったからだ。


「どうして?」

「パパの仕事だよ」

「パパの?」

「よくわかんないけど、たくさんの仕事が入ったらしく、忙しいみたい。朝早くから夜遅くまで、仕事をしているみたいだよ」

「そんなに?」


「会うたびに、忙しいって言ってる」

「珍しいね、パパの仕事が、忙しくなるなんて」

「そうなんだ。それで、ママと一緒に帰っていったよ、朝早くに。……姉ちゃんのこと、起こしてくるよって、言ったんだけど、せっかくだから、寝かせてあげなさいって、ママが言うから……、だから……ごめん」

 姉を気遣い、ユークなりに、一生懸命、両親を引き止めたのだった。


「それじゃ、しょうがないよ」

 無理に、笑ってみせた。


 絵付け職人のポルタに、朝早くからの仕事に付き合う形で、カーニャも一緒に帰ってしまったのだ。

 ポルタの仕事は、皿などの食器類に、絵付けをする職人なのである。

 これまで仕事は忙しくなかったが、王太子妃の父親が勤めていると言うこともあり、急に仕事が舞い込んで、忙しくなったのだった。


 そんな忙しい中、急遽決まった王太子夫妻が、メイ=アシュランス子爵邸に泊まる日程に合わせ、無理やりに仕事の休みを作って、二人は駆けつけたのである。

 ユークにも知らせず、出て行く予定だったが、出て行く際に、珍しく早く目覚めたユークと鉢合わせしてしまい、姉のリーシャにも知らせようとするユークを、カーニャが制止させた。

 それは、後ろ髪を惹かれるだろうと思う親心だった。


 別な話題に切り替えようと逡巡し、落ち込むリーシャに話しかける。

「え……と、姉ちゃん、朝食は、どうする? 姉ちゃんだけ、まだなんだけど?」

「……食べる」

「わかった。うちのシェフの腕も、いいよ。楽しみにしててよ」

「そうなの」

「ああ。美味しいやつを頼んでくるよ」

「お願いね。楽しみにしてくるから」

 元気付けようとする弟に、笑顔を傾けた。


 弟の優しさを、無駄にしたくなかったのだ。

 それに同じように、両親と離れて暮らす弟に、心配をかけたくなかった。

 一人での朝食にはならなかった。

 すでに済ませたユークとシエロが、付き合ってくれたからだ。




 話が弾んだ食事も終え、滞在している部屋に戻っていくと、朝目覚めた際に、姿がなかったアレスが、いつの間にか戻っていた。

 一人用のソファに腰掛け、ただ外の風景を眺めていたのである。

 一人で朝食を済ませた後に、アレスは暖かなテラスで読書をして過ごし、部屋に戻ってきたのである。


「起きたようだな」

「うん。……パパとママ、帰っちゃったんだって」

 何気ない様子を装っていた。

 でも、声音で、沈んでいる様子がわかる。

 何で浮かないのか、それがアレスはわからない。

 それについて、理解しようとも思わなかった。


「知ってる」

「どういうこと?」

 意外な返答に、虚ろだった視線を、アレスに移したのだ。

 それに合わせるように、アレスも怪訝なリーシャを見据えていた。


 雲行きだけ、怪しくなったことだけ感じている。

「昨日の夜に聞いていた。先に帰るからと、挨拶に来た」

 端的に、ことの仔細を説明した。

 庭先で、リーシャとユークたちが遊んでいる間に、ポルタたちは、ひっそりとアレスに会いにきて、朝早くに帰る旨と、挨拶を行ったのだった。


「……」

 それがどうしたと言う顔で、唇を震わせるリーシャを眺めている。


(何も、感じてない顔……。私の気持ちもわからないの?)


 相手を理解しようとする、欠片もない、アレスを捉えている。

 一緒に暮らして共にいるようになり、少しずつだが、何となくそうじゃないかと思えるぐらいに、難しいアレスの表情を感じることができるように、なっていたのである。

 当の本人は、それすら、気づいていなかったのだ。


「……どうして、言ってくれなかったの?」

 冷静になろうとしているが、小刻みに声が震えている。

 こういうやつなんだと巡らせるが、色めく立つ感情が、上手く言うことが利かない。

「何がだ? お前は、何を言っているんだ?」

 何に、顔を曇らせているのか、困惑気味なアレスは、見当もつかない。

 ただ、憤慨していることだけは、表情や声で、判断したのである。


(なぜ怒っている? わからない、なぜなんだ……)


 首を傾げつつも、無視できず、目を離さないでいた。

 これまでだったら、興味が失せたと、立ち去っていただろう。

 けれど、知り合って、一緒に暮らすようになってから、目が外せなくなっていたのだ。


「おい。なぜ答えない」

「……」

 無神経な態度に、気持ちを抑え込むのは、難しい領域まで達していたのである。

 俯いていた顔を上げ、怒号を上げる。

「パパとママのことよ! 何で、帰るって知っていて、教えてくれなかったのよ!」

「知らなかったのか」


 爆発した怒りのせいで、僅かに驚きを見せる仕草に気づかない。

 そんな余裕なんて、なかったのだ。


「知らないわよ! 教えてくれれば、もっと、パパとママのところにいたのに」

「今日の午後には帰るんだ。たかだが、数時間の違いだろう」

 大したことはないと言う態度が、余計に悲しく思えて暗く沈む。


 窺うアレスからは、俯いて、前髪で隠れて、全然表情が読めない。

 怒声を上げる声音で、さらに怒っていることだけ、認識できたのである。


「……」

「リーシャ……?」

 黙り込む姿に、呼びかけた。

「……」

「おい」

 待っても、返事が返ってこない。


「理由を……」

「アレスには……、大したことはないかもしれない。でも……、でもね……私にとっては、とても大切なことなの……。……アレスのせいで、パパとママと話せなかったのよ! バカアレス!」

 語尾を、思いっきり力強く吐き捨てた。


 ようやく顔を上げた表情に、目を丸くして凝視している。

 その翡翠の瞳から、うっすらと涙が滲んでいたのだ。


(また、泣かせたな……)


 ずっと、その姿に見入っている。

「パパと、ママと、一緒にいたかったのに……」

 弟やシエロの前だから、不満や涙を零すのを、我慢していたのである。

 けれど、人の気持ちをわかろうとしない無神経さに、その張りつめられていた糸が、ぷつりと切れてしまったのだ。


 両親が帰ったと聞き、朝食を取る気分ではなかった。

 でも、気遣う弟に気遣って、明るく楽しげに、朝食を無理やりに口に運んで、喋っていたのである。

 無理に、無理を重ねていた。

 それをアレスの言葉で、破裂してしまったのだった。


「何で、帰しちゃうのよ、バカ」

「……」

「バカ、バカ、バカ」

 バカと、罵倒されても、瞬時に答えることができない。

 涙を流す姿に、見惚れていた。


 そんな思いを抱いているとは知らず、唇を噛み締める。

 頭の中では、アレスは悪くないとわかっていた。

 誰も悪くないと、わかっていたのである。

 でも、わかっていても、心が許せなかったのだ。


「バカアレス!」

 戻ってきた部屋を、リーシャが飛び出してしまった。

 その後を追うとはしない。

 ただ、呆然と、眺めているだけだった。




 我に返った途端、罵倒を浴びせられたことに、ようやく腹を立て始める。

 鋭く目を細め、飛び出していった扉を睨んだ。


(何が、バカだ。僕を誰だと思っている? 僕は王太子なんだぞ)


 結婚以前に、目の前で、罵倒されることは、これまでの人生でなかった。

 誰も、王太子であるアレスに、敬意を示していたのだ。

 胸のうちに、何か持っていたとしても、面と向かって、話す人間はこれまで出会っていない。

 でも、再会して以来、誰もしないことを、平然とするリーシャのことが、印象強く心の中に根付いていたのである。

 時に、腹立たしく思いながらも、それは新鮮なものだった。


「何で、バカと言われないと、いけない」

 顰めっ面で、口にするものの、心には涙を流す姿が、くっきりと焼きついていた。

 自分が悪いことをしたような気分を、味わっていたのだ。

「僕は、悪くないぞ。なのに、なぜこんな気分になる……」


 涙を流す光景を、目にするたびに、なぜか、罪悪感を抱く。

 悪いとは、思っていないのに。

 そして、そんなことを思わせるたびに、腹立たしさを募らせる。

 それと同時に、いろいろな顔を見てみたいと思ってしまう。


「悪くない。悪くない……のに、なぜだ……」

 両親との関係が、希薄なアレス。

 密な親子関係でいるリーシャと、両親の繋がりが、理解できない。

 だから、帰る挨拶を受けても、それを告げる真似をしなかった。


 先に帰るのかと、単純な感想しか、抱かなかったのだ。

 できるだけ一緒に両親といたい気持ちを、全然把握していなかった。

 両親と離れて暮らすのは、アレスの価値観の中で、当たり前だった。

 出て行った情景が、目の前で何度も、リプレイされていたのである。


(どこへ行った……)


 ふと、脳裏に嬉しそうに、ラルムからのプレゼントを受け取る光景が、映し出された。

 無邪気に喜ぶ姿に、贓物が、ギュッと握り潰されるような錯覚を憶える。

 ラルムと一緒にいて、楽しげに笑うリーシャの姿が、次々と蘇ってきた。

 様々な場面で、互いに笑い合っていたのである。

 どれも、これも、嬉しそうに、微笑む姿ばかりだった。


「……」

 痛みに堪えるような形相が、浮かび上がる。


(心が、乱れてはいけない。僕は王太子だ。誰に、見られているとも限らない……。平静を取り戻さなくては……)


 疼く心に、言い聞かせる。

 だが、次から次へと流れ込む映像を、止めることができない。

 振り払おうと、闘うが、コントロールを失ったように、流れ続ける。

 流れ込む映像は、すべてラルムとリーシャの仲睦まじいものばかり。

 王太子のいとこと、王太子の妻と言う関係を知らなければ、仲のいい恋人同士が、楽しげに触れ合っているように、見えるような風景だった。


「政略結婚とは言え、ルールは守れ……。でなければ、僕は……」

 冷たい顔が、そこにあった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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