表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輪廻転生  作者: 香月薫
第4章
95/439

第88話  別な場所では

 王宮から少し離れた場所に、海外から戻ってきたラルム親子が、三階建ての屋敷に住んでいた。

 この屋敷は、母メリナの実家が所有していたものであった。

 そこに、何年も海外で暮らしてきた二人が、戻ってきて、生活していたのである。


 母親と二人だけの団らんを終え、ラルムが自分の部屋に戻ってきた。

 広く、ゆったりとした部屋。

 そこに、絵や写真が、バランスよく飾られている。

 部屋の隅に書き終えた絵や、まだ描き途中の数点の絵が、整頓され並んでいた。

 そして、中央には、白い布で覆われた、描き途中の絵が置かれていた。


 貴族たちとの会食を取らず、メリナは屋敷にいたのである。

 可愛い息子と、久しぶりに一緒に食事を取るためだった。

 息子ラルムの地盤を固めようと、親しい貴族たちと、毎日会って、意欲的に優秀なラルムの姿をアピールしていた。


 少しばかり疲れた顔を覗かせながら、ラルムは写真立てに自然と視線を注ぐ。

 卓に、複数の写真立てが飾られていた。

 けれど、最近、注ぐ写真立ては決まっていた。

 リーシャとナタリーたちと、一緒に撮ったものだ。

 屈託のないリーシャの笑顔が、写っている。


 その写真立てを、手に取る。

 無意識に、頬が緩む。

 無邪気な笑顔が、頭や胸がいっぱいに溢れていた。

「リーシャ」


 穢れを知らない無垢な笑顔。

 ラルムは愛していた。

 見ているだけで、癒され、心が温かく感じるのである。

 それを、ずっと隣で見ていたいと、願っていた。

 ただ、それだけだった。

 だけど、その願望は、一瞬で崩れ去った。

 突然に、リーシャが、王宮に連れ去られてから。


 ふと、幼き日に、アレスと一緒に撮った、写真立てが視界に入った。

「アレス……」

 痛みを抱えながら、呟きが漏れた。


 写真立てを持つ手が、震えている。

 大切な陽だまりを奪ったアレスが、許せない。

 これが、初めて奪われたことではなかった。

 次期国王の座、そして、大切な存在を。


「なぜ? お前なんだ……、どうしてなんだ……」

 止め処ない嘆きが流れた。


 アメスタリア国の後継者は、シュトラー王の長男へと、受け継がれ、やがてその息子であるラルムへと続くはずだった。

 だが、後継者は、次男の息子アレスと、決まってしまった。

 順当に考えれば、長男ターゲスが受け継ぎ、そしてその息子であるラルムが継ぐと、誰しも思っていたはずだ。


 自分の子供に後を継がせず、それを跨いで、孫に継がせようとしたのである。

 それは誰しもが、逆らえることができない、シュトラー王の鶴の一声で決まったものだった。

 そのせいで、幼いラルムの人生は、大いに狂ってしまった。

 祖父シュトラー王と、父ターゲスは仲違いをし、自分たち一家は、海外で暮らす羽目になったのだ。

 その海外生活で、ターゲスは病魔に侵され、若くして亡くなってしまった。

 その意思を受け継ぐために、母メリナによって、ラルムは育てられたのだった。


 辛く、悲しい海外生活でも、幼き日に一度だけ出会ったリーシャの存在を、忘れたことがなかった。

 ことあるごとに、リーシャの笑顔が励みとなり、幼いラルムを、勇気付けたのである。

 そして、いつか大人に成長した後に、会いに行こうと決めていた。


 海外から戻って、クラージュアカデミーに、入学する日に、自分のことを忘れているリーシャと、偶然に再会を果たし、どんなに歓喜に溢れていたのか、言葉に言い尽くせないほどだ。

 そして、以前に、自分たちに会っていることを、話そうとしていた矢先に、シュトラー王の手の者《コンドルの翼》に寄って、忽然とリーシャは拉致され、アレスと結婚することになってしまったのだった。


 机の引き出しに、視線を注ぐ。

 そこには、期限が切れた美術展のチケット二枚が、保管されていたのである。

 拉致された日に誘って、行こうとしていた、悔しさが残るチケットだ。

 何もなければ、そこで、すべて打ち明けていた。

 それが、すべて狂ってしまい、こんな事態に、陥ってしまったのだった。


 写真立てを元に戻し、描いている最中のキャンバスに、足を伸ばした。

 そして、覆っている、白い布を取った。

 キャンパスには、微笑む女神を、モチーフにした油絵が描かれている。


 その女神に、熱い視線を注ぐ。

 女神の瞳の色は、吸い込まれそうな鮮やかな緑色をしていた。

 口角が、ゆっくりと上がっていく。

 愛しげなものを見つめる眼差し。


「もう少しで、完成かな」

 すると、スマホのバイブが鳴る。

 相手を確かめると、友人のルカだった。


「ルカ。どうかした?」

『こんな時間に、ごめん。寝てた?』

「いや。これから、課題に取り掛かろうとしたところ」

『邪魔?』

「いいよ」

『あのね……リーシャ、大丈夫かな? 両親や弟に会うんだし、大丈夫だろうけど……、何か気になっちゃって。だって、殿下も、一緒なんでしょ?』


 心配している声音で、どれだけ案じているのかわかる。

 これまでの生活と、天と地のほどある環境に、置かれている立場のリーシャのことを、案じていたのだ。

 普通の少女だった子が、いきなりに王太子妃殿下になり、周りの友達は、誰もが心配していたのである。


「さっきイルから、メール着ていた。同じ内容で」

『……そっか。イルも、心配していたのか』

 声音が、和らいでいった。

「温厚な人柄の人だって、耳にしたし、きっと大丈夫だよ」

『うん……。なんかさ、慣れないところで、大丈夫かなって。でも、家族がいるんだし、きっとのんびりした時間を、過ごしているんだろうね』

「そうだね」


 密かに、メイ=アシュランス子爵邸の様子を、窺いに行こうかと巡らしていたが、母メリナが在宅していたために、屋敷を抜け出すことが叶わず、部屋で、悶々とする気持ちを味わっていたのだった。

 メリナは、ラルムが抜け出してリーシャの様子を見に行く可能性も考え、出かけずに屋敷に止まって、見張っていたのだ。


『ごめんね。こういうこと、聞けるのがラルムしか、思い当たらなくって』

「いいよ。わかることで、話せることは、答えるよ」

『ありがとう。やっぱ、ラルムは優しい貴公子だね』


 心配している二人は、久しぶりに家族と一緒に過ごしている時に、メールや電話をして邪魔しては悪いと、直接かけられず、けど心配して、ラルムのところへかけてしまったのだった。

 明るさと、優しさが取り柄のリーシャが、厳格や品格を重んじている王室で、やっていけるのかと、ナタリーたちは不安を抱いているのである。

 だから、ことあるごとに、王室の関係者であるラルムに、大丈夫かと、確認していたのだ。


『ところで、ハーツパイロットは、大丈夫なの? これまでやったことのないことだから、何かやらかさないか、心配なんだけど?』

「いろいろと、憶えることがあって、大変みたいだけど、大丈夫。検査も、上手くいったし、問題はないよ。初めて経験することを、面白がっているよ」

『そう……。それならいい。……ごめん、こんな時間に』

「いや」

『じゃ、切るね』

「うん」


 切ったスマホを、テーブルに置いた。

 大丈夫と言ったものの、ずっと不安がられていた。

 大丈夫と言いながら、それは自分に言い聞かせていた言葉に過ぎない。

 誰もが、予想だにしていなかったリーシャの数値を知り、嫉妬や妬みが生じてリーシャに、危害を加えないかと、不安な想像が拭えなかったのだ。


 以前に、リーシャの数値は、ラルム自身、調べさせて把握していた。

 その際に、考えられない数値の高さに、驚いたものだった。

 そして、アレスと結婚させ、突然にパートナーにさせたのかと、納得したのである。


 普通では考えられない数字に、手を引かせたかったが、無力な自分では、何もできないと落ち込み、できるだけ、傍で守ろうと心に決め、常にリーシャの傍で、寄り添っていたのだった。


読んでいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ