第85話 メイ=アシュランス子爵邸に訪問3
「四、四回も?」
初めて聞くユークの補導暦に、目を丸くしているリーシャ。
驚愕した顔を覗かせながら、もう一度、ポルタに確認したのだった。
「そうだよ。リーシャ」
我に戻り、バラすなと、のほほんと笑みを零しているポルタを半眼している。
けれど、ケロッとしている父だった。
何か、口を動き始めようとするポルタ。
咄嗟に、余計なことを言わせないために、咳払いをし、止めに掛かった。
まだまだ、姉や母親が知らない秘密を、握っていたからだ。
「本当にユーク? 四回も、警察のお世話になったの?」
「うっ……」
言葉を詰まらせ、対照的な両親へ、視線を巡らす。
一人は謝り、一人は観念しなさいと、顔で言っていたのだ。
驚愕しつつも、リーシャが問い詰めていく。
「ユーク? どうなのよ?」
「……それは……」
目が彷徨っている。
とても信じられない事実だが、たじろぐ姿に、それが事実だと受け取った。
その場にいた全員がだ。
「パパ!」
「ごめん。ユーク」
二回も、四回も、変わらないと思っていたが、ユークは違っていたのだ。
そのことを、察しられていなかった。
「姉ちゃんには内緒だって、言ったのに」
集中砲火のような視線に、ばつが悪くなり、剥れるしかない。
立ち上がっていたユークは、どっかりと椅子に腰掛けた。
「そうだった、ごめん。でも、大して変わらないから、大丈夫」
慰めようとするポルタだが、それは違うんじゃないの?と、リーシャが心の中で、突っ込む。
バラされ、可哀想なユークに、同情心が湧いたのだ。
(パパって、ホント、空気が読めないんだから……)
本人は、気づいていない、
だが、その血筋をリーシャも、受け継いでいたのである。
静まる食卓。
不意に、リーシャが哀れむような顔を覗かせ、不貞腐れ気味なユークを捉えていた。
「四回も、警察沙汰になったの?」
「悪いかよ」
ますます、剥れていくユークだった。
「大体、朝早くから、小学生が並んじゃいけないって言う、法律ないじゃん」
(やっぱり、グラビアの写真集、買うためだったのね……)
誰もが、生暖かい眼差しを傾けている。
「でも、子供が両親もいないで、一人で並んでいるのは、おかしいんじゃないの?」
冷静に、姉らしい回答を口にした。
「姉ちゃんだって、中学生のくせに、夜の公園で、眠っていたじゃないか」
「それは……、だって、あれは警察が悪いのよ」
低俗していく二人の掛け合い。
徐々に、カーニャは羞恥心で、いっぱいになっていった。
そして、低レベルの小競り合いを、聞いていられなくなる。
「姉弟揃って、警察に厄介になって。あの時は、どれだけ恥ずかしかったか」
呆れながら、カーニャが窘めた。
自分は関係ないと、互いに、顔を見合わせる姉弟に、強い眼光を浴びせる。
互いに、違うと言い張るが、親としては同じだった。
容赦ない一言が、降り注がれる。
「二人とも、勝手に家を抜け出すことは、同じです」
「うっ……、それは……」
あたふたと、たじろぐ姉弟。
二人とも、両親に内緒で、家を抜け出していた。
特に、母カーニャに話せば、反対されるのはわかっていたからだ。
「いいじゃないか。何事も、なかったんだから」
うんうんと、首を縦に振り、父の意見に、同意する姉弟。
不利になったことを知った途端、互いに、同盟を組んだ。
「元気に育ってくれれば、少々やんちゃでも、いいじゃないか」
「よくありません」
まなじりを下げている夫を、眼光鋭く睨んでいる。
「あなたがしっかりと、叱ってくれないからでしょ? いつも、いつも、怒るのは私。それをいつも、大丈夫って、のん気なことを言うのが、あなた。父親なんだから、もっとしっかりと叱ってくれないと」
子供たちを、いつも甘やかすポルタを、ピシャリと叱った。
元凶の元は、甘やかすポルタにもあったと言えた。
「何かと、甘やかすんだから」
結婚前に見ていた、変わらない日常が、そこにあった。
矛先が、自分たちから、父ポルタに集中し始めたので、怒られるのを解放された二人。
余裕がある顔で、父親が怒られている光景を静観している。
目にする姿は、なんら変わっていない。
ただ、場所が違っているだけ。
これまで暮らしてきた家でなく、子爵邸で。
「でも、それぞれの気持ちも、理解できるし……」
取り繕うとするが、逆に、藪蛇を突付いてしまった。
さらに眼光が、きらりと光る。
「あなた!」
「ごめんなさい。カーニャ」
「謝っても、無駄です」
習慣的に、身体がごめんなさいの体形を取っていた。
怒鳴られ、しゅんと落ち込む。
衝撃的な光景に、アレスは軽く目を剥く。
妻に怒られている夫の姿を、これまで見たことがない。
威厳の一つも、感じられない姿だった。
妻に叱責され、場を気にせず、落ち込んでいる姿も信じられない。
人に見られていることも構わず、落ち込んでいる。
王族として育ったアレスの環境には、なかった世界だ。
(何なんだ……、この光景は)
初めて目にしたアレスとは違い、ゲイリーも、シエロも、落ち着いていた。
ユークを訪ねてくる際に、何度も、見かけていたので、多少の免疫はついていたのである。
だが、いつも以上に、生き生きとして、繰り広げられている背景に、目を奪われ、視線が外せない。
「ママ。義兄さんや、ゲイリーさん、シエロがいるんだよ。手当たり次第、勝手に物を投げないでよね。うちにあるものよりも、高いと思うから」
「そうよ。ママ。もしアレスに当たったら、捕まっちゃうかもよ」
危険を感じた二人が、苦言を呈した。
「……何を言っているの、二人とも」
血が急上昇し始めていたカーニャが、しっかりと立ち上がり、戦闘モードに入ろうとしていたのだ。
無意識のうちに、手が投げる物を探していたのである。
そして、唖然と窺っているアレス、ゲイリー、シエロへと、視線を巡らせていった。
その表情を垣間見ているうちに、昇っていった血が、急激に下降していく。
ホホホと、仰々しく笑いながら、椅子に腰掛けた。
テーブルの下に、物を捜していた手を、隠したのだった。
二人が注意を促さなければ、近くの物を、投げ始めていたのである。
例えば、目の前にあるナプキンから始まって、使っていたフォーク、ナイフなど。
見境なしにだ。
何でも投げてしまう傾向がみられた。
ゲイリーやシエロの前で、物を投げたケンカをしたことが、まだない。
辛うじて、口ケンカで止めていた。
「変なこと、言わないでちょうだい。ママはそんなこと、しませんよ」
三人の、唖然とする表情が直視できない。
咄嗟に、ポルタの顔を窺う。
その顔は、ニッコリと、微笑んでいた。
「パパ。私は、そんなことしませんよね?」
「う……うん……、そうだ……ね」
ぎこちない返事。
立ち上がり、怒っていた姿に、物が振りかかる予感を、ポルタは感じ取っていたのだ。
まだ、逃げ腰状態だった。
「ママ、遅いよ」
どういうことを言う顔を、カーニャが覗かせている。
「アレスに、パパとママの、夫婦ケンカの話したから」
ケロッとした顔で、とんでもないことを暴露した。
ギョッとした顔で、へへへと笑っているのん気な娘を、凝視している。
父親同様に、娘も場の空気を、読めないでいた。
「何ですって! リーシャ、そんなこと、話したの?」
「うん。掴みかかろうとして、パパを追い回したことや、クッション投げたり、パパの大切なコレクションの食器を投げたりとか……、あっ、確かソファも、投げようとしたことがあったよね、ママ。パパやママたちの、いろいろ話したよ」
ああ、やっちゃったと言う顔を、ユークが滲ませている。
不意に、カーニャと、リーシャの顔を見比べていた。
怒りと、恥ずかしさが入り混じったカーニャを、心の底から哀れんだ。
「姉ちゃん。それさすがに、不味いだろう」
「何でよ? ユーク」
首を傾げている。
「だって、セレブの人が、そんな真似するかよ」
(さすがに、それは話してないぞ、俺は)
「そんなの関係ないんじゃない? どこだって、同じでしょ?」
「違うと思うけど、俺は……」
きょとんした顔で、ユークから、まずゲイリーを窺う。
「初めて聞きました……。楽しい家族なんですね」
次に、アレスを窺った。
「……する訳がない」
「……そう……なんだ……」
「リーシャ。何でもかんでも、話をするんじゃありません」
ピシャリと、カーニャが吐き捨てた。
これ以上の恥を、かきたくなかったのだ。
「ごめんなさい……」
謝る声音が、尻つぼみしていった。
現状を変えようと、ゲイリーがどんな状況にいても、楽しげなポルタに話題を振る。
うっかりと、余計なことを暴露している娘を、諌めることをしない。
恥らう顔も、いいなと、ほのぼのとした顔を覗かせ、楽しんでいたのだった。
「そう言えば、ポルタさんは、絵付けの職人をなされていますが、以前は、医大にいかれてましたよね? それも現役で。なぜ、医者の道に、進まれなかったのですか?」
「あー、そのことですか」
「「パパが、医大?」」
驚愕の事実に、姉弟はのほほんとしているポルタを凝視している。
意外過ぎる話に、アレスも驚いていたが、表情が出ない。
同じように、威厳の欠片もないポルタを見つめる。
見られている当の本人は、照れ笑いを滲ませていた。
「本当なの? パパ」
「何かの間違いじゃないの、ゲイリーさん」
「そんなことはないと、思いますが?」
ただ、ポルタは恥ずかしそうに、笑っているだけだ。
これまでの父親の姿を思い返しても、医大に通っていた想像がつかない。
気楽に、のびのびと、日々を送っている姿しかなかった。
二人が幼い頃から、食器の絵付け職人として、朝から晩まで、親方に怒られながら、その仕事の給料で養って貰っていたのである。
それ以外の道も、あったことが、信じられなかった。
「間違っていませんよ。医大に通っていました」
気を取り直したカーニャ。
「ママ……?」
連れ添ったカーニャの後押しがあっても、まだ、どこか信じられない。
「でもね。やめて、絵付け職人になったの」
医大を中退したことを、照れているポルタに成り代わり、カーニャが語った。
「何でだよ。せっかく医大に、入ったのに」
「それがね……」
勝手に話していいものかと、躊躇した。
それを受け、ようやくポルタの口が開く。
「血が、ダメだったんだ」
「血?」
意外な話に、二人の子供は、父に視線を注ぐ。
ポルタ自身、隠しているつもりがない。
ただ、話す機会が、なかっただけで。
「血がダメって、どういうこと? パパ」
「死んだ母さん、つまりリーシャや、ユークのおばあちゃんのように、医療の道に進みたかったが、どういう訳か、小さい頃から、パパは血がダメで、気を失うことが、何度もあったんだ。それじゃ、医者が、勤まらないだろう? 血を見るたびに、倒れていたんでは。それでも、どうしても、医者になりたくって、医大に行ったんだけど、やっぱり、血を克服するのは、ダメで。そんな時に、絵付けに興味を持って、それで、絵付け職人になった訳なんだ」
祖母フランが、結婚前に看護士をしていたことを、つい最近シュトラー王の話から、聞いて知っていたが、まさか、父ポルタが、その遺志を継ぐために、医者を目指していたとは把握していなかったのである。
王宮につれさられて以来、これまで知らなかった家族の話に、驚くばかりだ。
愕然としているリーシャ。
「医大って……、パパ、頭よかったのね」
「それなりにね」
ニッコリと、ポルタが微笑んでいる。
「知らなかった……」
「リーシャだって、やればできるよ」
「えっ」
「俳優のバラトにかける情熱を、少しでも、勉強に傾ければ。それにユークもね。パパとママの子なんだから、二人とも」
「「……」」
学校の成績は、二人揃って、上位にいた試しがない。
呆然としているリーシャとユーク。
ニコニコしているポルタを、胡乱げにアレスがそれとなく眺めていたのである。
(父親は、医大にいっていたのか……。そのわりに、リーシャは病院が嫌いだって言っていなかったか? 血がダメだって、言っていたが、その関連性で、病院が嫌いなのか? でも、血がダメだとは、言っていなかったな……)
以前に、リーシャが薬草薬を作って、持ってきてくれたことを、思い出していた。
その際に、病院が嫌いだと話していたのである。
薬草の知識を医大にいっていた父親でなく、祖父から聞いたと、語っていたことを思い返していたのだ。
(訳のわからない家族だ)
和気藹々と、話している家族の姿を、垣間見ながら、自分の近くには、いなかったなと思いを馳せるのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。




