第84話 メイ=アシュランス子爵邸に訪問2
メイ=アシュランス子爵邸での夕食が始まった。
夕食が始まるまでの時間、ユークとシエロ、リーシャの三人で、子爵邸の青々とする芝生の庭で、服が汚れることも忘れ、のびのびと駆け回って遊んでいたのである。
鉄仮面の形相を漂わせる侍女のユマが、子爵邸での宿泊に同行していなかった。
数人のボディーガードのみが、同行していただけだ。
だから、思いっきり、自由な羽を伸ばすことができた。
夕食の直前に、汚れた泥だらけの服を着替え、賑やかな食卓の席につく。
テーブルに並べられている料理のほとんどを、カーニャが担当し、リーシャやユークが好きな料理が、盛りだくさん置かれていた。
めったに自分の料理を口にできなくなった二人のために、腕によりをかけ、一生懸命作ったものばかりだ。
テーブルの席に、アレス王太子夫妻と、出迎えた面々しか、集まっていない。
当主ゲイリーの計らいで、他の親族は、招いていなかった。
少ない人数で、久しぶりの親子の時間を、過ごして貰うために。
堅苦しい王室とは違い、開放的な食事となっていたのである。
「姉ちゃん。俺、また新しいグラビアアイドルの写真集、手に入れたぜ」
自慢げに語りながら、母カーニャの手料理を頬張るユーク。
結婚する前と、変わらない会話と食卓風景。
ただ違うのは、場所だけである。
「後で、見せてやるよ」
鷹揚に、ユークが胸を張っていた。
母カーニャが、僅かに眉を潜めているのに気づかない。
中学一年生のユークは、学校をサボり、朝早くから書店に並んで、お気に入りのグラビアアイドルの写真集を買い集めるのが、趣味だった。
突如、リーシャが王宮に連れられた日も、朝早くから書店に並んでいたために、一緒に登校しておらず、拉致騒動に巻き込まれることもなかったのである。
連れ去った側である《コンドルの翼》も、ユークの動向を踏まえていたので、確実にその日は、写真集を買い求めるために、早朝から出かけることを認識していたのだ。
勿論、ユークの警護と、その後に王宮に来て貰うために、近くでしっかりと《コンドルの翼》が張り込んでいた。
話を耳にしていたリーシャの眉間に、軽いしわが寄っている。
「まだ、そんなこと、やってるの?」
「姉ちゃんだって、雑誌のバラトの記事、切り抜きしているだろう」
「うっ……、それは……」
真実を捉えていたために、否定ができない。
視線を外しながら、口籠もるしかなかった。
バカにされ、剥れるユークを、何度も、チラッと窺う。
楽しげな父や、呆れ顔の母も、見比べた。
結婚しても、忙しい時間の合間を縫って、大好きな若手俳優のバラトに関する記事を切り抜きし、専用ブックに貼り付けていたのである。
中学生の頃からの大ファンで、関連記事やドラマ、映画も欠かさず、チェックしていた。
筋金入りの大ファンだった。
姉の行動は、弟にお見通しだ。
(そんなことをしていたのか、こいつは)
気づかれないように、アレスが冷ややかな眼差しを注いでいる。
徐々に、口を尖らせ、リーシャが剥れていった。
(王族になったんだぞ、その仕草は何だ)
アレスの視線に、気づかない面々。
以前に、ファンだと聞いていた。
だが、ここまでバカな真似をしていたとは、想像していなかったのである。
そして、無駄な時間を使っているから、勉強も、お后教育も、ハーツパイロットの訓練も、予定より遅れているのかと思い当たる。
ユマたちに、そんな時間を与えないように、指示しておくべきと抱いた。
そんな思惑を、抱いていたとは気づかない。
あたふたと、反論の言葉を、リーシャが探していたのだ。
いたずらな笑みと共に、ユークがさらに余計なことを、打ち明けてしまう。
「ホント、姉ちゃんは、バラト命だもんな」
「別に、いいじゃない。ユークには関係ないでしょ」
狼狽えながら、開き直るしかなかった。
「そんなこと、言っていいのかな? 姉ちゃん」
余裕たっぷりなユークの視線。
その上、頬が上がっていた。
段々と、不安が広がっていき、じっと、ユークを見据えている状態だ。
(何を、言うつもり?)
いろいろな失敗談が、次々と浮かんでは、消えていった。
話されたくない出来事が、数多くあり過ぎてわからない。
気もそぞろになりながら、訝しげに不敵な笑みを漏らしているユークを凝視している。
「大好きなバラトが、近くで撮影していると知って、いい場所を陣取って、撮影を見学しようと目論んでさ……」
愕然として、リーシャの口が半開きだ。
そんな姉の姿に、ますます口の端を上げていった。
「公園で、夜を明かそうとしたよね」
「……」
「でもさ、夜眠っているところを、警察官に起こされて、帰ってきたことあったじゃないか。近所でも、話題になったよな、あの時の姉ちゃんの話」
視線を彷徨わせている仕草が、おかしくって堪らないユーク。
「……。む、む、昔のことでしょ。何で、そんなこと、バラすのよ」
たじろぐ声音は、どこか弱々しい。
したり顔のユークから、家族以外、知らない事実をバラされた。
勿論、この事実は恥ずかしさから、友達のナタリーたちにも話していなかったのだ。
アレスとの食事時の話題にも、使ったことがない。
ゲイリーやシエロ、そしてアレスへと、ばつが悪い視線を巡らす。
どんな顔をしていいかと、ゲイリーやシエロは戸惑い、素知らぬ顔を装っていた。
けれど、アレスは、淡々と料理を、口に運んでいたのである。
表情に色がないアレスに安心しつつも、どこか寂しく感じていた。
(変わらないってことは、全然、関心がないの? 私に、少しぐらい関心を、持ってくれても、いいじゃない……)
そんな不満を抱きつつも、しょうがないかと抱く。
愛し合って、結婚した訳ではない。
シュトラー王に命じられ、自分たちは政略結婚したのである。
だから、関心を示さないのは、しょうがないことだと思う反面、結婚して、月日が少し流れたのだから、もう少し関心を持ってもいいんじゃないのと、抱くこともあるのだ。
飛んでいた思考が、ユークの言葉で、現実に引き戻される。
「姉ちゃんのことだから、切り抜きは、やっているだろう?」
「……えぇ。やっていて悪い?」
ここまで、バラされては、堂々と開き直るしかない。
それ以外の選択肢が、浮かばなかった。
(何、開き直ってる?)
目を細め、アレスがジト目で窺っている。
誰も、当惑しているアレスに、視線を巡らす者がいない。
その場にいる全員が、言い合いをしている二人に、視線を注いでいたのだ。
(たかが、俳優を見るために、夜の公園で、眠っていただと……、ホントに、こいつはバカだ。何を考えている? 挙句、警察に起こされるなんて……。あり得ない話だ。品格が欠落以前に、非常識、極まりないな)
表情に出ていないが、耳にした失敗談に、呆れていた。
(……これまでの行動を考えてみると、おかしくない行動とも言えるな)
ふと、冷静に、これまでのリーシャの行動を分析している。
誰にも気づかれず、アレスの口角が僅かに上がっていた。
宮殿の中でも、すでにどこでも、眠ってしまう失敗談が、でき上がっていたのである。
廊下の脇に、置かれている石像に寄り掛かり、夜を明かしたことがあり、そのために気づかれず、侍従や侍女たちが、大慌てで行方不明となったリーシャを、捜し回っていた事件があったからだ。
それに、宮殿内にあるハーツパイロットの訓練場のシミュレーターで、一人で眠っているところを、発見されたこともあった。その他には、密かに、二人で夜中に抜け出して、裏街のカジノへ出かけた際も、自分は神経を尖らせ、ピリピリとしていたが、無神経にもリーシャが、ぐっすりと深い眠りに落ちていたのだった。
平気で、どこでも、眠っていたのだ。
無邪気に眠る姿が、鮮明に脳裏に焼きついていた。
眠るところに問題があったが、無邪気に眠る姿は面白く、気に入っていたのである。
「警察につれてこられたのは一回よ。でも、ユークは二回でしょ」
打たれっぱなしだった攻撃を転じ、反撃を開始し始めた。
一回と、二回を、リーシャが強調していたのだ。
交互に、アレスは、半眼し合っている二人の顔を、見比べてしまう。
大して変わらないと、周囲は誰も思っていた。
だが、違うとばかりに、勝ち誇ったようにリーシャが威張り始める。
「一回と、二回じゃ、大きく違うわよ」
バラしたユーク自身も、警察につれてこられたことがあったのだ。
そのことを、すっかり忘れ、警察の補導歴を暴露していたのである。
「な、な、何で、言うんだよ!」
眼光を見開き、ユークが剥きになって抗議していた。
「ユークも、バラしたじゃない」
「だからって、言うことないだろう。それも回数まで」
食事の席と言うことも忘れ、立ち上がっている。
「正確に、言わないと」
ニッコリと、リーシャが微笑んでいる。
カーニャが、頭を抱えていることは気づかない。
その隣で、優しげな眼差しを注いでいるポルタ。
「……女と男は、違う」
「違わない。それに、ユークは小学生だったじゃない?」
「小学生でも、俺は男だ」
胸を張って、自分は姉と比べ、悪くないと、肯定している。
(大して変わらないだろうが)
冷たい目で、アレスが似た者姉弟を窺っていた。
互いに、火花を散らし、バカらしいケンカを繰り広げている状況。
蚊帳の外のゲイリーとシエロは、何て言っていいものかと思案顔だ。
「それは、差別よ」
「差別じゃない」
「差別」
「違う」
互いに、低レベルな争いを、やめようとはしない。
睨め合う空気は、一気に転じられる。
「リーシャ。ユークが、警察に補導された回数は、四回だよ」
のん気に、ポルタが訂正箇所を入れた。
唐突に発せられた言葉に、誰もが凍り付いていたのだ。
徐々に、言葉を把握していく面々。
真っ白な状態のユークに、驚愕の視線が集中し始めたのである。
読んでいただき、ありがとうございます。




