第83話 国王がこもっている裏で2
カークランド侯爵邸の離れの屋敷に、ハーデンベルギア侯爵が久しぶりに訪れたのである。
本宅の屋敷を、息子夫婦に住まわせ、年老いたカークランド侯爵は、離れの屋敷に一人で住んでいたのだった。
静かなテラスで、ワインを飲んでいる脇に、案内されたハーデンベルギア侯爵が腰掛けた。
「優雅にワインか? 太陽は、まだ上にあるぞ」
ふんと、鼻先でカークランド侯爵が笑った。
元々、二人の間で、会う約束をしていた訳ではない。
突然の来訪だった。
何となく、来るような予感がしていただけだ。
だから、テラスで、ワインを嗜んで待っていたのである。
「飲むか?」
「いや。だいぶ前に、酒はやめた」
「老いたな」
自分と、大して歳が変わらない老いた顔を窺う。
たくさんのしわが、年齢を感じさせた。
二人は、すでに引退して、いい歳だった。
大部分を息子たちに譲ったが、最終的な引退を、先延ばしにしていたのである。
年下であるシュトラー王が、健在だったからだ。
二人の双眸に、まだ闘争心が残っていた。
「人のことは言えんだろう? そのなりは?」
「コーヒーで、いいか?」
「ああ」
影のように控えている侍従に指示し、しばらくすると、ハーデンベルギア侯爵の元に、コーヒーが運ばれてきたのである。
そして、静々と、侍従が下がり、二人から距離をとった。
それが、合図だったかのように、カークランド侯爵の口が開く。
「シュトラー王が、いつものように、こもったようだな」
「知らせる必要が、なかったようだな」
顔色一つ変えない。
自ら動かなくても、自然と情報が耳に入り込んでいたのである。
「ちょうどいい。話したいと、思っていたところだ」
気に入っている白ワインを、一口飲んだ。
二人は、頻繁に会っている訳ではなかった。
これまで動かなかったシュトラー王が、動きを見せ始めたのだ。
そのために、また会うようになっていた。
「若造たちも、バカげた真似をしているものだな」
反シュトラー王派の者たちのことを、カークランド侯爵は若造たちと称し、嘲笑している。
年老いた目からすれば、四十代や五十代は、まだまだ若い小童どもの集団に映っていたのだ。
それぞれに手の者を忍ばせ、動きを、密かに探っていたのである。
シュトラー王側の動きや、反シュトラー王派の動きまで、それにパーティーや、公式の場での息女たちから、リーシャが陰湿ないじめに合っている件まで、様々な事柄が二人の耳に届いていたのだった。
情報が届かないのは、デステニーバトルに関する事柄だけで、秘密のベールが、何重にも重なり合って、隠されていたのである。
さすがの二人も、それらに関しては、手を焼いていた。
だが、難しいと思えば思うほど、ベールが剥がされるたびに楽しんでいたのだ。
「娘や、孫たちに、つまらぬことをさせおって」
「可哀想に、あの王太子は、何もせずに、見て見ぬ振りのようだ」
その顔に、哀れむ色がない。
何を考えているのか、わからないハーデンベルギア侯爵である。
「あれが、クロスの孫か……」
垣間見たリーシャの姿を思い浮かべ、カークランド侯爵がある思いに耽っている。
とても、知っているクロスの孫とは思えなかったのだ。
おどおどしているだけで。
(面白いものが、見られるかと、思っていたが、期待はずれだったか? ……まぁ、もうしばらく、様子を窺ってみるとするか。それに強引に、パートナーとさせたしな……)
薄いブルーの瞳が、何かあると光っていた。
右往左往している反シュトラー派や、中間派の貴族たちを、古株で大きな力を持っている二人は、鼻で笑って、傍観していたのだ。
「あの孫には、拍子抜けしたな。面白いと、思ったんだがな」
カークランド侯爵同様に、リーシャがどんな人物かと、興味を憶えていたのである。
それが極普通の娘と変わらない様子に、ハーデンベルギア侯爵の中で、僅かに興が削がれ始めていたのだった。
この二人が動きていたならば、アレスとリーシャの結婚は、まだ行われていなかっただろう。
勢力がある二人が動かず、すんなりと同意したことにより、若き二人の結婚式は、瞬く間に整ったのである。
動かず、ずっと静観する立場を崩していない。
けれど、探ることはやめず、どちらの動向も、しっかり捉えていた。
「血の雨が、そろそろ降るかな」
他人事のように、晴れている空を眺め、ハーデンベルギア侯爵が呟いた。
シュトラー王のことに、シフトを置き始めている。
「まだだろう。王妃やソーマ、フェルサ辺りが止めるだろう、今日のようにな。それにあの娘に、自分の本性を見せたくあるまい」
いたずらな笑みが、カークランド侯爵から溢れていた。
「確かに」
フッと、笑うハーデンベルギア侯爵だ。
異様なほど、可愛がっている光景を思い返していた。
あまりに、その光景が滑稽過ぎたのだった。
「やはり、その点は、クロスの孫だな」
「だが、いつまで本性を隠せるかだ」
「ああ。化けの皮が剥がれ落ちるぞ」
その際に、慌てふためくシュトラー王を想像し、ハーデンベルギア侯爵は笑いが止まらない。
不意に、カークランド侯爵が話題を変える。
「随分と、今回は、手を焼いているようだ」
「らしいな。未だに、こもったままだしな」
「さてさて、どこまで持つか」
影で蠢く暗躍を、楽しんでいる笑みが、カークランド侯爵から漏れていた。
それを見て、同じように老いているハーデンベルギア侯爵も、小さく笑っている。
時を同じくし、別な場所では。
ラルムの母メリナが、細心の注意を払い、誰にも見つからないように、実業家であり、資産家でもあるハミルトンと会食を共にしていたのである。
業界の奥深くでは、ハミルトンの名が知られているが、表舞台では名が知れ渡っていなかった。
まだ、四十六歳と言う若さながら、業界を牛耳っている一人でもあったのだ。
だが、多くの人間が、ハミルトンと言う名を知らないでいたのである。
名が知れ渡らないように、細々と、経済界に根を伸ばしていったのだった。
「お久しぶりですね」
「えぇ。何かと、周りが忙しいようで」
ブラウンの髪を、きちんと整えた顔に、気遣う様子を覗かせていたのだ。
彼が言う通り、メリナの周囲に、いろいろな人間が張り付いていた。
そうした目に、ハミルトンと逢っているところを、見られたくなかったこともあり、接触を互いに避けていたのだった。
執拗に、何度もそうした者から逃れ、ハミルトンと逢っていたのである。
シュトラー王派や、反シュトラー王派、中間派に立っている者たちから、メリナの行動が注目されていたからだ。
そして、そのことを、十分にメリナが把握していたのである。
クスクスと、笑っているメリナ。
つられるように、精悍なハミルトンも、口の端を上げていた。
右往左往している様子を窺い、滑稽に嘲り笑っていたのである。
メリナとハミルトンの関係は、ターゲスが存命な頃から続いていた。
ターゲスを通じて、知り合ったのだった。
けれど、一度も、ラルムに紹介したことがない。
まだ、早計だと抱いていたからだ。
「ご子息は、こちらでの生活は、どうですか?」
「慣れたようです」
「それは、よかった」
テーブルに、軽食と赤ワインが置かれていた。
赤ワインを嗜みながら、チラリと、取り澄ました顔をしているメリナを窺う。
「随分と、妃殿下に、ご執心のようですな」
「……」
何を言われているのか、理解していた。
だが、決して顔色一つ変えない。
指摘されるのは、時間の問題だと巡らせていた。
「まだ、子供なんです」
「そのようですな」
ハミルトンの方も、別に不快に感じている様子がない。
面白いと、悦していたのである。
「ところで、ご子息の方から、妃殿下のデータなど、わかりませんか? 私の方でも、手を回しているのですか、芳しくないので」
困ったような顔を、メリナが滲ませている。
「申し訳ありません。王族の一人としての、矜持なのでしょう。決して私にも、内容を話しませんの。息子の詳しいデータも、知らないんですのよ」
デステニーバトルに関するデータを、ラルムは決して、大切な母親にも漏らしていなかった。
データが如何に、大切か把握していたからである。
まして、リーシャに関するデータは、信頼する部下に頼むことがあっても、その部下にも決して、誰にも、メリナに対しても、口にするなと言明するほどだった。
「さすがですな」
感服している仕草を、演じてみせるハミルトン。
少しでも、解決の糸口でも見つけられればと、願っていたが、上手く行かない状況に、内心では首を竦めていたのだった。
どんなに手を回しても、デステニーバトルに関するリーシャの情報を、手に入れることができなかったのである。
それは、ハミルトンだけではない。
他にも欲しているやからも、躍起になって、手に入れようとしているが、向こう側のガードが硬く、入手できなかった。
「困ったものです」
ニッコリと、メリナが微笑む。
互いに億尾にもみせず、演者として優れていたのである。
強いパイプを持っているが、互いに信用はしていなかった。
だが、最も心強いパートナーだと理解していたのだ。
「殿下と、結婚させるために、無理やりにパートナーとして押し込んだのか? それとも優秀だったので、結婚させたのか? どちらなのでしょうね」
茶化すような喋り方をした。
「さぁ。陛下の考えは、わかりません」
軽く頭を振った。
実際にメリナにとって、シュトラー王の思考が、理解できなかったのである。後継者として自分の夫である長男を選ばず、当時はまだ幼い子供だった、次男の息子であるアレスを後継者として選んだのかと。
「陛下は、昔から無茶をする方ですからね」
「えぇ、困ったものです」
同意するメリナ。
「次の方は、しっかりとした方を、選ばなければ」
「私も、そう思います」
互いに、ニッコリと微笑み合っていた。
読んでいただき、ありがとうございます。




