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輪廻転生  作者: 香月薫
第4章
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第81話  ご機嫌斜めのシュトラー王

 シュトラー王専用の執務室では、ご機嫌斜めな部屋の主、げんなりしているソーマ、表情が読めないフェルサの三人が、顔を突き合わせていたのである。


 広い机に、ファイルや書類が、山積みされた状態だった。

 刻々と、仕事が溜まっていく。

 けれど、反旗を翻したように、シュトラー王は仕事をせず、周囲を困らせていた。

 側近の二人が、時間をかけ、諌めていたのだった。


「仕事をしなければ、いつになっても、出さないぞ」

 三人以外の姿が、執務室にない。

 いつになく、ソーマがキツい態度を取っている。

 何度となく、繰り返す言動に、うんざり気味な表情を覗かせていた。

 仕事するように詰め寄っている二人を、渋面しているシュトラー王が見上げている。


 我慢の限度が、切れそうなソーマだった。

 怒鳴りつけ、執務室から出て行きたい気分だったが、どれも、これも、国王の承認のサインが必要なものばかりで、仕事が麻痺状態に陥っており、政務などが機能しなくなっている状況が続いていたのである。

 周囲や、下の者たちに泣きつかれた結果、シュトラー王に対し、ものが言える二人が出てきて、このような事態になったのだ。


 横柄にしている相手は、子供のような反抗を緩めない。

 ますます、意固地になっていくのだ。


 どう攻め込むかと、二人は難しい舵取りを強いられている。

 実際に、仕事が終わらなければ、執務室から出さない覚悟もできていた。

 それほどまでに、仕事が溜まり、急を迫られていたのだ。


「いやだ」

「シュトラー!」

 一国の国王を、呼び捨てだ。


 そんなソーマの態度を咎めない。

 どことなく、好ましく感じていたのである。

 それを、本人に告げようとはしない。

 ただ単に、癪に障るからだ。


 面白い具合に、ソーマの眉尻が、いつも以上に、ピクピクと動いている。

「いやなものは、いやだ。代わりにソーマ、フェルサが、やってくれ」

 二人から視線を外し、そっぽを向いてしまう。

 仕事をする気分ではなかったのだ。


 視界に捉えている現状は、どうしても終わりそうもない。

 仕事が、溢れていたのである。

 老体の身体に、似つかない量だった。

 次から次へと、最終的な決断が必要なものばかりだ。

 広かった机が、ファイルや書類で埋め尽くされていった。


 膨れ上がる悲惨な状況を、作り上げていたのは、シュトラー王自身が、一切の手を止めてしまったことにもある。

 一時間以上も、シュトラー王の手が動いていない。

 この押し問答を繰り返している間に、数多くのファイルや、書類の束を携えてきた秘書官たちが往来していたのである。


 秘書官たちも、緊迫している現場に、立ち入りしたくはなかった。

 だが、仕事だったのでしょうがなく、音をできるだけ、出さないようにし、小さくなって置いていったのだった。


「あのな……」

「いやだ。仕事はしない」

 手を止めてしまい、いっこうに仕事をしようとはしない。

 ほとほと、ソーマが呆れてしまう。


 何度、苦言を呈しても、頑として、手を動かそうとはしなかったのだ。

 こうなったシュトラー王は、昔から手が付けられない状態だった。

 苦慮しながら、ソーマやフェルサたち側近が、宥めていた。

 いつも以上に、頑なな態度を落とすのは、難攻不落と言えたのである。


 諦め顔のソーマとは違い、平然と冷静な態度を取っているフェルサ。

「それは、困ります。仕事をしないことを認めることは、私たちもできません。ここまでの段取りはしましたが、最終的に、シュトラー王陛下の、承認が必要です。承認はきちんと、陛下が行ってください。アメスタリア国の国王の仕事です」

 淡々とした声音で、仕事をするように促した。


 重臣の二人が言っても、手を動かそうとはしない。

 表情に出してはいなかったが、この状況を、どこかシュトラー王は楽しんでいた。

 駄々をこねられる相手に、我がままをぶつけていたのである。

「面倒だ」

「それが、仕事だろうが……」

 ソーマが詰め寄ろうとすると、脇に立つフェルサが制した。


「アレス殿下は、すべて仕事をなさってから、出かけられました」

 淡々とした口調で、アレスのことを引き合いに出した。

 セルリアン王宮から、アレスたちは出かけてしまっていたのだ。

 抱えている仕事を調整し、または終わらせてから、出て行ったのである。

 それで、いつも以上に、ファイルや書類が多かった。


「嫌がるお前と違って、アレスは、きちんと仕事をやってから、出かけたぞ」

 同調するように、疲れが滲むソーマが口を開いた。

 ガキも、同然であるアレスのことを呼び捨てだ。

 さすがに、アレスや他の者がいれば、殿下と称している。


(祖父と孫の関係なのに、どうして、こんなに性格が違うんだ?)


 逃がさないぞと、虎視眈々と詰め寄ってくる二人に、睥睨している。

 二人が相手でも、怯まない。

 逆に、闘志がむき出しにされた。

 仕事の手を止める原因となった、アレスのことを持ち出され、気分を害したのだ。


「あれのせいで、出かける予定が崩れて、出られなくなった」

「お前な……」

「しょうがありません」

「何が、しょうがないだ」

 かっかしているシュトラー王に対し、温度差が低いフェルサ。

「どちらかが、王宮に残っていないと、何か起きた時に、困りますから」

 無言の睨みは、続いたままだ。


「でしたら、アレス殿下夫妻の予定を、遅らせればよかったですか? 陛下」

「……」

 文句が言えず、苦虫を潰したよう顔だ。

 可愛がっている孫嫁のリーシャを、悲しませる真似ができない。

 常々喜ばせることに、楽しさを見出しているのに。


「別に、陛下を優先しても、よかったのですが?」

 表情一つ変えないフェルサである。

 容赦なく、畳み掛ける仕草に、もっといけとソーマが内心で叫んでいた。

「今からでも、引き戻っていただきますか?」

 恨めしそうな顔で、眉一つ動かないフェルサを凝視している。


「それで、陛下が出かけられますか?」

「……」

 ここぞと、追撃を忘れないソーマ。

「そうしたら……、リーシャが悲しむだろうな。何せ、久しぶりの家族との、再会だったし。ウィリアムに、よく尋ねていたそうだ、いつ会えるかと……」

 さらに、渋面になっていくシュトラー王。


 クロスの孫娘リーシャを、こよなく可愛がっているシュトラー王が、決して嫌われるような真似ができないことを、二人は重々に把握していたのである。

 それは、二人にも言えることだった。

 大切な親友の孫を、表面に出さずとも、可愛がっていたのだ。


「戻さなくって、いい!」

 やりそうな二人に、噛み付いた。

 可愛がっているリーシャの悲しむ顔を、見たくなかったし、させたくなかった。

 ギラギラと、睨み悔しがっている姿を、フェルサが涼しい顔で、ソーマはクックッと、勝ち誇った顔で窺っている。

 時間を費やし、ようやく二人は、勝利を収めたのだった。


「わかりました。陛下」

「なら、仕事をしろ」

 視線は、二人に傾けたままだ。

 なんだかんだ言っても、甘いソーマとは違い、自分や仕事に、忠実なフェルサなら、やりかねないと、目を細め、睨みつけた。

 平然としているフェルサが、憎らしい。


 これ以上の反抗は、無理かと諦め始める。

 遅れるなと、沈みがちに、嘆息を吐いた。


 数人の重臣と、数人のボディーガードしか、知らないことだったが、密かに私用でアメスタリア国を、出る予定になっていたのだ。

 けれど、急遽アレス夫妻が、メイ=アシュランス子爵邸に訪問し、宿泊することになり、誰にも気づかれないように、出国する目論見が、延期になってしまったのだった。

 がっくりと、肩を落とし、落胆するしかない。


 上目遣いで、二人を見上げる。

「ところで、報告書は、どうなっている? 口頭では聞いているが、報告者が上がっていないぞ。こんなところにいつかないで、報告書を早く出せ」

 小さな反抗を示す。


 報告書が上がっていないことを、ムスッとした顔でせっついた。

 報告者とは、リーシャに関するもので、パーティーや公務の場で、陰湿ないじめをした者や、陰口を言っていた者を、リストアップした類のものだ。

 複雑な顔を、ソーマが滲ませている。


「それに、測定結果も、まだだ」

「……」

 半眼しているシュトラー王に、負けてしまい、見せたくはなかった報告書を、ゆっくりと前へ、出し始めていた。

 報告書は、すでにでき上がっていたが、見せるのを躊躇っていたのだ。


(ああ。憶えていたか……。また、止まる可能性も、あるかもしれないな)


 仕事をし始める気になっていたのに、また止まってしまうと言う暗雲が立ち込めていた。

 前に出された報告書を奪い取り、書かれている内容を、一つ一つ丁寧に確認していく。

 素早く、黙読していった。


 その勢いで、仕事も、そうしてほしいものだと抱いている。

 一文字も、逃さず、頭の中に、インプットしていった。

 徐々に、雲行きが怪しくなっていく。

 やっぱりこうなるのかと、内心頭を抱え込むソーマだった。

 こうなると予測をしていたので、見せたくなかったのである。


 ぐったりとなりそうだった背を、まっすぐに直した。

「こちらで、手は打つ。だから……」

「そのわりに、何もしていないように、見えるが?」

 報告書に視線を落としたまま、声に怒気が孕んでいた。

 貴族や他の人たちならば、身体が凍てつくものだった。


(こういう時の、こいつはホント怖いな)


 怒りに震える背後から、黒のオーラが、悶々と立ち昇っている。

「あからさまに、動けないだろうが」

「言い訳はいい」

「お前な……」

 鋭く睨む双眸に、最後まで続かない。

 小さな嘆息と共に、ソーマが口を噤む。


「手をこまねいているようなら、私が自ら動く」

「それはやめた方が、いいと存じます。陛下」

 閉口したソーマに成り代わり、常に、落ち着き払っているフェルサの口が動き始めた。

「いいたいことは、わかっている。だけどな……」

 どんなに睨まれても、表情が読めないフェルサは、怯む仕草を窺わせない。

 鋭利な双眸に、捉えられても、表情の色を変えなかった。


「リーシャ様のためで、ございます」

「……」

「あまりに、度を超えたものに関しては、こちらで対処しております」

「ヌルい」

 報告書の内容は、怒りに触れるものばかり書かれていたのだ。


「いつでも、我々はついておることが、できません」

 三人は、先が見える年齢まで達していた。

「ついておる」

 胸を張って、堂々と宣言した。


「できません。陛下の寿命の方が、早く訪れるのですから。それとも、何か不測の事態が起こって、リーシャ様が早く亡くなると、思うのですか?」

「戯け! そんなことがあるか」

「でしたら……」

「生きておる。リーシャの寿命が、全うするまでは」

 鷹揚に宣言している姿に、ソーマは呆れるしかない。


「無理です。陛下も、ソーマも、私も」

 訳がわからないことを口走る姿に、物怖じしない仕草で答えていった。

「私なら、できる」

「できません」

「やる」

「無理です」

「やると言ったら、やる」

「できないと、申し上げております」


 いつも従っているフェルサが、珍しく頑として、抵抗を示していた。

 いつもとは違う態度に、徐々に頭が冷えていったのだ。


「……どうしろと言うのだ」

「今回は、我慢して、いただきたいと存じます」

「……」

 納得いかない視線を、投げかけ続ける。

 動じることなく、それを真摯に受け止めていた。


「お願い致します」

 二人の間に、静寂が流れていた。

 それを破ったのは、シュトラー王だった。

「好きにせい。ただし、これ以上の手出しがあれば、私が動く。いいな」

「はい。その時は、お止めしません。ご自由にしてください」


 勝手に、約束をしているフェルサに慌てる。

「おい。自由って、お前、なんてこと言うんだ」

「フェルサから、了承を取った。ソーマ、お前が、口出しするな」

「何が、口出しするなだ。後始末は、いつも俺たちが、しているんだぞ。忘れるな」

「お前たちの役目だろうが」

 威風堂々と、胸を張るシュトラー王。


(胸を張るな! どいつも、こいつも、勝手に進めやがって)


「測定結果は、どうした」

 リーシャの測定結果が、詳細に書かれているファイルを要求した。

 読み解いていくシュトラー王の表情が、怪しくなっていった。


「予想を、遥かに超えた結果だな」

「ああ」

「こんなにいいと、逆に、不安になるな」

「確かにな」


 ベテランの三人が予測していた結果よりも、異常なほどよかったのである。

 良過ぎる結果に、一抹の不安が拭いきれない。


「クロスも、優秀なパイロットだったが、ここまでの数字は、なかったぞ」

「お前や、クロス以上の数字だよ」

 優秀なハーツパイロットで知られたシュトラー王や、クロスを超える数字に、驚愕が隠せない。

 これまでの歴代のハーツパイロットや、現在の正規のハーツパイロットよりも、リーシャが平常値に出すだろう数値の方が、ずば抜けて高かったのである。


「……ダイヤモンドハーツを試してみるか。まだ先だと、思っていたが」

「そうだな。……検討してみるだけの数値では、あるな。けどな……」

 珍しいことに、シュトラー王は歯切れが悪かった。

 なぜか、ダイヤモンドハーツで試すことができなかった。


(クロスにも、話しておくべきだな、これは)


 今回の出かける目的は、極秘にクロスに会うためだった。

 世界各地を旅しているクロスに、何度も会いにいっていたのである。


「それとだな。報告書の最後に書いてあるが、先日のパーティーで、ジュ=ヒベルディア伯爵が、リーシャに近づいた」

「ルシードが?」

 躊躇いがちなソーマに促され、報告書の最後に目を傾けた。

 先日のパーティーでの一件が、書かれていたのである。

 二人の会話は、距離があったために聞き取れず、記載されてない。


「その後の接触は、ないのか?」

 厳しい表情で、困り顔のソーマを凝視する。

「ない」

「本当だろうな。ルシードは、あれと繋が……」

 不審なことが起こらぬかと、深くシュトラー王が考え込む。


「気にし過ぎじゃないか」

「あれは、あれで、厄介なこと、知っているだろうが」

「お前が、突っつくからだろうが」

 心配するシュトラー王に、呆れていた。


「でしゃばるやつが、悪い」

「俺たちにすれば、どっちも、どっちだ」

「とにかく、警戒は怠るな」

 さっきまでの表情でなく、威厳ある仕草で、二人に命令を下した。

「わかった」

「わかりました、陛下」


読んでいただき、ありがとうございます。

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