第81話 ご機嫌斜めのシュトラー王
シュトラー王専用の執務室では、ご機嫌斜めな部屋の主、げんなりしているソーマ、表情が読めないフェルサの三人が、顔を突き合わせていたのである。
広い机に、ファイルや書類が、山積みされた状態だった。
刻々と、仕事が溜まっていく。
けれど、反旗を翻したように、シュトラー王は仕事をせず、周囲を困らせていた。
側近の二人が、時間をかけ、諌めていたのだった。
「仕事をしなければ、いつになっても、出さないぞ」
三人以外の姿が、執務室にない。
いつになく、ソーマがキツい態度を取っている。
何度となく、繰り返す言動に、うんざり気味な表情を覗かせていた。
仕事するように詰め寄っている二人を、渋面しているシュトラー王が見上げている。
我慢の限度が、切れそうなソーマだった。
怒鳴りつけ、執務室から出て行きたい気分だったが、どれも、これも、国王の承認のサインが必要なものばかりで、仕事が麻痺状態に陥っており、政務などが機能しなくなっている状況が続いていたのである。
周囲や、下の者たちに泣きつかれた結果、シュトラー王に対し、ものが言える二人が出てきて、このような事態になったのだ。
横柄にしている相手は、子供のような反抗を緩めない。
ますます、意固地になっていくのだ。
どう攻め込むかと、二人は難しい舵取りを強いられている。
実際に、仕事が終わらなければ、執務室から出さない覚悟もできていた。
それほどまでに、仕事が溜まり、急を迫られていたのだ。
「いやだ」
「シュトラー!」
一国の国王を、呼び捨てだ。
そんなソーマの態度を咎めない。
どことなく、好ましく感じていたのである。
それを、本人に告げようとはしない。
ただ単に、癪に障るからだ。
面白い具合に、ソーマの眉尻が、いつも以上に、ピクピクと動いている。
「いやなものは、いやだ。代わりにソーマ、フェルサが、やってくれ」
二人から視線を外し、そっぽを向いてしまう。
仕事をする気分ではなかったのだ。
視界に捉えている現状は、どうしても終わりそうもない。
仕事が、溢れていたのである。
老体の身体に、似つかない量だった。
次から次へと、最終的な決断が必要なものばかりだ。
広かった机が、ファイルや書類で埋め尽くされていった。
膨れ上がる悲惨な状況を、作り上げていたのは、シュトラー王自身が、一切の手を止めてしまったことにもある。
一時間以上も、シュトラー王の手が動いていない。
この押し問答を繰り返している間に、数多くのファイルや、書類の束を携えてきた秘書官たちが往来していたのである。
秘書官たちも、緊迫している現場に、立ち入りしたくはなかった。
だが、仕事だったのでしょうがなく、音をできるだけ、出さないようにし、小さくなって置いていったのだった。
「あのな……」
「いやだ。仕事はしない」
手を止めてしまい、いっこうに仕事をしようとはしない。
ほとほと、ソーマが呆れてしまう。
何度、苦言を呈しても、頑として、手を動かそうとはしなかったのだ。
こうなったシュトラー王は、昔から手が付けられない状態だった。
苦慮しながら、ソーマやフェルサたち側近が、宥めていた。
いつも以上に、頑なな態度を落とすのは、難攻不落と言えたのである。
諦め顔のソーマとは違い、平然と冷静な態度を取っているフェルサ。
「それは、困ります。仕事をしないことを認めることは、私たちもできません。ここまでの段取りはしましたが、最終的に、シュトラー王陛下の、承認が必要です。承認はきちんと、陛下が行ってください。アメスタリア国の国王の仕事です」
淡々とした声音で、仕事をするように促した。
重臣の二人が言っても、手を動かそうとはしない。
表情に出してはいなかったが、この状況を、どこかシュトラー王は楽しんでいた。
駄々をこねられる相手に、我がままをぶつけていたのである。
「面倒だ」
「それが、仕事だろうが……」
ソーマが詰め寄ろうとすると、脇に立つフェルサが制した。
「アレス殿下は、すべて仕事をなさってから、出かけられました」
淡々とした口調で、アレスのことを引き合いに出した。
セルリアン王宮から、アレスたちは出かけてしまっていたのだ。
抱えている仕事を調整し、または終わらせてから、出て行ったのである。
それで、いつも以上に、ファイルや書類が多かった。
「嫌がるお前と違って、アレスは、きちんと仕事をやってから、出かけたぞ」
同調するように、疲れが滲むソーマが口を開いた。
ガキも、同然であるアレスのことを呼び捨てだ。
さすがに、アレスや他の者がいれば、殿下と称している。
(祖父と孫の関係なのに、どうして、こんなに性格が違うんだ?)
逃がさないぞと、虎視眈々と詰め寄ってくる二人に、睥睨している。
二人が相手でも、怯まない。
逆に、闘志がむき出しにされた。
仕事の手を止める原因となった、アレスのことを持ち出され、気分を害したのだ。
「あれのせいで、出かける予定が崩れて、出られなくなった」
「お前な……」
「しょうがありません」
「何が、しょうがないだ」
かっかしているシュトラー王に対し、温度差が低いフェルサ。
「どちらかが、王宮に残っていないと、何か起きた時に、困りますから」
無言の睨みは、続いたままだ。
「でしたら、アレス殿下夫妻の予定を、遅らせればよかったですか? 陛下」
「……」
文句が言えず、苦虫を潰したよう顔だ。
可愛がっている孫嫁のリーシャを、悲しませる真似ができない。
常々喜ばせることに、楽しさを見出しているのに。
「別に、陛下を優先しても、よかったのですが?」
表情一つ変えないフェルサである。
容赦なく、畳み掛ける仕草に、もっといけとソーマが内心で叫んでいた。
「今からでも、引き戻っていただきますか?」
恨めしそうな顔で、眉一つ動かないフェルサを凝視している。
「それで、陛下が出かけられますか?」
「……」
ここぞと、追撃を忘れないソーマ。
「そうしたら……、リーシャが悲しむだろうな。何せ、久しぶりの家族との、再会だったし。ウィリアムに、よく尋ねていたそうだ、いつ会えるかと……」
さらに、渋面になっていくシュトラー王。
クロスの孫娘リーシャを、こよなく可愛がっているシュトラー王が、決して嫌われるような真似ができないことを、二人は重々に把握していたのである。
それは、二人にも言えることだった。
大切な親友の孫を、表面に出さずとも、可愛がっていたのだ。
「戻さなくって、いい!」
やりそうな二人に、噛み付いた。
可愛がっているリーシャの悲しむ顔を、見たくなかったし、させたくなかった。
ギラギラと、睨み悔しがっている姿を、フェルサが涼しい顔で、ソーマはクックッと、勝ち誇った顔で窺っている。
時間を費やし、ようやく二人は、勝利を収めたのだった。
「わかりました。陛下」
「なら、仕事をしろ」
視線は、二人に傾けたままだ。
なんだかんだ言っても、甘いソーマとは違い、自分や仕事に、忠実なフェルサなら、やりかねないと、目を細め、睨みつけた。
平然としているフェルサが、憎らしい。
これ以上の反抗は、無理かと諦め始める。
遅れるなと、沈みがちに、嘆息を吐いた。
数人の重臣と、数人のボディーガードしか、知らないことだったが、密かに私用でアメスタリア国を、出る予定になっていたのだ。
けれど、急遽アレス夫妻が、メイ=アシュランス子爵邸に訪問し、宿泊することになり、誰にも気づかれないように、出国する目論見が、延期になってしまったのだった。
がっくりと、肩を落とし、落胆するしかない。
上目遣いで、二人を見上げる。
「ところで、報告書は、どうなっている? 口頭では聞いているが、報告者が上がっていないぞ。こんなところにいつかないで、報告書を早く出せ」
小さな反抗を示す。
報告書が上がっていないことを、ムスッとした顔でせっついた。
報告者とは、リーシャに関するもので、パーティーや公務の場で、陰湿ないじめをした者や、陰口を言っていた者を、リストアップした類のものだ。
複雑な顔を、ソーマが滲ませている。
「それに、測定結果も、まだだ」
「……」
半眼しているシュトラー王に、負けてしまい、見せたくはなかった報告書を、ゆっくりと前へ、出し始めていた。
報告書は、すでにでき上がっていたが、見せるのを躊躇っていたのだ。
(ああ。憶えていたか……。また、止まる可能性も、あるかもしれないな)
仕事をし始める気になっていたのに、また止まってしまうと言う暗雲が立ち込めていた。
前に出された報告書を奪い取り、書かれている内容を、一つ一つ丁寧に確認していく。
素早く、黙読していった。
その勢いで、仕事も、そうしてほしいものだと抱いている。
一文字も、逃さず、頭の中に、インプットしていった。
徐々に、雲行きが怪しくなっていく。
やっぱりこうなるのかと、内心頭を抱え込むソーマだった。
こうなると予測をしていたので、見せたくなかったのである。
ぐったりとなりそうだった背を、まっすぐに直した。
「こちらで、手は打つ。だから……」
「そのわりに、何もしていないように、見えるが?」
報告書に視線を落としたまま、声に怒気が孕んでいた。
貴族や他の人たちならば、身体が凍てつくものだった。
(こういう時の、こいつはホント怖いな)
怒りに震える背後から、黒のオーラが、悶々と立ち昇っている。
「あからさまに、動けないだろうが」
「言い訳はいい」
「お前な……」
鋭く睨む双眸に、最後まで続かない。
小さな嘆息と共に、ソーマが口を噤む。
「手をこまねいているようなら、私が自ら動く」
「それはやめた方が、いいと存じます。陛下」
閉口したソーマに成り代わり、常に、落ち着き払っているフェルサの口が動き始めた。
「いいたいことは、わかっている。だけどな……」
どんなに睨まれても、表情が読めないフェルサは、怯む仕草を窺わせない。
鋭利な双眸に、捉えられても、表情の色を変えなかった。
「リーシャ様のためで、ございます」
「……」
「あまりに、度を超えたものに関しては、こちらで対処しております」
「ヌルい」
報告書の内容は、怒りに触れるものばかり書かれていたのだ。
「いつでも、我々はついておることが、できません」
三人は、先が見える年齢まで達していた。
「ついておる」
胸を張って、堂々と宣言した。
「できません。陛下の寿命の方が、早く訪れるのですから。それとも、何か不測の事態が起こって、リーシャ様が早く亡くなると、思うのですか?」
「戯け! そんなことがあるか」
「でしたら……」
「生きておる。リーシャの寿命が、全うするまでは」
鷹揚に宣言している姿に、ソーマは呆れるしかない。
「無理です。陛下も、ソーマも、私も」
訳がわからないことを口走る姿に、物怖じしない仕草で答えていった。
「私なら、できる」
「できません」
「やる」
「無理です」
「やると言ったら、やる」
「できないと、申し上げております」
いつも従っているフェルサが、珍しく頑として、抵抗を示していた。
いつもとは違う態度に、徐々に頭が冷えていったのだ。
「……どうしろと言うのだ」
「今回は、我慢して、いただきたいと存じます」
「……」
納得いかない視線を、投げかけ続ける。
動じることなく、それを真摯に受け止めていた。
「お願い致します」
二人の間に、静寂が流れていた。
それを破ったのは、シュトラー王だった。
「好きにせい。ただし、これ以上の手出しがあれば、私が動く。いいな」
「はい。その時は、お止めしません。ご自由にしてください」
勝手に、約束をしているフェルサに慌てる。
「おい。自由って、お前、なんてこと言うんだ」
「フェルサから、了承を取った。ソーマ、お前が、口出しするな」
「何が、口出しするなだ。後始末は、いつも俺たちが、しているんだぞ。忘れるな」
「お前たちの役目だろうが」
威風堂々と、胸を張るシュトラー王。
(胸を張るな! どいつも、こいつも、勝手に進めやがって)
「測定結果は、どうした」
リーシャの測定結果が、詳細に書かれているファイルを要求した。
読み解いていくシュトラー王の表情が、怪しくなっていった。
「予想を、遥かに超えた結果だな」
「ああ」
「こんなにいいと、逆に、不安になるな」
「確かにな」
ベテランの三人が予測していた結果よりも、異常なほどよかったのである。
良過ぎる結果に、一抹の不安が拭いきれない。
「クロスも、優秀なパイロットだったが、ここまでの数字は、なかったぞ」
「お前や、クロス以上の数字だよ」
優秀なハーツパイロットで知られたシュトラー王や、クロスを超える数字に、驚愕が隠せない。
これまでの歴代のハーツパイロットや、現在の正規のハーツパイロットよりも、リーシャが平常値に出すだろう数値の方が、ずば抜けて高かったのである。
「……ダイヤモンドハーツを試してみるか。まだ先だと、思っていたが」
「そうだな。……検討してみるだけの数値では、あるな。けどな……」
珍しいことに、シュトラー王は歯切れが悪かった。
なぜか、ダイヤモンドハーツで試すことができなかった。
(クロスにも、話しておくべきだな、これは)
今回の出かける目的は、極秘にクロスに会うためだった。
世界各地を旅しているクロスに、何度も会いにいっていたのである。
「それとだな。報告書の最後に書いてあるが、先日のパーティーで、ジュ=ヒベルディア伯爵が、リーシャに近づいた」
「ルシードが?」
躊躇いがちなソーマに促され、報告書の最後に目を傾けた。
先日のパーティーでの一件が、書かれていたのである。
二人の会話は、距離があったために聞き取れず、記載されてない。
「その後の接触は、ないのか?」
厳しい表情で、困り顔のソーマを凝視する。
「ない」
「本当だろうな。ルシードは、あれと繋が……」
不審なことが起こらぬかと、深くシュトラー王が考え込む。
「気にし過ぎじゃないか」
「あれは、あれで、厄介なこと、知っているだろうが」
「お前が、突っつくからだろうが」
心配するシュトラー王に、呆れていた。
「でしゃばるやつが、悪い」
「俺たちにすれば、どっちも、どっちだ」
「とにかく、警戒は怠るな」
さっきまでの表情でなく、威厳ある仕草で、二人に命令を下した。
「わかった」
「わかりました、陛下」
読んでいただき、ありがとうございます。




