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輪廻転生  作者: 香月薫
第4章
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第80話  メイ=アシュランス子爵邸に訪問1

 玄関先に、当主ゲイリー・メイ=アシュランス子爵、養子となったユーク、子爵の姪で七歳になるシエロ、リーシャの両親ポルタとカーニャが、ソワソワと待っていたのである。

 両親や弟以外、歓喜に満ちる翡翠の瞳に、入っていない。

 家族とは、スマホで何度も話していたが、実際に会うのは、結婚式以来だった。

 挨拶もしないで、飛び込んでいった娘リーシャを労わるように、両親は優しく、頭や背中を撫でてあげた。


 時間が戻ったような三人。

 ユークは顔を綻びながら、眺めていたのだ。


 すっかり両親も、段取りを忘れたようで、久しぶりに顔を合わせることができて、いろいろと畳み掛けるように話しかけていた。

「パパ、ママ」

 しっかりと、両親を抱きしめている。

 温かな二人の間で、顔を埋めていた。


「元気だったかい?」

「うん。パパ」

「食事は食べている? 寝坊して、食事抜きはしてない?」

 心配げに、娘の日常を気にするカーニャだった。

 してあげられず、ずっと気にかけていた。


「大丈夫、ママ。ユマたちが起こしてくれるから。だから、寝坊はしていないよ」

「それは、よかった」

 少しだけ、安心する両親。

 埋めていた顔を上げ、穏やかな両親に顔を見せた。

「ママも、パパも、元気?」


「元気よ。毎日、パパを仕事に出すのが、大変」

「だって、ママ。二人暮しは、初めてだろう? 新婚の時は、父さんもいたし。何か二回目の新婚みたいで、ママと一緒にいたいのに」

 変わらない甘々な二人の姿に、思わず顔が緩む。

「パパったら」

 恥ずかしさを打ち消すように、無邪気なポルタを窘めた。


 そんな反応も気にせず、ますます甘さが増していく。

「な、リーシャ。少しは、甘えさせてくれても、いいよな。大好きなんだから」

「あ、あなた。子供の前で……」

 子供たちの前でも、平気で愛を囁く。


「パパも、ママも、相変わらずね」

「そうだよ、お姉ちゃん。俺やゲイリーさん、シエロがいるのに、イチャイチャするんだ、恥ずかしいよ。お姉ちゃんからも、言ってくれよ」

 見慣れた光景とは言え、恥も外聞もなく、妻カーニャを愛してやまない姿に、呆れるしかない。

 どこでも、いつでも、妻カーニャに、尽きることがないぐらいに、愛を囁くのである。

 二人は、そんな境遇で育ち、すくすくと成長したのだった。


「パパ。ママに嫌われない程度に、しておかないと、ママ、キレるわよ」

「わかったよ。仕事には遅れないように、努力してみるよ」

「だって、ママ」

 約束を取り付けてから、疑いの眼差しを傾けているカーニャに、視線を移した。

「どうだか。パパは口先のところが、あるから」


 クスクスと、笑う子供たち。

 こうした暖かな時間の流れが、結婚する前まで、毎日のようにあったのだ。

 結婚と同時に、家族はバラバラに暮らすようになり、それぞれ口にしないけれど、何とも言えない寂しさを、お互いに募らせていたのである。


 しばらくの間、ゲイリーからの王太子夫妻への挨拶が、遅れてしまう羽目となった。

 現在の当主ゲイリー・メイ=アシュランス子爵は、リーシャの祖父クロスのいとこの息子に当たる人だった。


 軍人家系でもあったが、ゲイリーは軍人ではない。

 ゲイリーの母親の代から、会社経営を携わっている。

 若きエリート軍人で、当主を務めていたクロスは、一人息子で、他に兄弟がいなかったために、多少の継承問題のいざこざが生じさせていた。

 だが、シュトラー王とクロスの意向で、クロスのいとこで、年若いニクスと言うメイ=アシュランス子爵家の流れを組む、女性が継ぐことになったのだった。


 現在は、ニクスの息子ゲイリーと、亡くなった妻側の姪シエロと、二人して屋敷で暮らしていた。

 幼いシエロに、メイ=アシュランス子爵家の血は流れていない。

 リーシャが王太子アレスと結婚し、弟ユークがゲイリーの養子となり、古くからある子爵家の継承が守られたのである。




 アレス、リーシャ、両親や弟が、部屋に入り、ひと時の時間を過ごすことになった。

 ゲイリーやシエロは遠慮し、家族で過ごせるように計らったのだ。

 それぞれに近況を語りながら、部屋へ入っても、お喋りが続いていた。

 長ソファにリーシャを挟んで、両親が腰掛け、弟のユークは、リーシャや両親の前に、直に腰を下ろし、聞き入っていたのである。


 取り残された形となり、アレスはその中へ、入っていこうとしない。

 食事する際に、絶え間なくお喋りをする姿と、照らし合わせ、納得するのであった。


 大きな窓の近くに、一人用のソファがあり、それに腰掛けたのだった。

 直に座るユークのような真似が、できなかったのである。


(品格と言うものがないな、あれたちには)


 ふと、以前に、二人して夜中に宮殿を抜け出し、評判が悪いと称される裏街に、行ったことを思い出したのだ。

 リーシャの勘のよさで、カジノの男たちに追われる羽目になり、裏街の中を逃げ惑っていた。

 その最中に、カーラと言う裏街の中では、一目置かれる女性に助けられる。

 その家で匿って貰った際に、腰掛けるところがなかったのだ。

 何の躊躇もなく、リーシャが直に床に座ったことを、思い出していたのだった。


(姉弟揃って、よくあんなところに、座れるものだ)


 視線の先を、両親や姉の話に、耳を傾けているユークから、アレスの存在を忘れているリーシャに移し変えた。

 これまで見たことがないぐらいに、父親に抱きつき、甘えていたのだ。

 その甘えきっている表情に、ポルタが蕩けそうな顔で、くだらないことを延々と語っている。

 それに対し、嬉しげに相打ちを打ったりしていた。

 家族とのかかわりが、薄いアレスにとって、想像を超える衝撃だった。


(あれが、父親なのか……)


 威厳と言うものが、感じられない。

 本当に、父親なのかと、疑ってしまうほどだ。

 周りにいる人間を、照らし合わせても、ポルタのような人間がいない。


(威厳を撒き散らすか、無視しているか……じゃ、ないのか……)


 子供に対し、甘い人間を見たことがなかったのである。

 仮宮殿での食事の席で、両親の話題が、よく上がっていた。

 随分と、甘い父親だと言う認識を持っていたが、実際に目の前にすると、予測の範疇を超える甘さぶりに、珍獣でも見るような双眸で見入ってしまった。


 それと同時に、どうして自分の両親と、リーシャの両親は、こうも違うのだろうかと、頭の中で比べてしまう。

 あまりに、違い過ぎるのだ。

 両方の両親の対応の仕方が。

 あれやこれやと耽っていると、今度は母親の方に、抱きついていった。


(あいつは、抱きつき魔か)


 四人の会話が、尽きないらしい。

 どうにか、嘆息を零したいのを抑える。

 ふと、自分の娘しか、興味がないように思えたポルタと視線があった。

 しまりのない顔で、軽く頭を下げてくる。

 それに応じるように、アレスも軽く頷いた。

「王太子殿下も、こちらで、どうですか?」


(ごめんだ。何を話せばいいと言うのだ)


「いいのよ、パパ」

 口を開くよりも早く、リーシャの口の方が動いた。

「……」

 寡黙に黙っているアレス。


 お前は喋り過ぎだと、突っ込みたいのを我慢している。

 両親や、ユークの前だからだ。

 さすがのアレスも、両親の前では悪態をつけない。


 ばつが悪い顔で、カーニャがまだ抱きついているリーシャを、見下ろしていた。

「そうなの? リーシャ」

 不思議そうに、ポルタが首を傾げている。

「うん。静かなのが、好きみたい。でも、アレス。こっちに来て、みんなと話す?」


(くだらない話に、付き合えるか!)


 心の内で、噛み付いている。

 ヘぇーと驚いているポルタやユーク。

 場の空気が読めない娘に呆れつつ、威厳のある態度のアレスに、カーニャが萎縮していたのだ。


 その性格は、父親ポルタ譲りだった。

 どうするの?といった顔に、腹が立った。

 だが、人がいる前で、口を開くことができない。


 のほほんとした声音で、ポルタが誘う。

「どうぞ。お気にしないで、こちらに来てください」

「そうです。王太子殿下も」

 気遣うように、ぎこちなくカーニャも誘ってきた。

 けれど、その双眸は、どう話していいのかと、戸惑っているのがわかっていたのだ。


「いや、結構です」

「そう。楽しいのに」


(どこがだ!)


 心の中で、突っ込んだ。

 そんな突っ込みをされているとは知らず、家族四人はくだらないお喋りに、花を咲かせていた。


 気づかれないように、そっと眺め、アレスは観察していたのである。

 距離的に、さほど離れていない。

 超えられない、境界線のようなものを、自分とリーシャたちの間に感じ、疎外感を抱かずにはいられなかった。


(別なご褒美にすれば、よかった……)


 楽しく語らっている四人の姿から、視線を外し、窓に映る四人の楽しげな光景を眺め続けていた。

 これまでにないぐらいに、嬉しそうなリーシャの顔を、凝視していたのである。


(その顔は、僕にだけ……見せればいい……)


 語らっていると、突然、カーニャが立ち上がろうとした。

「どうしたの? ママ」

「食事の支度。せっかくだから、ママの料理を、リーシャに食べて貰おうと思って」

「本当に? 久しぶりに、ママの料理が食べられるの?」

 久しぶりの手料理に歓喜し、はしゃいでいる。

 いくらおいしいものを食べられるとは言え、馴染んだ味が恋しかった。


「ゲイリーさんに、お願いしたから」

「楽しみ」

「でも、宮殿で食べている料理とは、違うから、ちょっと心配」

 常に、おいしいものを食べ、舌が肥えているだろうと、自信がなかったのだ。

 予想に反し、大喜びをする姿に、ひとまず安堵するのだった。

 どんなにおいしい料理でも、大好きな母親の手料理に、飢えていたのである。


 自信が喪失かけていたカーニャを、胸を張って、ポルタが励ます。

「大丈夫だよ。ママの料理は、世界一美味しいから。パパが証明するよ」

 朗らかな励ましに、小さく笑う。


「私も、ママの料理は、大好きだよ」

「ありがとう、リーシャ。でも、パパは当てになりません。何だって、美味しいしか、言わないんだから」

「だって、ママの作る料理、全部美味しいんだもん」

「「ご馳走様」」


 小さなノックが鳴ったと思ったら、ゆっくりとドアが開かれた。

 姿を現わしたのは、シエロだった。

 しどろもどろしている姿に、穏やかな微笑みと共に、ユークが声をかける。

「シエロ、大丈夫。入っておいで」

 手招きすると、嬉しそうにユークに駆け寄っていった。


 玄関先での挨拶の時でも、ユークの傍らに、ピッタリと寄り添うように立っていたのだ。

 とてもユークに懐いている様子だった。


「ゲイリーさんの姪の、シエロだ」

 ユークの隣に同じように、直に座り込んだシエロに、アレスが眉を潜めた。


(あんなところに座るとは、仕込まれたのか)


 じろりと、シエロのことを紹介しているユークを窺う。

「よろしくね、シエロ」

「王太子妃殿下……」

 緊張した面持ちで、口にしているシエロに話しかける。

「お姉ちゃんでいいよ。シエロ」

 ニッコリと、微笑むリーシャ。

「私は、そう呼んでほしいな。いや?」


(立場をわきまえろ、王太子妃殿下だ)


「言った通りだろう? シエロ。お姉ちゃんで、大丈夫だって」

「うん。ユーク」

 無邪気に、シエロが笑っていた。


 きょとんと立ち尽くしている小柄な身体を、自分の膝に乗せたのである。

 突然のことで、びっくりしていた。

「きゃ、可愛い。柔らかくって、可愛いね、シエロは。妹ができたみたい」

 まだ、驚きの顔が消えない。

 柔らかい頬や、頭を撫でていく。


「可愛いだろう、お姉ちゃん。でも、シエロは、俺の妹分だ」

「何よ、いいじゃない。ユークの妹分なら、私にとっても、妹よ」

 睨み合い、火花を散らし始める二人。

 新しくできた妹を、姉と弟で取り合っていた。


「俺の妹分だ」

「私のよ」

「シエロ、こっちにこい」

「ダメよ。ここにいてね」

 どちらの方に、従った方がいいのかと思案中だ。


「いい加減にしなさい」

「「だって、ママ」」

 いつまで経っても、子供のままの二人を、呆れ顔で睨んでいる。

「まだ、小さいのよ。みんなで遊びなさい。怖がっているじゃないの」

 小さい声で、大丈夫ですと気遣いもみせる。

 さすがに、やり過ぎたと、反省する二人。


「「はぁーい。ママ」」

「はいは、短くよ、二人とも」

「「はい……」」

「ママは、料理を作りに行くけど、仲良くね」

「はい」

「パパも、お手伝いにいってくるよ」

 優しげな眼差しで、事の成り行きを窺っていたポルタだった。


「ケンカせずに、二人共仲良くね」

「わかっているわね。リーシャ、ユーク」

 最後に、もう一度だけカーニャが釘を刺した。

 すぐに、言い合いをする二人が不安だったのだ。

「もうしないってば、ママ」

「そうだよ、信じてよ」

「わかったわ」


 ポルタとカーニャが、部屋を出て行くと、三人は庭で遊ぶことを決めた。

 傍観していたアレスを誘ったが、即座に断って、三人は瞬く間に、庭へ出てしまう。

 そして、アレスが座っている位置から、庭で遊ぶ無邪気な三人の姿を捉えていた。


 年齢も考えず、小さな子供のように遊ぶリーシャ。

 呆れるしかない。

 はしゃいで遊んでいる姿は、十五歳の姿と思えなかったのだ。


(歳を考えろ。大人としての自覚が、まったくない)


 けれど、終始アレスの視線は、無邪気にはしゃぐ姿を追っていた。


読んでいただき、ありがとうございます。

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