第79話 赤いペンダント2
今回は、ドレスの破損もなく、無難にパーティーを終わらせたリーシャだった。
ドレスの点検をしていたユマたちも、安堵の面持ちだ。
ドレスの異変に気づくたびに、口にできないが、心を痛めていたのだった。
日が経ち、待ち焦がれていた家族と、過ごせる運びとなる。
弟ユークの養子先、メイ=アシュランス子爵邸に、向かっている車内。
聞き慣れた声をよそにし、何を考えているか、わからない表情で、アレスが無言を通していたのである。
その無言の頻度が、ここ数日多いように感じていた。
だが、どこか機嫌が悪いのだろうと抱くだけで、深く追求していなかった。
それ以上に、家族に会える喜びの方が、増していたからだ。
ピリピリとした空気を、アレスは隠そうとしない。
脇にいるリーシャは、両親や弟に会える喜びに、溢れていて気づかなかった。
口を閉ざしているアレスの視線の矛先が窓の外。
思考の先は、別のところへ、流れ込んでいたのである。
ある日の夕食の際の出来事だった。
食事をするのも忘れ、リーシャが喋り続けていたのである。
久しぶりに、家族に会える喜びから、無視されようと、腹を立てることなく、浮き立つ気持ちだった。
居た堪れないのは、周囲にいる侍従や侍女たちだ。
果てしなく続いている喋りが、終わりそうもない。
珍しく、お喋りが頭を素通りしていく。
普段、聞いてない振りし、ちゃんと聞いていたのだ。
脳裏に、くっきりと映し出されているのは、燃えるような赤いペンダントだった。
クリスマスでも、誕生日でもない、どこかへいったお土産でもない。
ただ、ラルムがリーシャに渡すところを、目撃して以来、イライラと落ち着かない気持ちが、現在も進行形で、続いていたのである。
いっこうに、静まる気配もみせなかった。
忘れたくても、忘れられない記憶。
普段なら、数日リーシャをからかったり、困らせたりして、怒りも収まっていた。
なぜか、今回ばかりは、違っていた。
記憶が呼び起こされるたびに、湧き立つ怒りを、鎮火させられなかったのだ。
怒りのまま、それを、また行動に移せば、ダメなような気がした。
なぜか、危険と言うシグナルが、鳴り響いていたのである。
そのために、かかわり持たないように行動し、いつも以上に付きまとってくるリーシャを無視続けていたのだ。
(こんなはずではなかった……)
以前に、困らせ過ぎたかと巡らせ、リーシャを喜ばせて、自分も楽しもうとしていた。
だが、そんな気持ちが吹っ飛んでしまい、悶々とする気持ちのまま過ごしていた。
(楽しむのは、自分一人だ。……他は、ダメだ)
視界に入る光景さえ、記憶に止められない。
それほどまでに、思考が深く、のめり込んでいった。
(なのに……、ラルムが……。関係ない人間が、出てくるな)
思い出したくない記憶が、寸分の狂いもなく、鮮明にリプレイされる。
うんざりするほど、リプレイされていたのだ。
クールな表情のままで、心の中では苦虫を潰していた。
赤いペンダントを渡された日の夕食の時も、嬉しそうに、そのことをベラベラと語っていたのである。
恒例行事になりつつある食事の際のリーシャのお喋り。
静かに、食べているアレス。
その前で、家族の話や友達の話をしたり、それに加え、今日あった出来事など、様々な話を、時には身振り手振りを交え、一人舞台のように、永遠と語っていたのだ。
周囲が、あたふたと無言を通しているアレスの顔色を窺っている。
その最中でも、そんな空気を感知しない。
ただ、楽しそうに、話していた。
いつものように、淡々と黙って、食事をしている。
一見、普通に食事をしているようで、内情は胸焼けを起こし、閉じる気配がない口を、塞ぎたかったのだ。
機嫌が悪くならないかと、周りに控えている侍従や、侍女たちが焦っていた。
いつもの無表情で、アレスが食べている。
そして、食べ終わったら、そそくさと退席し、その場を離れたのだった。
その場に居合わせた誰もが、ホッと、胸を撫で下ろしていた。
いつもの代わり映えのない食事風景を終え、自分の部屋に戻ってきたアレス。
まっすぐに、長ソファに深めに腰掛けた。
疲れたように、背凭れに背中をゆっくりと預ける。
(くそっ! あいつは、何を考えている)
会議のために、書類をいくつか読み込んでおく必要があった。
それに加え、訓練したデータを、もう一度、確かめておく必要もあったのだ。
けれど、そのまま放置したままだった。
休む時間など、どこにもない。
それほど、休日を作るために、仕事をハードに組み込んでいたのである。
全身が重く、少し長めの息を吐く。
やらなくてはと抱くが、やる気が起こらない。
控えめに、ドアがノックされる。
何となく、誰か予測はついていた。
(なぜ、来る?)
何か窺うように、ゆっくりと、ドアが開かれる。
入ってきたのは、案の定、先ほどまで、一緒に食事を取っていたリーシャだった。
えへへと、頭だけ出して笑っている。
話足らなかったらしく、先にいってしまったアレスの後を追って、食事を済ませ、自分の部屋に戻らず、アレスの部屋にやってきたのだった。
黙っていると、ニコニコと一人用のソファに座り込む。
触り心地がいいクッションを、抱きかかえる。
いつもの動作を、いつものように、アレスが視線で追っているだけ。
「これがね、ラルムから、貰ったペンダント」
嬉しそうに、ポケットから出し、無口なアレスの前に出した。
硬く、口が閉じられたままでも、平気で話を続けている。
これまで、身の回りにいなかったタイプだった。
不機嫌と感じれば、即座に引き潮のように、誰もが引いていったのである。
どういう訳か、目の前にいるリーシャは、違っていたのだ。
「いいでしょ?」
さらに、よく見せようと、角度を変え、見せた。
「いいよね?」
(僕に、見せる必要があるのか?)
シュトラー王や王妃エレナから、貰ったドレスや小物の際は、今のように嬉しそうに、見せに来なかったことを思い起こしていた。
どちらかと言えば、困った顔を覗かせていたのだ。
競い合うように、二人はリーシャに贈り物を、山のように贈り合っていたのである。
二人からの贈り物と比べると、ラルムが贈った物は、些細な金額だろうに、何で二人からの贈り物よりも、喜んでいるのか理解できなかった。
表情に出さず、怪訝な思いだけを抱く。
凭れたまま、ゆっくりと足を組んだ。
「だから、何だ」
興味なさげに、吐き捨てた。
「せっかくだから、見せに来たの? 凄く綺麗な深紅の石でしょ?」
瞳を輝かせて語る姿が、さらに機嫌を悪くする。
(わざわざ見せに来ないでも、知っている。そんなこと!)
怒鳴って、噛み付きたいのを、無理やりに沈めた。
目の前にいる人間は、全然気づく気配がない。
単に、何かが原因で、機嫌が悪いだろうしか、思っていないのだ。
まさか、自分が原因であることは感じてない。
それが、余計に、腹立たしいことでもあった。
「陛下や王妃から、貰ったものの方が、高価だろう?」
溢れる感情を抑えていたために、いつもにまして、声が低かった。
「あのね、金額じゃないの。気持ちの問題よ」
「気持ち? 何だ、それ?」
眉間にしわが寄る。
次の言葉で、さらに、忌々しさを募らせた。
「アレスだって、誰かのために、プレゼントしたことだって、あるでしょ?」
「ない。侍従たちに、送らせているだけだ」
リーシャの顔は、そんな人いるの?と書かれていた。
(何だ! その顔は?)
「……じゃ、何を贈ったか、知らないの?」
「そういう場合もある。基本的に、後で、報告が上がってくる」
「報告って……」
「何だ。当たり前のことだろう」
信じられないと、目を見開き、絶句している。
「陛下にも? 王妃様にも?」
「ない」
「じゃ、誰がプレゼントを、考えてるの?」
「ウィリアムか、または、秘書官辺りだろう」
さらっと、当然のように答えた。
「最近では、言わなくても、ウィリアムが、勝手に送っている」
知らないところで、ウィリアムたちが出している場合もあった。
贈り物に対し、興味がなかったのである。
だから、周りの人間が気遣い、アレス名義で、贈り物を出していたのだ。
当然のことだと抱いているアレスの姿を、食い入るように見入っている。
リーシャは弟と共同で、両親にプレゼントしたり、友達にもプレゼントしたりしていたのだった。
プレゼントを考える時間は、とても楽しいものだと、考えていたのである。
考えることが、対照的な二人だった。
「ご両親にも?」
「ない」
「本当にないの? 誰か一人ぐらいは、いるでしょ?」
「ないと、何度、言わせる」
うんざりし、険のある視線を巡らせている。
当の本人は、怯まずに嘆息を零していた。
(何だ、その顔は!)
「……プレゼントと言うのは、あげる人のことを思って、何をあげれば、喜んで貰えるのかとか、あげる人の顔を思い出しながら、楽しく選ぶものなの」
聞けば、聞くほど、面白くもなかった。
瞬間的に、赤いペンダントの記憶が、呼び起きたからだ。
(こいつの、変な顔を思い出しながら、選んだと言うのか)
湧き立つ感情を抑えようと、心の中で、深呼吸を何度も繰り返す羽目となった。
そうしないと、爆発しそうだった。
小さい頃から、感情を出すなと、教育を受けていたせいもあり、顔は平常心のままだ。
この複雑な気持ちを、ぶつければ、泣かすのは決定的な気がした。
からかって、困る姿を見て、楽しみたいと巡らせても、泣かせたい訳ではない。
ただ、変幻自在に、表情を変わる顔が見たいのだ。
コロコロと、変化する顔を気に入っていた。
それだけだったのだ……。
「勿論、陛下や王妃様のプレゼントも、嬉しかったよ」
どうだかと、鼻先で笑う。
「でもね、こういう何気ないプレゼントは、嬉しいものなの、人一倍ね」
(人一倍だと……)
歯噛みし、目の前に赤いペンダントを、引きちぎりたくなる。
キラキラと、赤いペンダントが揺れる。
ふと、アレスは食い入るように、これまで見たくないと避けていた、ペンダントを見入ってしまう。
翡翠色の瞳に、深紅のような鮮やかな色が、とても映えていた。
「……、!」
古い記憶が、呼び起こされる。
深紅のガーネットは、王妃からラルムの母親に、結婚の際に贈られたアンティークジュエリーのブローチの一部だった。
それはアレスの母親も、同じように王妃から、色鮮やかなエメラルドが、基調のアンティークジュエリーのブローチを贈られ、大切にしていたこともあり、記憶に残っていたのだ。
(なぜ? そんなものを、リーシャが持っている?)
ふとした疑問を解消すべき、苛立ちを、微かに含めながら、口を開く。
「……ラルムから、貰ったんだよな」
「そうだよ。何度も、言っているよ?」
きょとんした顔で、首を傾げている。
「出どころは、聞いているのか?」
「出どころって、赤い宝石のこと?」
「当たり前だ。他に、何がある」
さっさと話せと言う剣幕に、ムッとしていた。
(そんなに、怒らなくっても、いいのに)
「ラルムのお母さんのものだったって。でね、ラルムのお母さんが、ラルムにあげてね、私のところに、来たの。安物で悪かったって、言っていたけど、可愛くって、凄く気に入っちゃった。いいでしょ? 私の大切なお守りなの」
「安物……」
か細い声で、呟いた。
(安物と、よく言ったものだ。年代物のアンティークジュエリーだぞ? 贈られたエメラルドも、ガーネットも、貴重なもので、めったにない代物だと、聞いたことがある。それに、大切なお守りだと……。そんなものに頼って、どうする? 自分の力でやれ!)
バカ面で、微笑んでいる顔が、憎く感じる。
(あいつのために、微笑むな!)
「つまらない話は、終わりだ。仕事の邪魔をするな」
立ち上がったアレスは、机に向かってしまい、早く帰れと、まだ話したいリーシャを追い出したのだった。
ふと、現実に、引き戻されるアレス。
まだ、リーシャの喋りが続いており、呆れてしまう。
(両親と弟に会えることが、そんなに嬉しいのか? 僕にはわからない)
「静かにしろ」
「んっ? 何か言った?」
「静かにしろと、言った」
「だって、久しぶりに、みんなと会えるんだよ」
「中止にしても、いいんだぞ」
鋭く睨めつけ、ただの口先で言っている訳ではないと、瞬時に嗅ぎつけた。
開きかけた口を、あっという間に閉じてしまう。
「それで、いい」
鷹揚な態度のまま、自分の世界へと入り込んだ。
ブスッとした顔で、リーシャが真正面に向き直した。
剥れながらも、閉じられた口が、目的地まで到着するまで、開かれることはない。
チラリと、気づかれないように、アレスが隣の様子を窺った。
急に、先日のパーティーで、息女たちの取り巻きに囲まれていたリーシャの元へ、ジュ=ヒベルディア伯爵が、近づいていたことを思い出したのだった。
リーシャと距離をとっていても、それとなく、様子を窺っていたのだ。
そんな時に、ジュ=ヒベルディア伯爵が、困っているリーシャを助けるために近づいていったのだった。
(何を考えているのだ? ジュ=ヒベルディア伯爵は?)
微かに、目を細めた。
よからぬ不安が、立ち込める。
目的が、見えなかったのだ。
(面倒なことは、ごめんだ……)
出口の見えない思考が、いったん中断することになった。
目的地メイ=アシュランス子爵邸に、到着したからである。
重厚な門をくぐり、玄関先に横付けられ、車が止められた。
止められた瞬間に、開けられるのを待っていられず、リーシャ自らドアを開け、出て行ってしまった。
当主の子爵に挨拶もせず、両親たちの元へ飛び込んでいった。
(バカ……)
読んでいただき、ありがとうございます。




