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輪廻転生  作者: 香月薫
第4章
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第79話  赤いペンダント2

 今回は、ドレスの破損もなく、無難にパーティーを終わらせたリーシャだった。

 ドレスの点検をしていたユマたちも、安堵の面持ちだ。

 ドレスの異変に気づくたびに、口にできないが、心を痛めていたのだった。




 日が経ち、待ち焦がれていた家族と、過ごせる運びとなる。

 弟ユークの養子先、メイ=アシュランス子爵邸に、向かっている車内。

 聞き慣れた声をよそにし、何を考えているか、わからない表情で、アレスが無言を通していたのである。


 その無言の頻度が、ここ数日多いように感じていた。

 だが、どこか機嫌が悪いのだろうと抱くだけで、深く追求していなかった。

 それ以上に、家族に会える喜びの方が、増していたからだ。


 ピリピリとした空気を、アレスは隠そうとしない。

 脇にいるリーシャは、両親や弟に会える喜びに、溢れていて気づかなかった。


 口を閉ざしているアレスの視線の矛先が窓の外。

 思考の先は、別のところへ、流れ込んでいたのである。


 ある日の夕食の際の出来事だった。

 食事をするのも忘れ、リーシャが喋り続けていたのである。

 久しぶりに、家族に会える喜びから、無視されようと、腹を立てることなく、浮き立つ気持ちだった。


 居た堪れないのは、周囲にいる侍従や侍女たちだ。

 果てしなく続いている喋りが、終わりそうもない。


 珍しく、お喋りが頭を素通りしていく。

 普段、聞いてない振りし、ちゃんと聞いていたのだ。


 脳裏に、くっきりと映し出されているのは、燃えるような赤いペンダントだった。

 クリスマスでも、誕生日でもない、どこかへいったお土産でもない。

 ただ、ラルムがリーシャに渡すところを、目撃して以来、イライラと落ち着かない気持ちが、現在も進行形で、続いていたのである。


 いっこうに、静まる気配もみせなかった。

 忘れたくても、忘れられない記憶。

 普段なら、数日リーシャをからかったり、困らせたりして、怒りも収まっていた。

 なぜか、今回ばかりは、違っていた。

 記憶が呼び起こされるたびに、湧き立つ怒りを、鎮火させられなかったのだ。


 怒りのまま、それを、また行動に移せば、ダメなような気がした。

 なぜか、危険と言うシグナルが、鳴り響いていたのである。

 そのために、かかわり持たないように行動し、いつも以上に付きまとってくるリーシャを無視続けていたのだ。


(こんなはずではなかった……)


 以前に、困らせ過ぎたかと巡らせ、リーシャを喜ばせて、自分も楽しもうとしていた。

 だが、そんな気持ちが吹っ飛んでしまい、悶々とする気持ちのまま過ごしていた。


(楽しむのは、自分一人だ。……他は、ダメだ)


 視界に入る光景さえ、記憶に止められない。

 それほどまでに、思考が深く、のめり込んでいった。


(なのに……、ラルムが……。関係ない人間が、出てくるな)


 思い出したくない記憶が、寸分の狂いもなく、鮮明にリプレイされる。

 うんざりするほど、リプレイされていたのだ。

 クールな表情のままで、心の中では苦虫を潰していた。


 赤いペンダントを渡された日の夕食の時も、嬉しそうに、そのことをベラベラと語っていたのである。

 恒例行事になりつつある食事の際のリーシャのお喋り。

 静かに、食べているアレス。

 その前で、家族の話や友達の話をしたり、それに加え、今日あった出来事など、様々な話を、時には身振り手振りを交え、一人舞台のように、永遠と語っていたのだ。


 周囲が、あたふたと無言を通しているアレスの顔色を窺っている。

 その最中でも、そんな空気を感知しない。

 ただ、楽しそうに、話していた。


 いつものように、淡々と黙って、食事をしている。

 一見、普通に食事をしているようで、内情は胸焼けを起こし、閉じる気配がない口を、塞ぎたかったのだ。


 機嫌が悪くならないかと、周りに控えている侍従や、侍女たちが焦っていた。

 いつもの無表情で、アレスが食べている。

 そして、食べ終わったら、そそくさと退席し、その場を離れたのだった。

 その場に居合わせた誰もが、ホッと、胸を撫で下ろしていた。


 いつもの代わり映えのない食事風景を終え、自分の部屋に戻ってきたアレス。

 まっすぐに、長ソファに深めに腰掛けた。

 疲れたように、背凭れに背中をゆっくりと預ける。


(くそっ! あいつは、何を考えている)


 会議のために、書類をいくつか読み込んでおく必要があった。

 それに加え、訓練したデータを、もう一度、確かめておく必要もあったのだ。

 けれど、そのまま放置したままだった。

 休む時間など、どこにもない。

 それほど、休日を作るために、仕事をハードに組み込んでいたのである。


 全身が重く、少し長めの息を吐く。

 やらなくてはと抱くが、やる気が起こらない。

 控えめに、ドアがノックされる。

 何となく、誰か予測はついていた。


(なぜ、来る?)


 何か窺うように、ゆっくりと、ドアが開かれる。

 入ってきたのは、案の定、先ほどまで、一緒に食事を取っていたリーシャだった。

 えへへと、頭だけ出して笑っている。

 話足らなかったらしく、先にいってしまったアレスの後を追って、食事を済ませ、自分の部屋に戻らず、アレスの部屋にやってきたのだった。


 黙っていると、ニコニコと一人用のソファに座り込む。

 触り心地がいいクッションを、抱きかかえる。

 いつもの動作を、いつものように、アレスが視線で追っているだけ。


「これがね、ラルムから、貰ったペンダント」

 嬉しそうに、ポケットから出し、無口なアレスの前に出した。

 硬く、口が閉じられたままでも、平気で話を続けている。


 これまで、身の回りにいなかったタイプだった。

 不機嫌と感じれば、即座に引き潮のように、誰もが引いていったのである。

 どういう訳か、目の前にいるリーシャは、違っていたのだ。


「いいでしょ?」

 さらに、よく見せようと、角度を変え、見せた。

「いいよね?」


(僕に、見せる必要があるのか?)


 シュトラー王や王妃エレナから、貰ったドレスや小物の際は、今のように嬉しそうに、見せに来なかったことを思い起こしていた。

 どちらかと言えば、困った顔を覗かせていたのだ。

 競い合うように、二人はリーシャに贈り物を、山のように贈り合っていたのである。

 二人からの贈り物と比べると、ラルムが贈った物は、些細な金額だろうに、何で二人からの贈り物よりも、喜んでいるのか理解できなかった。


 表情に出さず、怪訝な思いだけを抱く。

 凭れたまま、ゆっくりと足を組んだ。


「だから、何だ」

 興味なさげに、吐き捨てた。

「せっかくだから、見せに来たの? 凄く綺麗な深紅の石でしょ?」

 瞳を輝かせて語る姿が、さらに機嫌を悪くする。


(わざわざ見せに来ないでも、知っている。そんなこと!)


 怒鳴って、噛み付きたいのを、無理やりに沈めた。

 目の前にいる人間は、全然気づく気配がない。

 単に、何かが原因で、機嫌が悪いだろうしか、思っていないのだ。

 まさか、自分が原因であることは感じてない。

 それが、余計に、腹立たしいことでもあった。


「陛下や王妃から、貰ったものの方が、高価だろう?」

 溢れる感情を抑えていたために、いつもにまして、声が低かった。

「あのね、金額じゃないの。気持ちの問題よ」

「気持ち? 何だ、それ?」

 眉間にしわが寄る。


 次の言葉で、さらに、忌々しさを募らせた。

「アレスだって、誰かのために、プレゼントしたことだって、あるでしょ?」

「ない。侍従たちに、送らせているだけだ」

 リーシャの顔は、そんな人いるの?と書かれていた。


(何だ! その顔は?)


「……じゃ、何を贈ったか、知らないの?」

「そういう場合もある。基本的に、後で、報告が上がってくる」

「報告って……」

「何だ。当たり前のことだろう」

 信じられないと、目を見開き、絶句している。


「陛下にも? 王妃様にも?」

「ない」

「じゃ、誰がプレゼントを、考えてるの?」

「ウィリアムか、または、秘書官辺りだろう」

 さらっと、当然のように答えた。


「最近では、言わなくても、ウィリアムが、勝手に送っている」

 知らないところで、ウィリアムたちが出している場合もあった。

 贈り物に対し、興味がなかったのである。

 だから、周りの人間が気遣い、アレス名義で、贈り物を出していたのだ。


 当然のことだと抱いているアレスの姿を、食い入るように見入っている。

 リーシャは弟と共同で、両親にプレゼントしたり、友達にもプレゼントしたりしていたのだった。

 プレゼントを考える時間は、とても楽しいものだと、考えていたのである。

 考えることが、対照的な二人だった。


「ご両親にも?」

「ない」

「本当にないの? 誰か一人ぐらいは、いるでしょ?」

「ないと、何度、言わせる」

 うんざりし、険のある視線を巡らせている。

 当の本人は、怯まずに嘆息を零していた。


(何だ、その顔は!)


「……プレゼントと言うのは、あげる人のことを思って、何をあげれば、喜んで貰えるのかとか、あげる人の顔を思い出しながら、楽しく選ぶものなの」

 聞けば、聞くほど、面白くもなかった。

 瞬間的に、赤いペンダントの記憶が、呼び起きたからだ。


(こいつの、変な顔を思い出しながら、選んだと言うのか)


 湧き立つ感情を抑えようと、心の中で、深呼吸を何度も繰り返す羽目となった。

 そうしないと、爆発しそうだった。


 小さい頃から、感情を出すなと、教育を受けていたせいもあり、顔は平常心のままだ。

 この複雑な気持ちを、ぶつければ、泣かすのは決定的な気がした。

 からかって、困る姿を見て、楽しみたいと巡らせても、泣かせたい訳ではない。

 ただ、変幻自在に、表情を変わる顔が見たいのだ。

 コロコロと、変化する顔を気に入っていた。

 それだけだったのだ……。


「勿論、陛下や王妃様のプレゼントも、嬉しかったよ」

 どうだかと、鼻先で笑う。

「でもね、こういう何気ないプレゼントは、嬉しいものなの、人一倍ね」


(人一倍だと……)


 歯噛みし、目の前に赤いペンダントを、引きちぎりたくなる。

 キラキラと、赤いペンダントが揺れる。

 ふと、アレスは食い入るように、これまで見たくないと避けていた、ペンダントを見入ってしまう。

 翡翠色の瞳に、深紅のような鮮やかな色が、とても映えていた。


「……、!」

 古い記憶が、呼び起こされる。


 深紅のガーネットは、王妃からラルムの母親に、結婚の際に贈られたアンティークジュエリーのブローチの一部だった。

 それはアレスの母親も、同じように王妃から、色鮮やかなエメラルドが、基調のアンティークジュエリーのブローチを贈られ、大切にしていたこともあり、記憶に残っていたのだ。


(なぜ? そんなものを、リーシャが持っている?)


 ふとした疑問を解消すべき、苛立ちを、微かに含めながら、口を開く。

「……ラルムから、貰ったんだよな」

「そうだよ。何度も、言っているよ?」

 きょとんした顔で、首を傾げている。


「出どころは、聞いているのか?」

「出どころって、赤い宝石のこと?」

「当たり前だ。他に、何がある」

 さっさと話せと言う剣幕に、ムッとしていた。


(そんなに、怒らなくっても、いいのに)


「ラルムのお母さんのものだったって。でね、ラルムのお母さんが、ラルムにあげてね、私のところに、来たの。安物で悪かったって、言っていたけど、可愛くって、凄く気に入っちゃった。いいでしょ? 私の大切なお守りなの」

「安物……」

 か細い声で、呟いた。


(安物と、よく言ったものだ。年代物のアンティークジュエリーだぞ? 贈られたエメラルドも、ガーネットも、貴重なもので、めったにない代物だと、聞いたことがある。それに、大切なお守りだと……。そんなものに頼って、どうする? 自分の力でやれ!)


 バカ面で、微笑んでいる顔が、憎く感じる。


(あいつのために、微笑むな!)


「つまらない話は、終わりだ。仕事の邪魔をするな」

 立ち上がったアレスは、机に向かってしまい、早く帰れと、まだ話したいリーシャを追い出したのだった。


 ふと、現実に、引き戻されるアレス。

 まだ、リーシャの喋りが続いており、呆れてしまう。


(両親と弟に会えることが、そんなに嬉しいのか? 僕にはわからない)


「静かにしろ」

「んっ? 何か言った?」

「静かにしろと、言った」

「だって、久しぶりに、みんなと会えるんだよ」

「中止にしても、いいんだぞ」


 鋭く睨めつけ、ただの口先で言っている訳ではないと、瞬時に嗅ぎつけた。

 開きかけた口を、あっという間に閉じてしまう。


「それで、いい」

 鷹揚な態度のまま、自分の世界へと入り込んだ。

 ブスッとした顔で、リーシャが真正面に向き直した。

 剥れながらも、閉じられた口が、目的地まで到着するまで、開かれることはない。


 チラリと、気づかれないように、アレスが隣の様子を窺った。

 急に、先日のパーティーで、息女たちの取り巻きに囲まれていたリーシャの元へ、ジュ=ヒベルディア伯爵が、近づいていたことを思い出したのだった。

 リーシャと距離をとっていても、それとなく、様子を窺っていたのだ。

 そんな時に、ジュ=ヒベルディア伯爵が、困っているリーシャを助けるために近づいていったのだった。


(何を考えているのだ? ジュ=ヒベルディア伯爵は?)


 微かに、目を細めた。

 よからぬ不安が、立ち込める。

 目的が、見えなかったのだ。


(面倒なことは、ごめんだ……)


 出口の見えない思考が、いったん中断することになった。

 目的地メイ=アシュランス子爵邸に、到着したからである。

 重厚な門をくぐり、玄関先に横付けられ、車が止められた。


 止められた瞬間に、開けられるのを待っていられず、リーシャ自らドアを開け、出て行ってしまった。

 当主の子爵に挨拶もせず、両親たちの元へ飛び込んでいった。


(バカ……)


読んでいただき、ありがとうございます。

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