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輪廻転生  作者: 香月薫
第4章
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第78話  パーティー

 王立劇場で、古典劇を鑑賞した後、近くのホテルの会場で、外国の大使夫妻や、多くのお客を招いた盛大なパーティーに、王太子夫妻も参加し、華やかな会場が賑わっている。


 慣れているアレスは、次々に挨拶に来る人たちに、和やかな表情で、軽やかな立ち振舞いの対応をみせていた。

 それに引き換え、何度もパーティーや、催し物に出席しているにもかかわらず、慣れることがないリーシャは、年頃が近い息女たちに囲まれ、慌てふためきながら、一生懸命に、できるだけ醜態が出ないように、対応に追われていたのである。


 聞き慣れない会話に、上の空で、軽い相槌を打ちながら、視線の先は離れた位置で、優雅に話している集団に流れてしまう。

 その華やいだ集団の中で、ひと際目立つ存在がいた。

 華麗な佇まいでアレスが、大使夫妻相手に話し込んでいたのだ。

 アレスや、大使夫妻をグルリと囲むように、少しでも若き王太子と喋ろうと、人が集まっていたのである。


(目立つな。すぐに見つけちゃう……)


 たくさんの人に囲まれていようとも、視界はすぐにアレスの姿を捉えていた。

 集団の中に埋もれていても、輝きあるオーラを出している姿を、見つけることは容易だった。


 ケンカばかりで、ムカつくことが多いけれど、なぜか視線を彷徨いさせながら、常に追いかけていた。

 キラキラと光る、宝石が散りばれたように、全身が輝いていたのだ。

 どんなに見失っても、すぐに姿を見つけることができたのである。

 時折、話しているアレスの口角が上がっていた。


(他の人には、あんな顔できるのに、どうして、私にはしてくれないのかしら)


 優しい顔に、一人見惚れてしまう。

 嫌味しか、言わない口は、腹立たしいが、文句のつけようがない、精悍な顔なのだ。


(そうしたら、もっと違うのに……)


 目の前で、笑うアレスの姿が浮かぶ。


(……私、何を一体考えているの?)


 心の中で、頭を振った。

 さすがに理性が働き、みっともない醜態を晒せない。


(パーティーに、集中しなきゃ)


 次に、掠めていたのは、測定検査のことだ。

 ずっと、心の隅で、気になっていることがあった。


(何で、何にも言わないのよ。少しは、何か言ってくれても、いいのに……。よかったとか、悪かったとか……、あまり悪かったことは、言われたくないけど、でも、何か言ってほしかったのに。きっと、そうすれば、もっと頑張れるはずだから……)


 初めての測定検査が終わってから、何か言ってくれるのかと、微かな期待を胸に抱いていた。

 ただ、何でもよかったのである。

 言葉なんて。


 けれど、ケンカの際は、饒舌なほど紡ぎ出すのに、普段は口を開くことがない。

 冷ややか眼差しなどで、無言の威圧をするだけだった。

 今回は、そんな視線もなく、なぜか無視されていたのである。

 視線を交わそうとするたびに、外されるような感覚を感じていたのだ。


(どうしちゃったんだろう……)


 初めてにしては、上出来だったと、言葉をかけてくれないかと、淡い思いを巡らしていたが、何もかけられないままに、いつも一緒にいてくれるラルムと、別メニューをするために、訓練室を移動してしまったのである。

 帰りの車内で、何か言ってくれないかと、願っていたが、何も言わなかった。

 ただ、何かの書類に目を通しているだけで、結局、何も言わずじまいだった。


 物悲しい風が、リーシャの身体に、吹き込んでいく。

 両親や、弟の温もりを探しても、ここにはない。

 沈んでいた時は、いつも両親が抱きしめてくれたし、常にケンカしている弟も、暖かな温もりを、分けてくれていたのである。

 だが、結婚と同時に、そんな温もりを感じることが、できなくなってしまった。


 夫となったアレスとはケンカばかりで、優しい触れ合いなんて、程遠いものだった。

 対照的に、いつも優しく接してくれるラルムは、頑張ったね、大丈夫だよなどと、励ましをかけてくれて、嬉しかった。

 また、次も頑張ろうと言う気にも慣れた。


「王太子妃殿下。どう思われます?」

「えっ……」

 突然、話を振られてしまい、身体がフリーズする。


 悶々と巡らしている間、息女たちのお喋りは続いていたのだ。

 完全に、別な思考へ傾けていたせいで、全然、話の内容がわからない。

 きちんと聞いていたとしても、話の内容はわからなかっただろう。

 毎回話しかけてくる内容が、知らない話ばかりで、困ってしまっていたからだ。


 毎回そうした、あからさまのいやな態度に対抗すべき、勉強してくるのだが、向こうも向こうで、話の内容を、がらりと変えてくる戦法で来るので、必死に時間を見つけては、ブランドやセレブたちが通うお店などを、勉強しているが、追いつけないのが現状だった。

 頬が、ピクピクと引きつっていた。

 優雅な佇まいで、息女たちが返答を待っている。


(はたして、イエスと答えるべきか、ノーと答えるべきか。それとも、相槌で交わせる内容だったのだろうか……)


 話を聞いてないせいで、その判断も覚束ない。

 どういう態度を取っていいのかと、対応に苦慮している。

 息女たちはニコニコし、恥をかく、答えを待っているのだ。


 煮えきれない態度に、息女たちが、密かにほくそ笑んでいた。

 途中から、リーシャが話を聞いていないことは、誰もが察していた。

 それを無視し、話を続けていたのだ。

 自分たちの憧れの的だったアレス王子を奪った人間に、嫌がらせをするためである。

 答えに、窮することを見越してだ。

 そんな術中に、見事にハマってしまった。


(今日こそはと、思っていたのに。絶対に隙を見せないぞと……。どうしよう……。どう返答すれば、いいの?)


 困惑している背後に、一人の息女が回り込む。

 その様子を隠すために、他の息女たちが、それとなく移動し、背後に立つ息女を、すっぽりと覆ってしまった。

 背後に回り込んだ息女の姿が、他の目に、触れないようになってしまった。

 完全なる死角が、でき上がってしまったのである。


 取り囲む息女たちは、視線だけで、会話していく。

 自分の迂闊さが招いた失態で、それどころではない。

 取り囲む息女たちは、天使の微笑みの裏で、嘲り笑っていたのだ。


 何か答えようと、何度も、口を開きかけようとする。

 すぐに、その口は閉じられてしまった。

 そんな態度に、息女たちが侮蔑も、侮辱の笑みをしない。

 ただ、優雅に笑っているのみだ。


 自分たちの憧れの的であったアレスを奪った、民間出身の、ただの娘に過ぎない、リーシャのことを、多くの貴族の息女たちは、嫌っていたのである。

 誰も、場に不慣れなリーシャを、嘲ることで、自分たちの鬱憤を、晴らしていたのだ。


 こんな真似をしても、自分たちのことを、よく思われたいので、アレスと離れた瞬間を見計らい、戸惑うリーシャを取り囲み、言葉巧みに嫌味を言ったり、密かに着ているドレスに染みを作ったり、切ったりと、陰険ないじめを繰り返していたのだった。


 毎回、目にする嫌がらせの痕跡に、仕えているユマたちも案じていた。

 傍らに仕える人間が、気づかない訳がない。

 けれど、ことを大事にしたくないために、自分が失態したからだと言い繕って、小さく収めようとしていた。

 だが、どう見ても、自らつけた跡に見えない。

 ユマたちの間では、有耶無耶とするしかなかったのだ。


 陰険ないじめは、やむ気配がない。

 段々と、エスカレートしていくさまに、心を痛めていたのである。

 せっかくいただいたドレスに、傷を作って、悲しかった。

 悲しくって、悲しくって、逃げ出したいと……。

 紙一重なところで、踏みとどまっていたのだ。


 夫のアレスの元にも、そうした報告が上がっていたし、実際に目にしたことがあった。

 けれど、事態を収拾することなく、静観していたのみだった。

 心配するラルムは、どうにか助けようとするが、頻繁に近づくことが叶わず、手をこまねいていたのである。


 視界から外れた息女が、すでに割ってあったグラスの欠片で、ドレスを裂こうとした。

 グラスの欠片は、鋭利な欠片へと変貌していた。

 裂ける音も、周囲の雑音で聞こえない。

 破れた後、ドレスが破れていると、みんなで言い始めるのである。

 それぞれが楽しげに、その先を思い描いていたのだ。


「リーシャ妃殿下。初めて伺います」

 背後から、声をかけてきた人物がいた。

 びくっと、息女が身体を震わせ、裂こうとした鋭利な欠片を、即座に隠した。


 いくつもの仮面をかぶった息女たちが、驚嘆しつつも、内心、舌打ちを打って、邪魔した相手を微笑ましい笑顔で、視界に捉えていたのである。

 近づいてくる男性を、認識した途端、息女たちは、次々とその場から、立ち去ってしまった。

 この状況を飲み込めない。

 ただ、きょとんした表情で、見ているしかなかった。


(どういうこと? なんで散り散りに去っていく……の?)


「すみません。私のせいで、お話された方たちが、去ってしまわれて……」

 申し訳なさそうにしている男性に、ニッコリと微笑む。

 それまでの作り笑顔ではなく、心からの微笑みだった。

「いいえ。気にしないでください」

「ありがとうございます」

「……」


 じっと男性の顔を、凝視している。

 名前を言いたくでも、浮かんでこない。


「申し遅れました。私、ルシード・ジュ=ヒベルディアと申します」

「……ヒベ……、ジュ=ヒベルディア伯爵ですね」

 教わっているユマからの勉強の成果が出た。

 伯爵と、分別できたのである。


「本当に助かりました、ジュ=ヒベルディア伯爵。困っていたところに、声をかけていただいて、でなければ、今頃はきっと……」

 息女たちの会話を聞いておらず、返答に苦慮していたことを、素直に吐露したのである。

 無邪気な姿に、背後に回った子が、何をしようとしていたのか、気づいていなかったかと思い知り、悩んだが声をかけて、正解だったとルシードは思い至る。


 会場の隅で、ルシードが一人で過ごしていると、困っている姿を捉え、挙句息女の一人が、ドレスを傷つけようとしていたので、どうしようかと迷いつつも、声をかけたのだった。

 まだまだ、話が続きそうな雰囲気に、終止符を打つ。

「あまり、自分と話していると、ご迷惑が掛かるので、これで失礼いたします」

「えっ。どうして?」

 わからないと、怪訝な表情のリーシャ。


(何で、話すだけで、迷惑をかけるの?)


 ニッコリと、ルシードが微笑むだけ。

「気をつけてくださいね。リーシャ妃殿下」

 それ以上は、何も言わない。

 当惑しているリーシャから、離れていった。


 未だに、首を傾げているリーシャは気づいていなかったが、数人の人間が、二人が話している現場を凝視し、窺っていたのである。

 そのせいもあって、早々に素直なリーシャに、迷惑が掛からないように、ルシードが立ち去ったのだ。


読んでいただき、ありがとうございます。

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