第78話 パーティー
王立劇場で、古典劇を鑑賞した後、近くのホテルの会場で、外国の大使夫妻や、多くのお客を招いた盛大なパーティーに、王太子夫妻も参加し、華やかな会場が賑わっている。
慣れているアレスは、次々に挨拶に来る人たちに、和やかな表情で、軽やかな立ち振舞いの対応をみせていた。
それに引き換え、何度もパーティーや、催し物に出席しているにもかかわらず、慣れることがないリーシャは、年頃が近い息女たちに囲まれ、慌てふためきながら、一生懸命に、できるだけ醜態が出ないように、対応に追われていたのである。
聞き慣れない会話に、上の空で、軽い相槌を打ちながら、視線の先は離れた位置で、優雅に話している集団に流れてしまう。
その華やいだ集団の中で、ひと際目立つ存在がいた。
華麗な佇まいでアレスが、大使夫妻相手に話し込んでいたのだ。
アレスや、大使夫妻をグルリと囲むように、少しでも若き王太子と喋ろうと、人が集まっていたのである。
(目立つな。すぐに見つけちゃう……)
たくさんの人に囲まれていようとも、視界はすぐにアレスの姿を捉えていた。
集団の中に埋もれていても、輝きあるオーラを出している姿を、見つけることは容易だった。
ケンカばかりで、ムカつくことが多いけれど、なぜか視線を彷徨いさせながら、常に追いかけていた。
キラキラと光る、宝石が散りばれたように、全身が輝いていたのだ。
どんなに見失っても、すぐに姿を見つけることができたのである。
時折、話しているアレスの口角が上がっていた。
(他の人には、あんな顔できるのに、どうして、私にはしてくれないのかしら)
優しい顔に、一人見惚れてしまう。
嫌味しか、言わない口は、腹立たしいが、文句のつけようがない、精悍な顔なのだ。
(そうしたら、もっと違うのに……)
目の前で、笑うアレスの姿が浮かぶ。
(……私、何を一体考えているの?)
心の中で、頭を振った。
さすがに理性が働き、みっともない醜態を晒せない。
(パーティーに、集中しなきゃ)
次に、掠めていたのは、測定検査のことだ。
ずっと、心の隅で、気になっていることがあった。
(何で、何にも言わないのよ。少しは、何か言ってくれても、いいのに……。よかったとか、悪かったとか……、あまり悪かったことは、言われたくないけど、でも、何か言ってほしかったのに。きっと、そうすれば、もっと頑張れるはずだから……)
初めての測定検査が終わってから、何か言ってくれるのかと、微かな期待を胸に抱いていた。
ただ、何でもよかったのである。
言葉なんて。
けれど、ケンカの際は、饒舌なほど紡ぎ出すのに、普段は口を開くことがない。
冷ややか眼差しなどで、無言の威圧をするだけだった。
今回は、そんな視線もなく、なぜか無視されていたのである。
視線を交わそうとするたびに、外されるような感覚を感じていたのだ。
(どうしちゃったんだろう……)
初めてにしては、上出来だったと、言葉をかけてくれないかと、淡い思いを巡らしていたが、何もかけられないままに、いつも一緒にいてくれるラルムと、別メニューをするために、訓練室を移動してしまったのである。
帰りの車内で、何か言ってくれないかと、願っていたが、何も言わなかった。
ただ、何かの書類に目を通しているだけで、結局、何も言わずじまいだった。
物悲しい風が、リーシャの身体に、吹き込んでいく。
両親や、弟の温もりを探しても、ここにはない。
沈んでいた時は、いつも両親が抱きしめてくれたし、常にケンカしている弟も、暖かな温もりを、分けてくれていたのである。
だが、結婚と同時に、そんな温もりを感じることが、できなくなってしまった。
夫となったアレスとはケンカばかりで、優しい触れ合いなんて、程遠いものだった。
対照的に、いつも優しく接してくれるラルムは、頑張ったね、大丈夫だよなどと、励ましをかけてくれて、嬉しかった。
また、次も頑張ろうと言う気にも慣れた。
「王太子妃殿下。どう思われます?」
「えっ……」
突然、話を振られてしまい、身体がフリーズする。
悶々と巡らしている間、息女たちのお喋りは続いていたのだ。
完全に、別な思考へ傾けていたせいで、全然、話の内容がわからない。
きちんと聞いていたとしても、話の内容はわからなかっただろう。
毎回話しかけてくる内容が、知らない話ばかりで、困ってしまっていたからだ。
毎回そうした、あからさまのいやな態度に対抗すべき、勉強してくるのだが、向こうも向こうで、話の内容を、がらりと変えてくる戦法で来るので、必死に時間を見つけては、ブランドやセレブたちが通うお店などを、勉強しているが、追いつけないのが現状だった。
頬が、ピクピクと引きつっていた。
優雅な佇まいで、息女たちが返答を待っている。
(はたして、イエスと答えるべきか、ノーと答えるべきか。それとも、相槌で交わせる内容だったのだろうか……)
話を聞いてないせいで、その判断も覚束ない。
どういう態度を取っていいのかと、対応に苦慮している。
息女たちはニコニコし、恥をかく、答えを待っているのだ。
煮えきれない態度に、息女たちが、密かにほくそ笑んでいた。
途中から、リーシャが話を聞いていないことは、誰もが察していた。
それを無視し、話を続けていたのだ。
自分たちの憧れの的だったアレス王子を奪った人間に、嫌がらせをするためである。
答えに、窮することを見越してだ。
そんな術中に、見事にハマってしまった。
(今日こそはと、思っていたのに。絶対に隙を見せないぞと……。どうしよう……。どう返答すれば、いいの?)
困惑している背後に、一人の息女が回り込む。
その様子を隠すために、他の息女たちが、それとなく移動し、背後に立つ息女を、すっぽりと覆ってしまった。
背後に回り込んだ息女の姿が、他の目に、触れないようになってしまった。
完全なる死角が、でき上がってしまったのである。
取り囲む息女たちは、視線だけで、会話していく。
自分の迂闊さが招いた失態で、それどころではない。
取り囲む息女たちは、天使の微笑みの裏で、嘲り笑っていたのだ。
何か答えようと、何度も、口を開きかけようとする。
すぐに、その口は閉じられてしまった。
そんな態度に、息女たちが侮蔑も、侮辱の笑みをしない。
ただ、優雅に笑っているのみだ。
自分たちの憧れの的であったアレスを奪った、民間出身の、ただの娘に過ぎない、リーシャのことを、多くの貴族の息女たちは、嫌っていたのである。
誰も、場に不慣れなリーシャを、嘲ることで、自分たちの鬱憤を、晴らしていたのだ。
こんな真似をしても、自分たちのことを、よく思われたいので、アレスと離れた瞬間を見計らい、戸惑うリーシャを取り囲み、言葉巧みに嫌味を言ったり、密かに着ているドレスに染みを作ったり、切ったりと、陰険ないじめを繰り返していたのだった。
毎回、目にする嫌がらせの痕跡に、仕えているユマたちも案じていた。
傍らに仕える人間が、気づかない訳がない。
けれど、ことを大事にしたくないために、自分が失態したからだと言い繕って、小さく収めようとしていた。
だが、どう見ても、自らつけた跡に見えない。
ユマたちの間では、有耶無耶とするしかなかったのだ。
陰険ないじめは、やむ気配がない。
段々と、エスカレートしていくさまに、心を痛めていたのである。
せっかくいただいたドレスに、傷を作って、悲しかった。
悲しくって、悲しくって、逃げ出したいと……。
紙一重なところで、踏みとどまっていたのだ。
夫のアレスの元にも、そうした報告が上がっていたし、実際に目にしたことがあった。
けれど、事態を収拾することなく、静観していたのみだった。
心配するラルムは、どうにか助けようとするが、頻繁に近づくことが叶わず、手をこまねいていたのである。
視界から外れた息女が、すでに割ってあったグラスの欠片で、ドレスを裂こうとした。
グラスの欠片は、鋭利な欠片へと変貌していた。
裂ける音も、周囲の雑音で聞こえない。
破れた後、ドレスが破れていると、みんなで言い始めるのである。
それぞれが楽しげに、その先を思い描いていたのだ。
「リーシャ妃殿下。初めて伺います」
背後から、声をかけてきた人物がいた。
びくっと、息女が身体を震わせ、裂こうとした鋭利な欠片を、即座に隠した。
いくつもの仮面をかぶった息女たちが、驚嘆しつつも、内心、舌打ちを打って、邪魔した相手を微笑ましい笑顔で、視界に捉えていたのである。
近づいてくる男性を、認識した途端、息女たちは、次々とその場から、立ち去ってしまった。
この状況を飲み込めない。
ただ、きょとんした表情で、見ているしかなかった。
(どういうこと? なんで散り散りに去っていく……の?)
「すみません。私のせいで、お話された方たちが、去ってしまわれて……」
申し訳なさそうにしている男性に、ニッコリと微笑む。
それまでの作り笑顔ではなく、心からの微笑みだった。
「いいえ。気にしないでください」
「ありがとうございます」
「……」
じっと男性の顔を、凝視している。
名前を言いたくでも、浮かんでこない。
「申し遅れました。私、ルシード・ジュ=ヒベルディアと申します」
「……ヒベ……、ジュ=ヒベルディア伯爵ですね」
教わっているユマからの勉強の成果が出た。
伯爵と、分別できたのである。
「本当に助かりました、ジュ=ヒベルディア伯爵。困っていたところに、声をかけていただいて、でなければ、今頃はきっと……」
息女たちの会話を聞いておらず、返答に苦慮していたことを、素直に吐露したのである。
無邪気な姿に、背後に回った子が、何をしようとしていたのか、気づいていなかったかと思い知り、悩んだが声をかけて、正解だったとルシードは思い至る。
会場の隅で、ルシードが一人で過ごしていると、困っている姿を捉え、挙句息女の一人が、ドレスを傷つけようとしていたので、どうしようかと迷いつつも、声をかけたのだった。
まだまだ、話が続きそうな雰囲気に、終止符を打つ。
「あまり、自分と話していると、ご迷惑が掛かるので、これで失礼いたします」
「えっ。どうして?」
わからないと、怪訝な表情のリーシャ。
(何で、話すだけで、迷惑をかけるの?)
ニッコリと、ルシードが微笑むだけ。
「気をつけてくださいね。リーシャ妃殿下」
それ以上は、何も言わない。
当惑しているリーシャから、離れていった。
未だに、首を傾げているリーシャは気づいていなかったが、数人の人間が、二人が話している現場を凝視し、窺っていたのである。
そのせいもあって、早々に素直なリーシャに、迷惑が掛からないように、ルシードが立ち去ったのだ。
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