第77話 初めての測定検査3
ハーツの適合率の測定検査を終え、別メニューの二人は、特進科の生徒たちとは離れ、別な訓練室に移動してしまった。
衝撃的な現場を、目の当たりした生徒たちが、二人がいなくなった途端、散り散りとなり、自分たちの訓練に戻っていったのである。
いつもにまして、終始無口だったアレス。
訓練を受けていて、シミュレーションの訓練を終えてから、一人きりになりたかったせいもあり、そのまま休憩室に、足を伸ばした。
誰とも、一緒にいたくない気分だった。
休憩室に、すでに別の生徒たち五人が、くつろいでいた。
それぞれ休息したり、話をしたりしていたが、無表情のアレスが一人で入室したせいで、それぞれの動きが、ピタリと止まってしまう。
そして、そそくさと、休憩をしていた五人の生徒たちが、逃げ去っていった。
一種の特殊なオーラを醸し出しているアレスに、めったに近づこうとする人間がいない。
逃げていった生徒たちのように、一目散に姿を消していくのだ。
誰も、いなくなった休憩室。
腰を下ろし、背凭れに背中を預ける。
(見物だったな……)
測定検査に、リーシャも参加すると聞いた瞬間から、すでに自分よりも、能力の高さがあると、把握していたアレスは、こうなる事態を予感していた。
密かに、そんな事態を、楽しむ節があった。
単調な訓練風景に、飽き飽きしていたのだ。
(バカな連中だ)
別なメニューを行い、居合わせないリーシャの陰口を、特進科の生徒たちが言っているのを、何度も耳にしていたのである。
そのたびに、笑っていられるのも、今のうちだと心の中で、何度も呟いていたのだった。
誰もが、驚愕し、自信を喪失するだろうと、嘲笑していたのだ。
陰口や、人を貶めようとしようとする人間を、嫌っていた。
けれど、それらについて、口にしょうとも思わないし、止めようともしない。
ただ、ずっと傍観者のように、眺めていたのである。
決して、動こうとはしなかった。
(滑稽過ぎる光景だった)
それが、まさにその通りになったと言うのに、心が晴れやかではない。
むしろ、曇よりと、雨が降り注いでいたのだ。
脳裏を掠めていたのは、ラルムから貰った赤いペンダントを喜ぶ、リーシャの姿。
無邪気な笑顔が、剥がれることがなかった。
(何で、あんな顔する?)
燦々と、降り注ぐ場所にいるのは、自分ではなく、いとこのラルム。
自分ではなく、なぜラルムがいるのだと、納得できなかった。
他の生徒たちは、リーシャが赤いペンダントをしているのを知らない。
パイロットスーツに、隠れていたからだ。
何かあるごとに、アレスの視線は、リーシャの胸元に向いていたのである。
そのたびに、あの笑顔をぶち壊したい衝動に、駆り立てられた。
自分以外に、降り注ぐ笑顔を。
「アレス」
声をかけた主に、視線だけを移す。
相手は、ゼインだった。
その脇に、ティオとフランクの姿まである。
(なぜ来た。一人になりたいのに)
そんな思惑があるなんて、表情に表れない。
「何だ」
「あいつ、何者だ」
そっけない返事に、開口一番、ティオが話しかけた。
その顔は、僅かに強張っていたのである。
昔ながらの友達である彼らも、リーシャを散々バカにしていた口だ。
その中に加わることはないが、否定も、肯定もせずに、ただ聞いているに過ぎない。
いずれ目にする話だったので、口にする必要性がないと、巡らせていたのである。
「王太子妃で、僕のパートナーだ」
いつもと変わらない、涼しい口調で、事実のみを述べた。
「それは、知ってる」
苛立ちが隠せず、吐き捨てた。
バカにしていた相手が、自分よりも高い数字を、叩き出したのだ。
気が気ではないティオたち。
「何かの間違いか」
納得がいかないフランクも、話に参加し始めた。
三人は、これといって、ハーツパイロットに大して、のめり込んではいなかったのだ。
ただ、適性検査で数字がよかったから、ラクな気持ちで、やっているに過ぎない。
けれど、あり得ない数字を目の前にし、穏やかな気持ちではいられなかった。
「優秀な研究員が、間違えるはずないと、思うが?」
「だったら、あの数字は、何なんだよ」
「あれが、出した数字だろう」
平然とした態度を、崩さない。
ますます、平静ではいられなくなる。
「知っていたのか?」
これまでに見せない厳しい顔を、ゼインが覗かせる。
問いつめる二人を相手にするアレスの様子を窺い、導き出した問いかけだった。
二人が怒涛のように喋っている間、ゼインはアレスのこれまでの様子や、仕草から、事前にリーシャの結果を、把握していたと推測していたのである。
「ああ。僕が見た資料では、90以上だ」
あり得ない数字を耳にし、三人の中でも、比較的落ち着きを滲ませていたゼインまでも、絶句している。
クラージュアカデミーに、在籍している生徒たちの中で、今まで数字が高かったのは、アレスで、そのアレスですら、82%止まりで、それ以上の数字を、ゼインたちは見たことがない。
それに近い数字を、ど素人同然のリーシャが出したことが、矜持が高い面々を、深く傷つけたのだった。
「マジかよ」
忌々しいと言う顔つきで、フランクが思わず呟いてしまった。
「なんてやつだ」
「こんなところ、上の連中に見られずによかった」
安堵しているフランクを尻目に、ムダだったなと、アレスが掠めていたのである。
それは司令管制室に、ソーマの姿を見つけていたのだ。
(総司令官が、しっかりと見ていた……)
気づかれないように窺っていたソーマは、軍の中でも、高い地位の立場の人間である。
デステニーバトルの指揮を取る指揮長官が、現在は空席で、シュトラー王の信頼が厚いソーマが、その代行を担っていたのだった。
シュトラー王の重臣で、総司令官ソーマか、副司令官フェルサ、どちらかが来るだろうと、すでに読んでいた。
異様なほどに、可愛がっているシュトラー王の姿を、垣間見ていたので、初の測定日が気にならない訳がないと、踏んでいたのだ。
側近中の側近で、シュトラー王のことを把握している二人のどちらかが、来るだろうと言う読みが、簡単にでき上がっていたのだった。
だから、姿を見かけた際に、大した驚きがなかった。
「どうしたら、バカみたいな数字が、出るんだ」
困惑が隠せないティオが、吐き捨てた。
「ミスじゃないのなら、何で、あんな数字が出る」
「まったく訓練とか、受けていなかったのか?」
深くえぐられたように、矜持を傷つけられたゼインが、気だるそうにしているアレスに話しかけた。
どう足掻いても、揺るがない数字に、考えるのは無駄だとアレスが抱いていたのである。
けれど、小さい頃から訓練を受けている身としては、とてもリーシャが出した数字を信じられなかったのだ。
「ああ」
「本当なのか? 本当に訓練は、受けていないのか?」
「結婚してから、基礎中の基礎を、しているだけだ」
悔しさが滲む三人を、涼しい顔で窺っているだけ。
「それも、満足にできて、いないがな」
「「「……」」」
元々、ハーツパイロットにも、アレスは興味がなかった。
どちらかと言うと、毛嫌いをしている方だった。
「入った時のあれを見たら、わかるだろう」
不機嫌そうに、フランクが口を開く。
素人に負け、矜持が傷つけられていたのである。
「わかっている。でも、な……」
あそこにいた誰もが、矜持をズタズタに、切り裂かれていたのだ。
三人だけじゃない。
あそこにいた誰もが、これまで培った努力を、無駄にされたような気分を味わっていたのである。
そうとは知らず、リーシャは周囲の空気を読めず、ラルムが出した数字に、はしゃぎ、喜んでいた。
「あんなやつに、負けるとは……」
休憩室で、アレスとゼインたちが会話している頃、リーシャが測定検査しているところを見届けていたソーマが、自分の部屋に戻ってきていた。
アレス、リーシャ、ラルムの三人を、しっかりと見届けてから、司令管制室から出てきたのである。
それを見計らったように、部屋にフェルサの姿があった。
広い机に、たくさんの書類が、山積みとなっている。
ソーマ自身の仕事も、多く残っていたが、シュトラー王の密命や、ソーマ自身も、測定検査の内容が気掛かりで、抱えている多くの仕事を放り出し、ホワイトヴィレッジにいってしまったのだった。
「来ていたのか」
「ああ。どうだった? 測定検査は」
「面白かったぞ」
いたずらな笑みを滲ませている。
テーブルを挟んで、淡々としているフェルサの正面に、どっかりと座った。
総司令官と言う立場を忘れ、砕けた仕草を窺わせる。
そんな態度にもかかわらず、ひと際真面目なフェルサが背筋を伸ばし、綺麗な姿勢を保っていた。
「唖然として、驚いていた」
クックッと、笑っている。
嘲る笑いに、嘆息を零した。
「あれは、見物だった。生徒たちもだが、検査している研究員まで、驚愕して、目が飛び出すほど、驚いていたからな。お前も、見に来れば、よかったのに」
目を細め、腹を抱えて笑っているソーマを睨む。
(誰が、多く残っている仕事をやるのだ。仕事は、次から次へと、舞い込むと言うのに、二人していける訳がないだろうが。今、置かれている自分たちの立場を、もう少し理解して貰いたいものだな)
二人で行くかと誘われたが、フェルサは考える余地もなく、断った。
二人して、シュトラー王の傍を、離れる訳にはいかない。
「妃殿下の様子は?」
いっこうに話を進めないソーマに、珍しく苛立ちを募らせる。
「ずっと、緊張したままだったが、内容としては、悪くない。79を出していた」
「そうか」
顔色一つ変えないで、結果を聞き入っていた。
話が始まれば、すぐに普段通りの無表情へと戻っていく。
「あの様子じゃ、70はいくまいと思っていたが、さすがの俺も、多少は驚いた。あの状況の中で、あんな数字と、出くわすとはな」
感心しつつ、その情景を思い出し、小さく笑った。
「データからいくと、出せる数字だろう」
平然と問いかけるフェルサに、視線を戻した。
(本当に、こいつは、面白みにかけるやつだな)
「確かにな。でも、かなり緊張して、精神力が安定していなかった。ブレまくっていたと言った方が、早いだろう。その上、落ち着きなく、中で動き通しだった。これで79を出したんだぞ。驚くべき、数字だ」
「……恵まれた素質か」
感嘆した声音だ。
「そのようだな」
砕けていた表情が、瞬時に、真摯な顔つきに変わった。
「いろいろなところから、横やりが多そうだ」
「そうか。さらに厳重な警備が必要だな。それに、情報漏えいだ」
「そちらの方はフェルサ、お前に頼む」
「わかった」
「ところで、その分厚いものは、いつものか」
うんざりとした溜息が、出そうになる。
「そうだ。妃殿下の公務や、パーティーの警備日誌だ」
リーシャの警備内容や、誹謗中傷の類を受けた内容が、びっしりと調査報告書となって書かれたファイルだ。
リーシャの身の回りの安全のために、通常のボディーガードの人間の他に、軍の選りすぐり集団である《コンドルの翼》が、誰にも知られず、警護に当たっていたのである。
それは、アレスと結婚する前に、登校中に拉致して以来、学校周辺や仮宮殿の周囲などの警備をしつつ、安全を守ってきた。
「随分と、増えたな」
前に貰ったものよりも、厚さが増していたのだ。
「尽きないらしい」
「どこがいいんだ。無愛想なヒヨっ子の」
誹謗中傷の原因の一つであるアレスを、飄々とソーマが軽口で取り上げる。
調査報告書に、息女たちの陰湿ないたずらも、記載されていたのだ。
「頭脳明晰で、素質だって、悪くない」
「硬過ぎだろう」
冷静に語るフェルサに、突っ込んだ。
「若いからだろう」
「それにしても……」
分厚い書類に、目線を下げた。
「……困ったものだ。そのうちにシュトラーが切れるぞ、この分だと」
後で、精査して報告しないといけないと思うと同時に、先々のことが案じられ、目の前が真っ暗な気分を味わってしまう。
報告した後の、後処理が思いやられていたのだ。
以前、報告した際でも、切れ掛かっていた状況を踏まえても、ただではすまなそうな報告に足が遠のく。
頭を悩ます問題ばかり増え、側近のソーマたちの気苦労が耐えない。
「切れる前に、気づいてほしいものだ」
うな垂れているソーマとは違い、表情のない顔で、普通に口にしているフェルサ。
「大きな雷を、落とさないでくれよ」
「そうだな。後処理が、大変だからな」
「本当にそう思っているのか? その顔と、口調を聞いていると、そうは思えないのだが?」
胡乱げな視線を、投げかけてくるソーマ。
「そう思ってる」
実感が伴わない発言だと抱く。
「……とにかくパーティーの方も、どうにか手を打たないと……」
「そうだな」
「俺たちがいれば、ラクだけど……」
何気なくソーマが、呟いた。
「それでは、妃殿下の助けにはならない」
「わかっている。ただの俺のぼやきだ」
読んでいただき、ありがとうございます。




